第12話 光の騎士 キリヤ・タチバナ

 アランベルク王城の東側。人通りが全くない城壁沿いの広い道を、私とアシュガ様は黙々と歩いていた。


 彼女が腰からぶら下げる革の鞘に収めたレイピア。その見事な装飾が施されたヒルトをチラチラと見ながら、私は三歩ほど遅れて後をついて行く。


 大通りから大分離れたこの道では、雑踏どころか聞こえてくるのは鳥のさえずりばかり。”静か”と言うより”長閑のどか”という言葉がとてもしっくりきていた。


 そんなゆったりとした時間を、優しく吹き抜けていく風と共に感じていると、突然『うぉぉぉぉぉ』と、大勢の人々の声が辺りに響き渡った。


 「な、なんですか、今の声は!?」


 「ハハッ、驚かれましたか? あれは我が国が誇る、アランベルク王が剣。王国騎士団と歩兵団ですよ」


 アシュガ様が指差した先には、綺麗に整地された空き地が広がっていた。


 そこにはざっと、数百人はいるであろう騎士や兵士の方々が、背筋を伸ばし列を乱す事無く綺麗に並んでいる。


 「これは、圧巻ですね」


 「ええ。騎士も兵も、統率と規律が大切ですから」


 「な、なるほど……」


 「さてと。それでは、彼をお呼びしますね」


 彼女はそう言うと、胸いっぱいに息を吸った。


 「お~い、キリヤ~! 遅れてすまな~い!」


 アシュガ様の呼びかけに、数十メートル先にいる人物がこちらへ振り返った。


 「アシュガ! 遅れたどころでは済まないぞ! もう合同訓練は終了するところだ! 一体どこで油を売っていたんだ!」


 「あれぇ、もうそんな時間? のんびりし過ぎたかな~。アッハハハハハ」


 紺色の着物を着た人物は近くの兵士に何か言付けすると、こちらへ向かって歩いてきた。あれは恐らく、キリヤ様だろうと思う。何故に疑問形なのかと言うと、彼は先日被っていた狐の面を付けていなかったから。


 「どうせサボりたいから、ワザと遅れて来たんだろ!」


 歩く度に揺れるサラサラで艶やかな黒髪。そして、先日見る事が叶わなかった彼の切れ長の目が、とても凛々しかった。


 「そんな態度では他の騎士や兵士に統率と規律を……って、あれ?」


 キリヤ様と私の視線が交差し合う。


 「キリヤ。婚約者様を、お連れてして来たぞ」


 「え? ミ、ミルフォリムさま?」


 「あの、キリヤ様。おはようございます」


 私がキリヤ様に挨拶をすると、何故か彼は顔を真っ赤にして回れ右をした。


 「え?」


 そして、そのまま手前に設営されたテントへと逃げ込むように入って行った。


 「な、あ、え?」


 あまりに突然すぎて、一体何が起きたのかわからない。その場に放置された私は、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。


 「アシュガ様、これは一体?」


 「アハハハハハ、はぁ、くく、す、少しお待ち頂けますか? くくくくっ」


 「はぁ……?」


 困惑する私を他所に、彼女は口元を押さえながら笑い続けている。


 よく分からないまま、その場でしばらく待っていると、テントから慌てた様子でキリヤ様が出て来た。その顔には、先日見たあの狐の仮面を被っている。どうやら、あの狐の仮面をわざわざ取りに行っていたみたいだが……好きなのだろうか。


 「し、失礼しました、ミルフォリム様。改めて、おはようございます」


 「お、おはようございます」


 はぁはぁと息を切らすキリヤ様。何だかその様子が、すごく可愛いなと思えた。


 「えっと。この様な場所に来られてまで、何用でしょうか?」


 「はい、実はその、先日の失礼な態度をとったことを、謝罪したくて……」


 そこまで話した私を、キリヤ様は手で制止してきた。


 「失礼、ミルフォリム様。しばし、お待ち頂けますか」


 「え、ええ」


 そして、未だ私の横にピッタリと張り付いて、ニコニコと笑顔を振りまいているアシュガ様の方へと首を向ける。


 「アシュガ、席を外してくれ」


 「は? 僕が? なんで?」


 意外そうな顔をするアシュガ様。この辺もワザとらしいと感じる。


 「何故と聞き返してくるその根性、まったく相変わらずだよ、君は」


 キリヤ様はため息をつきながら首を振った。


 「何故かって、邪魔だからに決まっているだろう」


 「えぇぇぇぇぇ、なんでそんな邪険にするのさ。僕だって、ミルフォリム様のお話を聞きたいよ」


 「ふざけるな、君は人に対して気遣いや配慮をするという考えはないのか?」


 その言葉に、私は先ほどのカフェの件を思い出していた。彼女は他人への気遣いや配慮するとか言う物から、ほど遠い場所にいる人物に思える。


 「キリヤ、これでも僕は十分に配慮しているよ。先日だって、お店の中には入らずに外で静かに待機していたじゃないか」


 「よく言う。じゃあ、ずっと店の扉に耳をつけて中の様子を窺っていたのは、どこの誰だよ」


 「え? バレてたの?」


 「バレバレだ。それくらい、俺には気配で分かるんだよ」


 「うわぁ……東洋の剣術使いは恐ろしいなぁ。気持ち悪いまであるよ」


 アシュガ様は両手で自分の肩を抱いて擦っていた。


 「君にどう思われようと結構だ。さぁ、早く席を外してくれ」


 彼女は擦っていた肩を落とすと、小さな溜息をついた。


 「はぁ、しょうがないなぁ。面白い話が聞けそうだったのに。じゃ、僕は帰りの準備でもしてくるよ」


 「ああ、片付けはジャイルに言付けてある。それから、天幕は午後からでいいと彼にそう言っておいてくれ」


 「はぁ~い」


 アシュガ様は気の無い返事を返し、私へと向き直った。


 「それでは、ミルフォリム様。わたくしはこれにて失礼致します。ごきげんよう」


 彼女は胸に手を当て背筋を正すと、私へと軽く会釈する。それに対して、私も会釈をして挨拶を返した。


 「ごきげんよう、アシュガ・エドガー様」


 笑顔を湛えた男装の麗人は、踵を返すとそのまま兵士の列へと歩いて行った。


 「まったく、あいつは。ほんとに困った奴だよ」


 「ふふっ、ご苦労されているのですね」


 「そうなんだよ、昔っからあいつはあんな感じで……」


 と、そこまで言った後、彼は私に向けて深々と頭を下げた。


 「し、失礼しました! ミルフォリム様! なんて口の利き方を」


 「いえ、全然。それがキリヤ様の素なのですね」


 私は彼の一面に触れた事が嬉しくて、思わず笑っていた。


 「本当に失礼しました。あの、ここではなんでしょうから、どうぞ天幕へ」


 そう言って、キリヤ様は先ほど自分が入ったテントへと私を案内してくれた。

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