出来損ないと罵られた聖女は、世界を癒す魔女となる。
王白アヤセ
第1話 出来損ないと罵られた私
「二度と戻ってくるな」
十三歳で家から出て行く時に、父から言われた一言だった。
ガルハルナ大陸の南方に位置する、豊かな自然に囲まれた大国アランベルク王国。その王都内に巨大な神殿を構え、王国民の半数以上もの人間が信者であると言われている宗教がある。
その名を、サリスアム神教。
遥か昔に、この世界を滅ぼそうと目論んだ魔王。そんな巨悪と戦った七人の英雄の一人でもある、癒しの聖女サリスアム。魔王討伐後に女神となった彼女を信仰対象として崇め敬い、日々祈りを捧げている。
そして、そのサリスアム神教の序列第一位である教皇の長女として、赤毛の私はこの世に生を受けた。
教皇である父、ゴルダナ・エルドランと元聖女である母、ライナ。
儀式を経て、女神様から
両親は勿論のこと、王国に住む多くの人々から期待を一身に受けて誕生したにも関わらず、私の右手の甲にはあるはずの
女神様に祝福され、聖痕を持って生まれてくれば、あらゆる傷を瞬く間に癒す世界で唯一の回復魔法の使い手となるはずだった。そして、サリスアム神教の象徴として信者や人々から敬い崇められ、ゆくゆくは高貴な一族との婚約も約束されていた。
しかし何の因果か、私は聖痕を持たずにこの世に生を受けた。
そんな私を、父と母は『出来損ない』だとみなすと、すぐに世話係であったシエラの元へと預けた。病気だと偽り、この国の人々の目から遠ざける為に。
私の面倒を全て見てくれたシエラは、すでに齢五十を過ぎた女性であったが、とても面倒見が良く、いつも私の側にいてくれた。食事の時も、遊ぶ時も、勉強する時も、寝る時も、彼女は優しい笑みを絶やさずに、どんな時も一緒に居てくれた。
だが、どれほど彼女が愛情を持って接してくれても、父と母の愛情に飢えていた私は、その心の隙間を埋める事が出来なかった……
それから時が過ぎ。私が三歳の時に、新たな家族が増える事となる。
神殿内に響き渡る元気な産声。生を受けた事を世界に知らせる為に、妹のマリィは力いっぱい泣き叫ぶ。同じ赤毛の髪を持って生まれた彼女の手には、私には無かった聖痕がしっかりと浮かび上がっていた。
二人は新たな家族の誕生を喜ぶ一方で、出来損ないの私の事は、シエラに任せっきりだった。
そんなある日のこと、庭で見たことが無い蝶を目にした私は、あまりの美しさに感動し、この気持ちを両親と分かち合いたい一心で二人に話しかけた。
『お父様、お母様、聞いて下さい。珍しい蝶がお庭を飛んでいました!』
しかし、二人は私と目を合わせることなく、そのまま黙って立ち去った。
私は両親とまともに会話した覚えがない。ただの一度も。
聖痕を持って生まれたマリィには、父と母の溢れんばかりの愛情が注がれる。しかし私には、愛情どころか、一切の興味を持って見てくれることさえなかった。
六歳になって魔法の勉強を始めるも、私は回復魔法が使えないどころか、魔法を扱う才能も全くないと言うことが判明する。魔法とはこの世界に存在する元素の精霊の声を聞き、契約し、力を借りる事で発現することが出来るものである。
彼らとの接触方法の一つでもある古代語。それを勉強し、私から幾度となく語り掛けてはみたものの、精霊からの反応は何一つ返ってはこなかった。
もちろんのこと、彼らの方から語り掛けてくることもなかった。
父は、華麗なる魔法使いの一族の出身であり、火、水、土、風の四精霊もの声を聞く事が出来る、とても有名な人だったと言う。だから私と言う存在は、その淡い期待さえも悉く裏切った事になるのだ。
『せめて、魔法だけでもと思ったのだがな……』
増々、出来損ないだと私に落胆する父と母は、蔑む様な瞳で睨みつけて呟く。
『恥さらし』と。
時は過ぎ、八歳になっても、九歳になっても生活は一切変わらなかった。何も変わらない、普遍的な日常。二人に愛されて幸せそうな笑みを浮かべるマリィを、私は横目で見ながら、ひとりぼっちの日々を過ごした。
疎外感と言う名の牢獄で、家族の愛情に飢え苦しみながら。
そうして十歳になった時、私はある運命的な出会いをした。それは、とても幸せな出会い。人生の生き甲斐と言っても過言ではない、
綺麗な花を咲かせ、かぐわしい香りを放つ数多の草花。
多種多様な薬草を混ぜ合わせる事で、様々な症状を緩和したり傷を癒したりするポーションは、赤や青、緑に紫と色とりどりの姿を見せてくれる。
そのカラフルな液体を詰めたビンを眺める事に幸せを感じた私は、ポーションづくりの虜となり、時間を忘れてどんどんのめり込んでいった。
だが、素敵な出会いもあれば、悲しい別れもあるのが人生というもの。
命ある全てのものは、いずれ女神様の元へと還っていくのだ。
十一歳の時に……私の親代わりでもあったシエラが他界した。
家族の愛を知らない私に、惜しみない愛を注いでくれた大切な人を、私は失った。
本当の意味で孤独になってしまったと絶望し、私はこの世界から嫌われているのだと思った。張り裂けそうなほどに胸が痛み、止めどなく涙が溢れた。
泣いて、泣いて、泣き喚いた。ただただ、毎日、涙を流し続けた。
『フォリィ様は、とても賢い御子であられます。シエラは、あなた様のやりたいこと、大好きなことを応援しておりますよ』
ひとり泣く私の頭の中に響き続ける、彼女が言ってくれた言葉。
シワだらけの大好きな笑顔を思い出しながら、彼女が言った言葉を何度も胸の中で繰り返し、そうして私は心に決める。
────誰の力も借りない、私は一人で生きていく。
名と出自を偽る事を条件に父から家を出る事を許された私は、十三歳の時に王立医療学院の調合薬学部へと飛び級で入学すると同時に、荷物を纏めて神殿を後にした。
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