第六章 六月十四日 決闘
六月十四日木曜日早朝。明正大学三年にして山岳部部長でもある都丸達美は、中野区にある自宅マンションを出ると、近所の広川剣道場へと足を向けていた。
山梨県警に勤務する父親は現在甲府市に単身赴任している。ゆえに現在自宅には達美と母親の二人暮らしだった。母親はどこぞの中堅出版社に勤務しているが、今日は珍しく仕事が休みで未だに爆睡している。そんな中、達美は朝練のために道場へと向っていた。
達美が警察官だった父の影響から広川道場で剣道を始めたのは小学生の頃だった。以降、学校では別のクラブに入りながらも夜にはこの道場で研鑽を重ね、ついには三段を習得するに至った。大学在学中に四段の昇段審査も受けるつもりである。
広川道場は個人経営の小さな剣道場で、広川という警視庁を定年退職した元警官(彼は父親の元上司だったりもする)が師範を務めていた。地域に広く開放されていて、事前に申告さえしておけば朝練をする事もできる。
案の定、広川家の玄関前にいくと、すでに師範の広川が達美を待っていてくれた。もう七十歳になるというのに非常に元気で、達美も広川に勝てた事は数回しかない。
「おはようございます」
「やぁ、おはよう。君も早いね」
そう言いながら、広川は道場の鍵を差し出す。
「いつも通り、終わったら郵便受けに鍵を入れておいてくれればいいから。わしはこれから朝の散歩でな」
「いつもすみません」
「構わないよ。あまり無理はしないように」
そう言うと、広川は笑いながら散歩に出かけて行った。それを見送ると、達美は一礼して家の裏手にある道場へと向かう。
道場の前に到着すると、いつも通り入口の鍵穴に鍵を差し込もうとする。ここまではいつもの光景だった。
だが、その瞬間、不意に達美の表情が変わった。
「ん?」
鍵を差し込むまでもなく、入口のドアが開いたのである。鍵はかかっていなかった。
一瞬、広川が開けておいてくれたのかと思ったが、だったら鍵を渡す必要はない。閉め忘れという可能性もないはずだ。何しろ、昨日の夜の稽古で最後に鍵を閉めたのはほかならぬ達美自身なのだ。
達美の顔が緊張に包まれた。今、家には誰もいない。広川は散歩に行ってしまったし、彼の奥さんは二年前に病死している。自分が対応するしかない。
達美は一度軽く深呼吸すると、相手を威嚇するつもりで一気にドアを開けて体を道場の中に滑り込ませた。そのまま物陰に隠れて道場の中を観察する。
そして絶句した。そこには予想外の光景が広がっていたのである。
「おはようございます」
漆黒のセーラー服を着た少女……先日部室を訪れた『大和日名子』と名乗る少女が、道場の真ん中できれいに正座をして微笑んでいたのである。そのすぐ横に場違いなキャリーバッグが置かれ、何とも言えない雰囲気を醸し出している。達美はなおも警戒しながら物陰から出ると、そのまま道場に入って彼女の前に相対した。
「どうしてあなたがここにいる?」
「別に理由はございません。ただ、あなた様から改めてお話を聞きたいと思った次第でございます」
笑みを崩さないまま平然とそんな事を言う相手に、達美はますます警戒心を強めた。正直なところ、達美は彼女の名前が「大和日名子」であるというところからして疑いを持っている。できれば二度と関わり合いを持ちたくないというのが先日会った時の感想だったで、実際その時は相手の方からそう警告していたはずだが、まさかこの期に及んで向こうからやって来るとは予想外である。
「生憎だが、私にはあなたに話す事はない。すべてこの間の部室で話した通りだ」
達美は内心冷や汗を流しながらそう告げる。だが、日名子と名乗る少女はそれに対して即座に切り返した。
「申し訳ございませんが、私にはあるのでございます。別にとって食おうというわけでもありませんし、そのように警戒して頂く必要はございません」
「信用できないな。鍵もなしに道場に不法侵入している相手に言われても、全く納得できない」
その言葉に、珍しく少女は苦笑した。
「確かにそうでございますね。では、どうすれば話をさせて頂けるのでございますか?」
「そのまま帰る、という選択肢はないのか?」
「ございません。私にも引けない理由がございます」
その声は穏やかでありながら一歩も引く気はないという信念を感じさせた。互いに譲らないと言わんばかりの緊迫した空気がその場に漂う。
と、その時だった。
「……このまま睨み合っていても時間の無駄でございます。ならば、こうするのはいかがでございましょうか?」
不意に相手がそんな事を言うと、おもむろに何かを達美の方に放り投げた。慌てて受け取ると、それはこの道場にはありふれた物……竹刀であった。
「何のつもりだ?」
「ここは剣道場。ならば剣で勝負を決めるのが道理というものでございましょう」
そう言いながら、相手は静かな動作でその場に立ち上がる。それを見ながら、達美は訝しげに尋ねた。
「あんた、剣道ができるのか?」
