第4話 狐の仮面

 「え? こ、こ、婚約……ですか?」


 「はい。そうです」


 突然の事に頭が混乱する。一体、誰と誰が婚約するって?


 「ど、どなたと、どなたがですか?」


 「わたくしキリヤと、ミルフォリム様が、です」


 私と、この得体の知れない狐のお面を被っている変人、もとい御仁が……婚約。


 「は、初耳、なのですが」


 「詳しいお話ではなく、婚約の話自体をって事ですか?」


 「はい……」


 「……」


 彼はしばし沈黙した後、再び口を開いた。


 「そうでしたか。ですが、本日は婚約の詳しいご説明をする為に、自分がこちらへ伺った次第であります」


 つい先程まで想像もしていなかった結婚した自分の姿。それを、これでもかと言うぐらい意識させられている。婚約という言葉による衝撃と、相手が目の前の変人だと言う不安が入り混じり、一瞬立ち眩みを覚えた。


 (ちょ、ちょっと突然過ぎて処理が追い付かない……)


 そんな私を他所に、謎の狐面の人物は淡々と話しを続ける。


 「婚約の事なのですが、三年ほど前にまで遡ります。十七歳になったわたくしが、国王陛下より騎士の称号を賜った際に、叙任式に出席していたゴルダナ教皇からお話を頂きました」


 「わ、私の父から?」


 再び出て来た父の名前に、混乱していた私の意識は徐々にクリアになっていく。そうして、不満たっぷりな視線を狐面の彼に送った。


 「はい。騎士叙任式の数時間後。式の余興として騎士による闘技大会が開かれたのですが、大会に優勝した私の事を教皇様は大変気に入って下さった様で、是非ミルフォリム様と婚約して欲しいと仰って下さったのです」


 「あの時に……」


 闘技大会には、十六歳になったばかりの私も学院より救護係として参加していた。多くの騎士様がケガを負っていて、手当でとても忙しかったのを覚えている。


 「すぐにその後、みなしごだった私を拾って下さった陛下と、教皇様との間で話が進む事となりました」

 

 なるほど。彼の素質を見抜いた国王が、拾い育てて騎士にしたって……いやいや、彼の素性も大事ではあるけれども、今は勝手に決められた婚約の話の方が優先だ。


 そもそも、私の与り知らぬところで何を勝手に決めているのだろうか。


 まぁ、婚約なんてものは、昔から家の都合や親の勝手で決めるものではあるけれども。だとしても、私の事を景品か何かの様に扱う事が気に入らない。


 そんな怒りの感情を、私は彼を睨む視線にも込めていく。


 「それで、何故に今になって、婚約のお話をしに来られたのですか?」


 私の視線など気にも留めずに、彼は冷静に返事を返してきた。


 「はい、本当ならミルフォリム様が二十歳の誕生日を迎える年になったら、わたくしの方からお話しをするようにと、教皇様より言付かっておりました。ですが、ある予定が早まったとかで、今月中にあなた様に伝えてくれと頼まれたのです」


 (本当なら来年する予定だった話を、何らかの都合で今すぐにでも婚約の話を進めろってこと?)


 呆れた、と私は大きく首を振った。


 「あの人、何を考えているの?」


 「え?」


 「……いえ、なんでもありません」


 私は彼に背を向けると、木箱に詰めた朝作ったばかりのポーションをガラス棚へと並べていく。


 「突然に婚約とか、そんな話をされても困ります。それに、家族の元にだって何年も帰っていませんし」


 「ですので先ほども述べた通り、詳しいお話をする為に、本日伺った次第です」


 「そんなの、そっちの都合で勝手にしているだけの話です」


 私は再び彼へと振り返り、さらに口調を強める。


 「キリヤ様と仰いましたか? 見ておわかりになると思いますが、私、朝の準備でとても忙しいのです」


 「お時間は取らせません」


 わかんない人だ。そんな話は聞きたくもないから、遠回しに帰ってくださいって言っているのに。どうやら、この人はハッキリ言わないとダメなタイプらしい。


 「いいですか? 親が勝手に決めた婚約の話を進められても、私はそんなの知らないって言ってるんです」


 「ですから……」


 「そんな話など聞きたくもありませんから、どうぞ今すぐにお帰りになってください」


 私がそう言い放つと、彼はしばらく下唇を軽く噛んで何か思案している様子だった。そして、静かに”ふぅ”と息を吐いた。


 「しかし、そういう訳にも行きません。わたくしも、ここまで引き立てて下さった陛下と教皇様に恥をかかせぬ様、自らの責務を果たさなければなりませんので」


 「責務?」


 一体何の話だろうと、私は首を傾げた。


 「はい。今日はあなた様に婚約のお話を理解して頂き、来月末に開かれる第三王子のダンデルト様と、あなたの妹君であられる聖女マリィ様の婚約披露パーティーに二人で参加しなければならないのです」


 「……は? なにそれ?」

 

 この人は何を言っているんだろうと、本気で思ってしまった。

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