第3話 突然の来訪者

 「どうしたの? ミルフィちゃん?」


 エルドワさんの声で、私は側へと帰ってきた。


 「あぁ、いえ、す、すみません。少し考え事をしてました」


 私は慌てて、ビンを選び直す。


 「プ、プレゼントでしたら、肌に優しい香油なんて如何でしょうか? こちらは柑橘系の香りがとても爽やかなで、気持ちもシャキッとしますよ」


 手に取ったビンのフタをとり、中の液体を白い布に少量含ませる。そして、それを彼女の手の甲に優しく塗布した。


 「まぁ、レモンの香りがするわね。甘くなくて、スッと鼻を通っていくわ」


 「ええ、甘い大人の香りもいいですが、シトラスは若々しさを表現してくれる、ほどよく刺激のある香りだと思います」


 「なるほどぉ~。そうね、気の強い嫁にはピッタリな香りだと思うわ」


 「エルドワさん? 私はそんなこと言ってませんからね?」


 私とエルドワさんはお互い顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。


 「それじゃ、それを貰おうかしら」


 「ありがとうございます。ラッピング代は私からの気持ちとさせて頂きますね」


 「あらまぁ、悪いわね。なんだか気を遣わせちゃったかしら。嫁にはちゃんと、ミルフィちゃんからもお祝いしてもらったって伝えておくわ」


 「お気になさらず、ホントに気持ちだけですから」


 香油の瓶の蓋をコルク栓に変えて箱詰めした後、真っ白な箱を包装紙で手際よく包んで紙袋へと入れた。


 「お代はポーションと一緒に月末でいいかしら?」


 「はい、もちろん構いませんよ」


 私はカウンターに乗った帳簿を開いて、羽ペンで数字を書き込んでいく。


 「いつも悪いわね」


 「いえ。こちらこそ、いつもありがとうございます」


 感謝の念を目いっぱい込めた笑顔で、香油の入った小さな紙袋をエルドワさんに手渡す。その紙袋を、彼女も満面の笑顔で受け取ってくれた。


 「ありがとう、ミルフィちゃん。それじゃ、また来週来るわね」


 「はい、お待ちしております」


 エルドワさんは私に『じゃあね』と手を振りながら、扉を開けて外へと出て行った。そんな彼女に対して、私も小さく手を振ってお見送りする。


 「……ふぅ」


 私は店の扉が閉まるのを確認してから、小さなため息をついていた。


 「家族……か」


 そう呟いたと同時に、再び店の扉が強めに開かれた。


 ────カラン、カラン!


 「あ、いらっしゃ……」


 私が呼び鈴に反応して顔を上げると、そこには、見た事も無い出で立ちの人物が立っていた。風変わりな雰囲気を纏う人物に、私は驚きで数秒ほど固まってしまった。


 「い、ませ?」


 いや、以前に買い物で街へと出た際に見かけた事があるのを思い出した。


 この真っ黒な見慣れぬ服装は、東方の民族が着る”着物”と呼ばれる物だ。それに、腰には幅広な剣ブロードソードでも細身の剣レイピアでもなく、見た事もない細長い何かを携えている。


 パッと見た目は男性なのか女性なのか皆目見当もつかない。何故なら、中性的なスラっとした体形な上に、顔には鼻から上が隠れた狐の仮面を付けていたから。


 「……」


 その謎の人物は首をゆっくりと動かして、店内を見渡している様だった。そんな不思議な人物を、私は恐る恐る、上から下までじっくりと観察を始める。


 綺麗に切り揃えた艶やかな黒髪と形のいい小鼻。口元はギュッと一文字に結んでいる。仮面で隠れてしまって目と額の部分は見えないが、全体的な雰囲気から察するに、とても端正な顔立ちをしている……と想像できる。


 そして、女性よりも線がしっかりとした輪郭に、広めの肩幅。肩から足首まで着物ですっぽりと身を包み、足元には黒いブーツを履いていた。


 身長は私よりもずっと高くて、優に180はあると思う。


 そんな風に私がジロジロと観察していると、謎の人物がゆっくりと口を開いた。


 「突然の訪問、お許しください。ミルフォリム・エルドラン様」


 店内に反響する耳に残る低めの声。とても心地よいその声は、とりあえずは男性であることを私に教えてくれた。


 それにしても、多くの人々は私の素性を知らないはずなのに、謎の人物は私の事をフルネームで呼んできた。どうやら、あちら様はこちらの事をよくご存じらしい。


 「……あの、どちら様でしょうか?」


 私がそう問いかけると、彼は綺麗な所作で一礼をしてから自己紹介を始めた。


 「申し遅れました。わたくしは、アランベルク王国近衛騎士団所属、光の称号を賜るキリヤ・タチバナと申します。本日は、アランベルク王とあなたの御父上であられるゴルダナ教皇との間で取り決められた、婚約の件で伺った次第であります」


 私は驚きで目を大きく見開いていたことだろう。まさか、謎の人物から王と父の名前が出てくるとは……いや、それ以上に、婚約と言う言葉に驚いていた。

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