「さすがにプロの方にはかないませんが、いささか心得はございます。多少、我流に近いものではございますが」
そう言いながら少女はいつの間にか背後に持っていた自分の得物を取り出す。が、それを見て達美はますます当惑した。それは確かに竹刀だったが、どう見ても一般的な竹刀に比べて長さが短かったである。そんな代物を、達美は一度しか見た事がなかった。
「それ、二刀流用の小太刀か?」
「御存じでございますか」
相手は感心したように言った。
あまり知られていないが、剣道にも二刀流というものは存在する。主に大学以上で使用が解禁されるが、その際使用されるのは通常の長さの竹刀と、その竹刀の半分程度の長さしかない短い竹刀である。今、少女が右手に持っているのは、明らかにその短い竹刀だった。もちろん、間合いが重要となる剣道の世界では、いくら小回りが利くとはいえこんな短い竹刀一本で戦う人間は存在しない。
「あんた、それで私とやるつもりか?」
「不足はございません。私にはこれが合っているのでございます。それで、どうなさいますか? この勝負に私が勝てば、あなたのお話を聞かせて頂けるという事で」
「……いいだろう。私はそれで構わないが……あんた、防具はつけないのか?」
少女は黒のセーラー服姿のままだった。が、彼女は小さく笑うとこう告げる。
「必要ございませんでしょう。当たるつもりはございませんから」
「……言ったね」
達美はキッと相手を睨むと宣言した。
「五分待っていてくれ。それで準備を終わらせる」
「ごゆっくり。私は逃げも隠れも致しません」
相手の明らかな挑発に、達美は黙って更衣室へと向かった。
五分後、達美は道着袴に着替え、胴垂をつけた状態で再度少女の前に相対していた。一方の相手は、五分前と変わらぬセーラー服姿のまま、短い竹刀を自然体のまま構えている。ただ、先程は相手のすぐ横に置かれていたキャリーバッグが道場の隅に移動させられていた。
「本当にその格好でいいのか?」
「御存分に。ただし、手加減の必要はございません。これで怪我をしたとしてもすべては私の責任。その程度の人間だったという事に過ぎませんから」
「……わかった」
達美はあえて面をつけずに小手だけをつけると、達美の前に出た。
「これで条件は対等だろう」
達美はそう言って竹刀を中段に構える。一方の少女は自然体に構えていた短い竹刀を、ゆっくりと右手一本のまま中段へと持っていく。何も握っていない左手は左腰に当てられていた。この長さの竹刀では柄も短いので通常でも片手で扱うものだが、どこかその構えが妙に様になっている。その瞬間、達美は相手が只者ではないという事を改めて感じ取っていた。
「……有効打突は面、小手、胴の三種類だけ。互いにこんな状況だから突きはなしにしよう。面に関しては寸止めで」
「承知しましたが……私に対しては本気で打ちかかってきてもようございます」
「……」
達美はもうそれ以上答えずに、黙って剣先を相手の喉元につけた。あまりにも異形の剣道の勝負に、重苦しい空気が道場内を支配する。
「はっ!」
先に動いたのは達美だった。相手に反応する暇も与えないとばかりに、相手の小手を狙に入る。短い竹刀という事は相手の間合いが短いという事だ。ゆえに本来なら通常の竹刀以上に相手の攻撃への対処が難しくなるはずである。それだけに達美は即座に勝負を決めてしまう腹積もりだったのだが……。
次の瞬間、パーンという甲高い音と共に、達美の竹刀が大きく横へと弾かれた。
「っ!」
それは、相手が打ちかかってくる達美の竹刀を、剣先をほとんど動かさないまま短い竹刀で横へと弾いた音だった。その直後、相手は小回りで勝る短い竹刀を素早く振り上げ、自ら間合いに踏み込んでしまった達美の頭へと遠慮なく打ちかかって来る。達美は反射的に自分の頭をガードしようとして……。
直後、パシーンッという派手な音が響き、相手はがら空きになった達美の胴に右手一本で短い竹刀を叩き込むと、そのまま達美の横へと抜けた。驚愕に歪む達美の横で、彼女は涼しげな表情で宣告する。
「胴あり、でございますね」
そう言うと、彼女は左手を腰に添えたまま、ゆっくりと開始線へと戻った。
「さて、一本勝負で終わりますか? それとも三本勝負に致しますか?」
「……愚問だ」
達美は即座に気持ちを切り替えると、自身も開始線へ戻った。もう、手加減などという気持ちは捨てていた。再び張り詰めた沈黙がその場を支配する。
今度はすぐに打ち込まずに、相手の様子を徹底的に観察する。剣道を馬鹿にしているとしか思えない一見油断だらけの格好ではあるが、冷静に観察してみると思った以上に隙がない。ただやみくもに打ち込んだだけではさっきのように即座に竹刀を弾き飛ばされてしまうだろう。
