第2話 ホントのカゾク

 ────カラン、カラン


 厚手の木の扉が開かれて、店内に軽やかに呼び鈴が鳴り響いた。


 「いらっしゃいませ」


 私はその音に振り返り、歓迎の挨拶でお客様をお出迎えする。


 「おはよう、ミルフィちゃん。今日も精がでるわね」


 地味目の服を着た恰幅の良いご婦人が、笑顔で挨拶を返してくれた。


 ここは、たくさんの人々で賑わうアランベルク王都の中央大通り……から、だいぶ離れた閑静な空き地にある小さなお店。


 私こと、ミルフォリム・エルドランが経営するポーションの店兼アトリエである。


 その名も『ネコのお昼寝』


 開業して半年になるこの店では、薬草を調合する事でありとあらゆる症状を緩和、回復する回復剤ポーションを作り、それらを直接販売している。


 この国で自家製のポーションを直接販売するには、千人に一人と言われる超難関の王国試験を突破しなくてはならないのだが、私はその試験に合格しており、店の営業を国より許可を得ていた。


 親から出来損ないと呼ばれた私の、数少ない自慢できることの一つだ。


 お店の名前の由来は、もちろんネコが大好きって言うのもあるけれど、なにより暖かい日差しの下でするお昼寝も私は大好きだったから。


 お店の裏手にある木陰に吊るしたハンモックで、吹き抜ける風の音と花々の香りに包まれながらするお昼寝は、何物にも代えがたい至福の時間である。


 「おはようございます、エルドワさん。今日は何がご入用ですか?」


 私は腰まで伸ばした赤い髪を纏めて、髪留めで一つ結いにした。


 「えっと、今日はね、お薬より香水を見に来たの」


 ネコとお昼寝が大好きな私は、それらと同じくらい香水も大好きで、趣味が高じてポーションと一緒に商品としてお店に並べている。おかげさまで、たくさんの王都の人々から好評を頂いている。


 「香水ですね。では、どんな香りが宜しいです? エルドワさんでしたら、ローズなどの、ほんのり漂うフローラル系などが宜しいかと……」


 私はそう会話しながら奥のガラス戸の棚へと向かうと、彼女は少し慌てた感じで訂正してきた。


 「あ、ううん、違うのよ。私じゃなくて、息子の嫁にね」


 その言葉が少し意外だったので、私は思わずご婦人へと振り返る。


 「え? お嫁さん、にですか?」


 彼女はいつもウチの店に来ては、息子の嫁があ~だこ~だと愚痴りに来ていたので、少し不思議に思ったのだ。


 「そうなの。あのねぇ、明後日が誕生日なのよぉ。なんだかんだで、いつも苦労ばかりかけてるからさ、何かしら労ってあげたいなって思ってねぇ」


 ああ、なるほど。愚痴じゃなくて嫁自慢だったわけだ。


 「まぁ、それはとても素敵ですね。皆さんで盛大にお祝いしてあげないとです」


 (お嫁さん。すごく愛されているんだな)


 そう思いながら、私は再び棚へと振り返る。そうして、旦那さんにも喜んでもらえる物をと考えながら、並んだ香水のビンを指でなぞっていった。


 「そうよねぇ。血は繋がってなくても、大切な家族だからね」


 彼女のその言葉に、私は思わず指を止める。


 ”大切な家族”


 普通の人にとってはとても身近な言葉なのだろうけど、私には遥か遠くに感じる言葉だった。


 国の特別奨学金制度を利用して家を出てから、かれこれ、もう六年にはなるだろうか。あれ以来、私は一度も家には帰っておらず、学院の寮で生活していたので家族とは顔を合わせていない。お父様やお母さまはもちろん、妹のマリィにも。


 顔を合わせていない……と言うか、出来る限り合わせたくない。


 あの場所に、あの家族に会うと、幼少期に味わった冷たい時間が戻ってくる様で、私はそれを恐れていた。だから家を出てから、私は家族を遠ざけている。

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