てこの原理の関係上、長い竹刀は短い竹刀に対してそういう弾き技に圧倒的に不利だ。もちろん剣速そのものも短い方が圧倒的に速い。剣道において最も重要な間合いとリーチの利を捨てる代わりに、速度と防御からの返し技に特化した剣。それが相手の戦術のようだった。もちろん、こんな戦術は剣道から見れば邪道もいいところで、明らかに剣道ではなく実戦を想定したものである。
そう考えれば、防具を一切付けないこのスタイルにも納得がいくというものだ。実戦では剣道の防具など、ただかさばるだけで何の役にも立たないのだから。ある程度予想していたとはいえ、この少女が自分たちの知る世界とはかけ離れた場所から来たという事が実証された形である。
もちろん、それを思い知らせるために相手がわざとこのような勝負を挑んだのだという事は、達美も何となく悟っていた。だが、それで屈服するのは達美の性に合わなかった。
「はぁっ!」
気合を一声入れると、達美は相手の頭を目がけて打ちかかっていった。すかさず相手はその竹刀を弾き、竹刀は大きく右にずれる。が、達美はそのまま止まる事なく、相手が何か策を講じる前に相手の体へと体当たりをしていた。そしてそのまま鍔迫り合いに持ち込むと見せかけて、即座に体を右に捌いて引き面を打つ。が、相手はこれらの動きにも的確に対応し、最後の引き面を右手一本で防ぐと、そのまま追う事なくゆっくりと再度中段に構えた。その表情に浮かぶ笑みは未だに崩れていない。
普通の相手なら鍔迫り合いから体捌きの引き面に持ち込んだ段階で体勢を崩し、頭上ががら空きになるはずである。だが、相手はその手に乗らなかった。それに対し、達美は思わずこう口走っていた。
「……何がいささかの心得だ。充分にプロ並じゃないか」
「さすがにそれは買いかぶりすぎでございます。これでもプロの方には負けた事がございますので」
「そのプロっていうのはどんな怪物だ」
そして再びその場が張り詰める。互いに相手の目をジッと見ながら、じりじりと剣先同士を交差させて出方を窺う。そのまま双方動かない状態で、無限とも思える緊迫した時間が過ぎていく。
おそらく相手はリーチが短いゆえに自分から打って出るには不向きであり、だからこそこうして達美が動くのを待っているのだろう。とはいえ、一本を取られている以上、このまま何もしなければ達美の負けだ。それ以前に、そもそもこの勝負に時間制限はなく、このまま何もしなければいつまでたっても勝負は終わらない。それがわかっているからこそ、相手は余裕を持って達美の出方を伺っているのだろう。
達美もそんな事はわかっている。だが、わかっていても相手のその策に乗らざるを得ないのが今の状況だった。だからこそ、達美は相手の思惑に乗りながらいかにして相手を出し抜くかを必死になって考えていた。
「……」
その直後、達美はおもむろに交差している相手の剣先を軽く右へ押した。反射的に相手はそれを押し返そうとし……
「そこだ!」
次の瞬間、達美は自分の剣先を押し返そうとする相手の剣先を見越して自身の竹刀を下へ抜き、相手の剣先が勢い余って横に大きくずれた隙に一気に間合いを詰めて面を打ち込みにかかった。このタイミングなら竹刀で払われる時間的余裕はないはずで、実際に相手の竹刀の剣先はまだ中心から大きく外れた場所にあった。その隙を逃さず、今度は手加減なしに相手の麺に竹刀を振り下ろそうとし……
「っ!」
直後、声にならない声を上げた。竹刀を打ち込もうとした相手の頭が突然視界から消え、逆に自分が勢い余って前につんのめるような形になったからだ。それが、相手が竹刀の動きに逆らわずに素早く横へ体を捌いた事によるものだとわかったのは、直後に左横から強烈な体当たりをされ、バランスを崩して大きく体勢が崩れた瞬間だった。
「くそっ!」
慌てて体勢を立て直して今しがた体当たりをされた方を見やるが、すでにその時には相手は短い竹刀をまっすぐに構えてこちらへ間合いを詰めようとしているところだった。悪あがきに自分の竹刀でそれを防ごうとするが、パンッという音と共に容赦なく竹刀は払われて右手が竹刀から離れ、左手一本で持つ羽目になった竹刀の剣先があらぬ方向へ向く。
そして、その隙を逃す相手ではなかった。次の瞬間、目にもとまらぬ速さで短い竹刀が達美の目の前に振り下ろされ……反射的に目を閉じた達美の頭頂部にぶつかる直前で寸止めされる。それを見届けると、恐る恐る目を開けた達美に対して相手は静かに、それでいてどこか涼しげな声で勝ちを宣告した。
「面あり、でございます」
そう宣告された瞬間、達美は思わず竹刀を落しながらその場にへたり込み、苦笑気味にこう呟いていた。
「……こんなの、勝てるわけがないじゃないか」
それが、達美の敗北が決まった瞬間だった。
「……それで、話というのは何だ?」
改めて開始線で一礼し、相対したまま正座して小手を外すと、おもむろに達美は相手に切り出した。相手もそれにならって正座し、その問いに答えた。
「他でもございません。例の『心臓強盗事件』に関する事でございます」
汗びっしょりの達美に対し、相手は汗一つかかずに涼しい表情で達美を見つめている。それがまた腹が立った。
「最初に言ったが、あの事件に関しての話は先日した話がすべてだ」
「いえ、まだすべて語られておりません。例えば、あなたと佐田豊音様との関係でございます。すでにこの道場にたどり着いた時点で、私がその情報を掴んでいる事は、あなた様にもわかるのではございませんか?」
その言葉に、達美は言葉に詰まる。
「……調べたのか」
「もちろんでございます」
「まいったな……秘密にしておくつもりだったんだが」
「佐田豊音様はこの道場に通っておられたようでございますね。月に数回程度だったようでございますが」
ここまで知られていたら隠しても無駄だと思ったのか、達美は覚悟を決めたように頷いた。
「その通りだ。だが、それが何か問題あるのか。こんな事、祥子ちゃんの事件とは関係ないだろう」
「つながりのないと思われた三人の犠牲者のうち二人に共通する事項が見つかった。これは充分に注目すべき事だと考えます」
「私が犯人だとでも?」
達美は挑戦するように言う。が、これに対し相手は静かに首を振った。
「いえ、それはないでしょう。少なくとも、あなた様には二件目の事件におけるアリバイがあるようでございますから。浦井祥子様が殺害されたのは五月三十日、下見のために富士山に到着した直後と思われます。しかし、あなた様にはその当時東京にいたというアリバイがございます」
「……仮の話だが、祥子ちゃんが実は富士山に行っていなくて、私が祥子ちゃんを東京都内で殺害した後で山梨の樹海に運んだという可能性があると思うが。祥子ちゃんが樹海に行ったという証拠はどこにもないんだからな」
達美はあえて自分が不利になるような推理をぶつける。が、相手は余裕の微笑みを浮かべた。
「面白い考えでございますが、その考えが正しければ浦井様は最初から富士樹海に行くつもりはなかったという事になりましょう。しかし、本来この下見は高松様が一緒に行くはずだったもので、高松様の欠席は当日に決まった偶然でございます。また、発見された浦井様の携帯電話にあなた様への通話記録はありませんでした。ゆえに高松様が欠席とわかった時点で急遽予定を変更したという可能性もございません。その推理には無理があるという事でございます」
「……わかった。私も本気で言ったわけじゃない。しかし、随分良く調べているんだな」
達美は皮肉交じりに首を振る。
「問題はここからでございます。都丸達美様、あなたは浦井祥子様が殺害された後、佐田豊音様と事件の話をした事がございますか?」
「……佐田さんは最初の事件からずっと山梨の現場に入っていたはずでは?」
達美の指摘も、相手は意にも介さない。
「直接会わずとも携帯電話という手段がございます。それに、佐田様ほどの方があなた様というニュースソースを放っておくとは思えないのでございます。そして、そのコンタクトの最中に何かあった。私は、そこに佐田様が殺害された何かがあると踏んでいるのでございますが、いかがでございましょうか?」
「……」
達美は押し黙って相手の少女をジッと見やった。
「……私には、あなたがまともな人間には思えない。もちろん、『大和日名子』という名前も偽名だと思っている」
「その辺はご想像にお任せします。ただ、私の正体を知るとあなた様にとっては良くないという事ははっきり申し上げておきましょう」
相手は容赦なく告げる。それに対し、達美はしばらく逡巡していたが、やがてこう答えた。
「……私は勝負に負けた。勝負に負けた以上、質問に答えるのが約束だ」
そう言うと、ポツポツと真実を話し始めた。
「確かに、私は祥子ちゃんの事件から数日後に佐田さんから携帯で連絡を受けた。日付は遺体発見の二日後……六月三日だったと記憶している」
「佐田様が殺害されたのは六月七日の夜と推定されています。殺害の四日前でございますね」
「あなたの予想通り、私を通じて祥子ちゃんの情報を知りたがっていたみたいだった。私の父が事件を捜査している山梨県警の警備部長だって事もあったんだろうな。もっとも、私は父から事件の事は何も知らされていない。元々警備部は捜査に参加していないし、第一あの厳格な父が関係は薄いとはいえ事件の被害者の知り合いだった私に事件の情報を流すはずがない。佐田さんにもそんな話をしていたよ」
「それでどうなったのでございますか? それで終わりではございませんね」
その問いに対し、達美はしばし躊躇した後
「しばらくはその話が続いたけど、私がそんな調子だったからいつの間にか世間話になってね。その時、彼女が気になる事を言ったんだ」
「気になる事?」
「祥子ちゃんが見つかったあのキャンプ場、実は祥子ちゃんの遺体発見の前日、佐田さんたちはあそこに取材に行くはずだったんだそうだ」
それは今までにない新しい証言だった。
「それは本当でございますか?」
「あぁ。あのキャンプ場の経営者に話を聞く手はずだったらしい」
「しかしなぜでございましょうか。あのキャンプ場は第一の事件の現場からはやや離れています。第一の事件の取材にするには、少々ピントがずれているようにも見えるのでございますが」
「関係なくはないんだ。あのキャンプ場の経営者、名前は石本春雄というらしい」
その名前に、出雲は何かを感じ取った様子だった。
「その名前、聞いた事がございます。確か……第一の事件の被害者・森川景子の遺体を樹海で発見したボランティアの人間ではございませんでしたか?」
「当たりだ。定年退職した後にあそこでキャンプ場を経営しているって佐田さんは言っていた。要するに、佐田さんたちは第一発見者に取材するためにあのキャンプ場に行くはずだったんだ。そしてその翌日、そのキャンプ場からは第二の犠牲者の遺体が発見された」
達美は小さくため息をついた。
「本人は世間話的に『偶然ってあるのねぇ』とか言って何の疑問も持っていなかったみたいだけど、外部にいる私から見れば少し違和感のある話だった。まぁ、現場にいる人間はそういう違和感を実感しにくいらしいし、実際には取材に行かなかったからそんな反応になっていたんだろうけどね」
「取材に行かなかったというのは?」
「そもそもあの遺体が見つかった時、あのキャンプ場は例の集中豪雨で閉鎖されていた。その閉鎖は発見前日……つまり佐田さんたちが取材に行くはずだった五月三十一日から行われていたんだ。だからキャンプ場の取材もなくなって、別の民家を取材したらしい」
「それであなたは?」
「思わず指摘したよ。それって偶然にしては出来すぎていないかって冗談交じりで。実際、その時は私も違和感こそあったけどやっぱり偶然かなと思っていたからね。そしたら、佐田さんはいきなり黙り込んで、しばらくして電話も切れた。彼女と通話したのはそれが最後だ。これは誓って本当だよ」
「どうしてこの事を警察に言わなかったのでございますか?」
「言えないよ。もしかしたら私の不用意な発言で佐田さんが何かに巻き込まれてしまったのかもしれないんだ。それに、さっきあなたは否定したけど、被害者二人と繋がっている私の存在は警察にとっては疑わしい人間リスト行きだ。父の事もあるし、言えるわけがなかったんだ」
その言葉に、相手はしばらく何かを考えている様子だったが、やがて小さく頷くと、その場で一礼した。
「……どうやら、ピースはすべてそろったようでございます」
「私から話せるのは本当にこれで全部だ。……もう帰ってくれないか?」
「そうでございますね。確かに、これ以上ここにいても無駄でございましょう。それでは失礼いたしましょうか」
そう言うと少女は立ち上がり、再び一礼すると道場の隅に置かれたキャリーバッグを引いて道場の出口に向かった。達美は正座したまま微動だにしない。
「待て」
達美は相手に背を向けたまま緊張した声で呼び止める。その言葉に、相手は扉にかけた手を止めた。
「一応聞いておくが、私の話で誰かが傷つくなんて事はないんだろうな?」
「……残念ながらそれは保証できかねます。が、何が起ころうと、あなた様には一切ご迷惑はおかけしません」
「やっぱりあなたはそっちの人間か」
達美は納得したように言うと、さらにこう付け加えた。
「ならもう一つ。多分もう二度と会う事はないんだ。最後に本当の名前くらい名乗ったらどうなんだ? 今さら大和日名子です、なんて言うなよ。今の話で誰かが傷つくリスクを私に負わせた以上、それくらいの事はしてくれてもいいと思うが」
その言葉に相手はしばし沈黙していたが、やがてゆっくりした口調でこう述べた。
「……いいでしょう。ここまでお付き合いいただいたお礼として名前をお教えいたしましょう」
その言葉に緊張する達美に対し、相手は静かな声ではっきりと告げた。
「私の名前は黒井出雲と申します。お父上にでも聞けば、私が誰なのかはわかるはずでございます。ただし、私の事を調べるのは……そうでございますね、今から四日後の十八日まで待って頂きたく思います。少なくともそれまでは私の存在を警察に知られたくありません」
思わぬ条件に、達美は思わず聞き返していた。
「もし約束を破ったら?」
「それはご想像にお任せいたしますが……双方にとって良くない結末になるでしょう。あなた様が最善の手段を選択される事を心よりお祈り申し上げます。それでは、これにて」
直後、達美の背後から人の気配が消えた。達美が振り返ると、そこにはもう、誰もいない。
少女……出雲は去った。
「何なんだ、あいつは……」
達美がそう呟いた瞬間、道場の時計が朝練終了予定時刻の午前八時になったのだった。
それから十数時間が経過した。六月十四日午後八時、山梨県河口湖畔にある旅館。矢頼千佳は、取材を終えて二階にある自分の部屋に戻っていた。
いよいよ明日は第三の事件発生から一週間。今までの傾向から考えれば、明日にでも第四の事件が発生してもおかしくない状況である。山梨県警の捜査本部がピリピリしているのは取材している千佳から見てもわかったし、何より自分たちマスコミ関係者も神経をとがらせている状態だ。もっとも、誰が狙われるのかわからない状況では、それもやむを得ない事ではあったが。
さすがにこの状況では秋口たちも取材を強行する気は起らなかったようで、今日は早々と旅館に引き上げている。外出は全面的に禁止され、今日一晩は旅館で息をひそめる手筈となっていた。もちろん千佳も、今日に限ってはこのまま部屋に籠る腹積もりである。マスコミの人間としてはあまりほめられた態度ではないが、いくら仕事のためとはいえ命は惜しい。
そんな千佳の頭の中には、昨日日本中央テレビで出会ったあの少女の姿が浮かんでいた。他の誰も何も感じていなかったようだが、千佳を動けなくしたあの殺気は千佳に強烈なインパクトを残すのに充分すぎる要素だった。
彼女と局で出会った事は秋口たちには伝えていない。というより、秋口たちの頭から彼女の存在はすでに消えてしまっているようだ。実際、こっちの取材が難航しているのも間違いはなく、彼らの頭が仕事で一杯なのも理解できる話だった。
千佳は窓際に近づくと、小さくカーテンを開けて外の様子を眺めた。すでに外は闇に包まれ、所々に見える街灯くらいしか明かりは見当たらない。さすがに連日の事件の影響もあって観光客なども激減しており、元々人口もそこまで多くない事もあってここ数日は人通りもかなり寂しい事になっていた。それがまた、夜になるとこうして不気味さを醸し出すのである。
「まるでゴーストタウンね……」
千佳は思わずそんな感想を呟いて、そのままカーテンを閉めようとして……それに気づいてしまった。
「え?」
数少ない光源である数本の街灯。その街灯の一本が照らす場所に、どこから現れたのか闇の中から溶け出るように急に人影の姿が見えたのである。思わず窓に顔を近づけてそれをよく見ようとする。ひょっとしたらこの周辺の住民かもしれないが、それにしては出現の仕方が何とも異様だった。
だが、確認する前にその人影は街灯の照らす部分から出て再び闇の中へと消えた。千佳は目を凝らして人影が消えた闇の方を見ようとするが、暗くてどうにもよくわからない。だが、千佳の胸騒ぎはますます大きくなるばかりだった。
思わず窓を開けようとして、その手が寸前で止まった。普段ならともかく状況が状況だ。もしあれが噂の殺人鬼だとすれば、今ここで窓を開けるのは命取りになりかねない。現に、佐田豊音はこの宿にいたにもかかわらず殺害されてしまっているのだ。
下手な好奇心は命を縮めるだけ。そう考え直し、千佳は再度カーテンを閉めようとした。
まさにその瞬間だった。
「っ!」
何とも言えない寒気が千佳を襲った。それは、つい最近味わったばかりのあの嫌な感触だった。そう、先日あの少女と出会った時の……『殺気』。
「まさか……」
千佳は我を忘れて窓を開けて外を見た。相変わらず外は暗闇が支配している。見た限りだと別段怪しいところはないが、例の殺気は未だに消える事はない。千佳は必死に周囲を見渡してその殺気の根源を探していた。
「どこ……どこにいるの……」
千佳は焦った様子で思わずそう呟いていた。まさに、その瞬間だった。
「どなたかお探しでございますか?」
その声は、千佳の後ろ……部屋の中から聞こえてきた。千佳の背筋が一気に凍り付く。
思わずそのまま前につんのめって落ちそうになるのをこらえ、千佳は部屋の中を振り返ろうとした。が、その直前に不意に部屋の電気が消え、ゆっくりと、しかし鋭い声が聞こえる。
「そのまま振り返らずにお願いします」
「あ……あなたは……」
必死に顔を窓の外に向けながら、千佳は背後から迫る強烈な殺気と戦っていた。
「先日のお約束を果たしに参りました」
「や、約束?」
「私が何者なのか。それをあなた様に教えるという約束でございます。お忘れではございませんね?」
千佳は息を飲んだ。
「な、なんでこんな時に? それに、どうやってこの部屋に……」
「そのような事はこの際どうでもようございます。時間もございませんので話を進めさせて頂きましょう」
「どういう事?」
思わぬ展開に、千佳は混乱気味に尋ねた。一方、背後の声はあくまで冷静である。
「約束でございますので、私はあなた様に私が何者なのかをお教えいたします。ただし、その前に一つ覚悟をして頂きます」
「前もそんな事を言っていたけど、覚悟って……」
「あなた様の事を調べさせて頂きました」
唐突に相手はそんな事を言い始める。
「どうやら、あなた様の言う通りであるようでございますね。二年前、確かに上野のアパートで女子大生殺人未遂事件が発生していました。被疑者の名前は友永英一。そして被害者の氏名は矢頼千佳、あなた様でございました」
「どうしてそこまで……殺人未遂事件だったから私の名前は新聞にも出ていなかったのに……」
「警察の資料を調べただけでございます」
さらりととんでもない事を言う。
「あなたが私の殺気を感じているという話、どうやら本当のようでございますね」
「だから、そうだって最初から……」
「さて、話を戻させて頂きましょう」
相手は話を全く聞いていないように言葉を続ける。
「あなた様にはここで選択をして頂きます。ここで私が何者なのかを知れば、あなた様はもう日常に戻る事はできません。私はあなた様を利用させて頂きます」
「り、利用って……」
「私にとってあなた様は利用価値がございます。したがって、私が自身の正体を明かす代わりに、あなた様には私の協力者になって頂きたいのでございます。もし、その覚悟がないというのであれば、話はここまででございます。私はこのまま去り、二度とあなた様の前に現れる事はございません」
「それは……」
「もちろん、それなりの対価は支払わせて頂きます。また、あなたの身に何か危険が生じた際は、私が最優先で対応する事をお約束いたしましょう。それともう一つ……この件を受けて頂けるのであれば、今から私は今回の事件の真相をあなたにお教えいたします」
その言葉に、千佳は思わず振り返りそうになって慌てて首の動きを止めた。
「事件の真相って……わかったんですか?」
「とりあえずは。ですが、真相を暴くにはあなた様の協力が必要でございます。それゆえ、このような交渉をしているのでございます」
「協力って……危険なんですか?」
「言ったはずでございます。あなたに何か危険な事があった場合は最優先で対応させて頂くと。もちろん、お断りになられてもあなた様にデメリットはございません。いかがでございましょうか?」
千佳は一瞬迷った。だが、このままわけもわからないこの殺気を放置しておく事など千佳にできるはずがなかった。何より、真相を知りたいというマスコミ関係者の血が騒いだのである。
「……本当に、あなたの正体を教えてもらえるんですね?」
「私は、約束は守ります。また、利用と申しましてもあなた様に何か特別危険な事をして頂くというわけではございません。その辺は追々説明いたしますが、もちろん私の要請を受けるも断るのもあなた様の自由でございます。そこは気楽にお考えください。さて、どうなさいますか?」
千佳の判断は一瞬だった。直後、千佳は緊張しながらも、ゆっくりと首を縦に振っていたのだ。
「……わかりました。その条件、引き受けさせてもらいます」
その瞬間、不意に背後に漂っていた殺気が弱まった。
「交渉成立でございますね。では、早速でございますが、このまま部屋を出て旅館の裏口から先程私が姿を見せた街灯の場所まで出て頂けますか?」
「やっぱりさっきのはあなた……」
「十分以内によろしくお願いします。くれぐれも、誰にも見つからないように」
直後、背後の殺気が完全に消失した。反射的に千佳が振り返るとそこには誰もおらず、暗い部屋があるだけだった。千佳の手は、すっかり汗で湿っていた。
「……行かないと」
千佳は即座に動いた。ドアを少し開けて廊下に誰もいないのを確認すると、そのままこっそり部屋を出て裏口へ向かう。幸い人影はなく、誰にも見つかる事なく裏口に到着する。そのままドアを開けて先程の街灯の場所まで走っていく。
そこに彼女は立っていた。
「こんばんは」
少女……大和日名子はそう言って一礼すると、相変わらずの笑みを千佳に見せた。千佳は油断する事なく日名子に近づく。
「言われた通りにしました。あなたも約束は守ってください」
「もちろんでございます。ですが、ここで話すのは少々物騒でございます」
そう言うと、日名子は街灯の向こう側の闇の中を指さした。目を凝らすと、今まで気づかなかったがそこには一台の黒塗りの乗用車が停車していた。
「運転はできますか?」
「は、はい」
「では、申し訳ございませんが運転してください。何分、私はこのような格好でございますので」
日名子はそう言いながらキーを差し出す。千佳は一瞬躊躇したが、やがてそれを受け取ると車の運転席に近づいた。相手は後部座席のドアを開けてそこに滑り込む。千佳は運転席に座るとキーを差し込んで車のエンジンをかけた。自分の所有している車に比べて明らかに性能がいい。
「それで、どこまで行けば?」
「第二の現場となったキャンプ場までよろしくお願いいたします。場所はそのカーナビに記録しています」
「……わかりました」
千佳は車を発進させた。暗闇の中、乗用車は闇に溶け込むようにして樹海に向けて走っていく。それを確認すると、日名子は後部座席で軽く微笑んだ。
「それでは、改めて自己紹介をさせて頂きましょう。大和日名子改め、黒井出雲と申します。以後、お見知りおきを」
「黒井……出雲……」
日名子……否、出雲の挨拶を聞いて千佳はその名を反射的に繰り返す。だが、自己紹介はここで終わらなかった。
「普通は明かしてもここまででございますが、約束をした以上、あなた様にはさらに深いところまでお教えいたしましょう。申し上げたように私の名前は黒井出雲。またの名は『復讐代行人』でございます。この名はご存じでございますか?」
その瞬間、千佳は思わずハンドルを切り損ねそうになった。その表情は顔面蒼白になっている。
「そ、そんな……まさか……だって、あれはあくまでネット上の噂に過ぎなくて……」
「その様子では、私の『都市伝説』に関してご存知のようでございますね。さすがはマスコミ関係者でございます」
「でも……まさか……あの伝説が本当で……しかも正体が女の子だなんて……」
そう言いながらも、千佳はそうだとすれば納得できる事があるのにも気が付いた。これが本当だとすれば、彼女から発せられる強烈な殺気にも説明がつく。
都市伝説『復讐代行人』の事は、千佳もよく知っていた。今となっては人面犬や口裂け女レベルの都市伝説としてネット上で名の知れた存在であり、この伝説をテーマにしたネット小説がいくつも書かれていると聞いている、。彼女自身も大学時代にその手の噂を聞いた事も何度かあった。だが、それがまさか実在しているとは思ってもいなかった。言ってみれば、人面犬や口裂け女が実際に目の前に現れたようなものなのである。
だが、千佳はいったん深呼吸すると、すぐにこれを事実として受け入れる事にした。これが普通の人間なら納得できないだろうが、彼女の殺気を知る千佳はそれを真実と判断したのである。
「……でも、どうして『復讐代行人』がこの事件に? まさか、あの犯行は全部あなたの仕業なのですか?」
「いいえ。私の都市伝説をご存知なら、私の目的は容易に想像できるはずでございましょう」
「……まさか」
「依頼でございます」
出雲の説明は簡単だった。そして、その瞬間、千佳は自分が都市伝説「復讐代行人」の協力者になった事を改めて思い出した。
「さっき、あなたは私を利用すると言っていました。それってつまり……」
「今回の事件の犯人、それをあぶり出すためにはあなた様の協力が必要なのでございます。ぜひとも、よろしくお願いします」
出雲は丁寧に一礼する。その馬鹿丁寧な態度に、千佳は戸惑うしかなかった。
「で、でも、私なんかにそんな殺人の手伝いなんか……」
「それは承知しております。私があなたを利用させて頂くのは、今回の事件の解決のためと、もう一つはマスコミ内部の情報入手のためでございます」
「情報入手?」
「依頼によってはマスコミ内部の情報が必要になる事もございます。一応専属の情報屋はおりますが、マスコミ情報はやはりマスコミ関係者に頼むのが一番でございますので」
「つまり、マスコミの情報をあなたに流せと?」
「平たく言えば。また、依頼によってはマスコミを利用する事もございますので、その際にあなた様にはお力になって頂ければと。もちろん対価はお支払いいたしますし、その対価に私がかかわった事件の情報をお教えする事も可能でございます。私自身の情報を明かしさえしなければ、依頼終了後であればそれら事件の情報を使ってスクープをして頂いても結構でございます」
「……なるほど、ね」
その瞬間、千佳は改めて覚悟を決めた。ここまで来てしまった以上、もう引く事は出来ないようである。それに、千佳自身も引くつもりはなかった。
「それで、説明してもらえるんですか? 今回の事件の真相を」
「もちろんでございます。ですが、その話は問題のキャンプ場に着いてからと致しましょう」
余裕のある出雲の態度に、いつしか千佳の鼓動も落ち着きつつあった。いつの間にか出雲から発せられている殺気も消えている。
「あの殺気は?」
「あの程度の殺気に気付かれるとは思っていませんでした。私は信用できる人間以外は常に警戒して物事に当たらせて頂きます。その際、殺気のようなものが出てしまうのでございましょう。それに気付く人間はそう多くございませんが」
「私も、私に対する殺気じゃなかったら気付かなかったと思います」
「……なるほど、あなたのその体質は、あなたに対する殺気にのみ反応するという事でございますか」
「今はその殺気が感じられません。つまり、少なからず信用してもらえたと?」
「私は協力者を選定するにあたっては相当に人を見ます。少なくとも、こうして協力要請をした時点で信用したつもりでございますが」
それは今まで普通の世界に生きてきた千佳にとっては何とも複雑な話だった。
それからしばらくして、車は問題のキャンプ場の入口に到着した。閉鎖されているキャンプ場だけあって、完全な闇に支配されている。と、出雲はどこからともなく手提げ式のランプを取り出して左手で掲げ、右手でキャリーバッグを引いた。
「こちらでございます」
二人はそこで車を降りると、ランプの明かりを頼りにキャンプ場の奥へと入っていく。不気味な闇が続き、千佳が不安に思えてきた頃だった。
「さて、それでは焦らすのも好きではございませんし、そろそろ事件の事についてお話しいたしましょう」
それが、この事件に対する『探偵』黒井出雲の推理の始まりだった。
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