せかいちゃん
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
すいません、あの……ネタ切れしました。いや、だって僕ばっかりに回ってきてもう六回目じゃないですか! 二十年ない人生で、印象に残る怪異譚が六つもあるわけないでしょ……Gくん文芸部でしたよね? 普段から短編ぽんぽん出してる人と、聞いてきた話をちょっとずつ出してる僕を比べられても困りますって。創作なら何やってもいいけど、実話でネタ出しとか無理ですからね。
怖くない話でもいい、って言われても……不思議な体験談も、だいたい出尽くしましたからね。歯切れが悪いって、いや、その。あります、あるんですよほんとは。でもね、これほんとおかしいっていうか……僕が狂ってるって思われたくないんで。いや、教授は別枠でしょ。あの話のために来てくださったんですから。
ほんとですか? なら、まあ……。いくつも変な話をしましたけど、たぶんいちばんおかしい話です。皆さん題名付けてますし、僕も倣うべきなのかな。そうだな……んー、えっと、どういえば伝わりそうかな。……「せかいちゃん」、……たぶん、これがいちばんしっくりくる名前だと思います。
一般論としての話になるんですけどね。子供が小さいうちって、親も若いじゃないですか。だから、収入もそんなになくて、賃貸に住むことが多いですよね。うちは父親が五人兄弟だったんで、家業もないし家に収まる人数でもないしで、中学校まで団地暮らしでした。けっこう大きいところで、中庭?には公園もあって、スペースが大きいからか木も何本も植えてあって。
けっこう自然と触れ合える楽しさみたいなのもありまして……すべり台の上から、桜の木の枝に触れたりしたんですよ。でも、なんだかね。異様なくらい太い巨木が、なぜかありまして……土地を切り開いて真っ平にしてから、建物を何棟も建ててるわけでしょ? 団地の真ん中に巨木なんて、あるわけないじゃないですか。でも、あったんです。しかも、あの木の周りには、不思議な子供がいるって話も聞いてました。近寄らないようにって言われますけど、ごくフレンドリーな雰囲気なんですよ、あそこ。ええ。
その不思議な子供は、目撃されるたびに姿を変えてるみたいでした。定まった形がないのか、何かしらのローテーションを組んでるのか……すいませんね、コンビニバイトの発想が抜けなくて。僕が見たときは、ちょうど中学生くらいのお姉さんでした。いや、小学校に入る前だったんで。今から考えるとそうかも、ってことです。
かなり茂ってる木々の中で、かくれんぼをしてたんです。同年代に小学生のお兄さんお姉さんたちも混じって、十人以上いたかな? 公園の遊具もわりと大きくて、小さな子供が隠れるスペースはじゅうぶんありました。中には、渡り廊下っていうんですかね、あの辺に隠れてずるっこするやつもいました。そういうやつはだんだんハブられていきましたっけ。キンモクセイとか、大人の身長と同じくらいの垣根もあったんで、前から目を付けてた隠れ場所として、そこを選んだんです。
すると、そこにずいぶん大きな……当時の僕から見てのことなんで、年齢平均からするとふつうくらいかな。中学生のお姉さんがひょこっとやってきて、隣に座りました。微妙に遠くからしゃべってるみたいな声で「何してるの」って言われたんですけど……かくれんぼの最中じゃないですか。「しーっ!」って言って、いっしょに垣根のくぼんだところに引っ込んでもらいました。
服装? なんだか妙に優しい色合いの、セーラー服でしたかね。今だと「こんな色の服あるのか?」って疑問に思うかもしれないんですけど、当時まだ保育園児なんで。自分よりずっと大きい人が隣にいるってことなのに、不思議に緊張はしませんでした。あくまで優しげで、“そのとき”も微笑んでたんです。
で。近くにあった小学校のチャイムが、ちょうど鳴っちゃったんですよ。五時、門限の合図でした。あれが鳴ってから家に帰ったら怒られる、っていうのは、子供でも学習しますからね。ヤバいなと思って、ほかにも門限の子がいたんで、昨日ごめんねって謝るつもりで抜け出そうとしました。お姉さんにもさよならを言おうと思って、ちゃんと向き合ったそのときに――彼女は、自分の目を指さしました。「見て」とだけ。
不思議に青く深く見えた黒目の中に、白いものがふわふわと泳いでいました。深海魚です。ゆったりと泳ぐ魚を見ているうちに、僕はぐんぐんと上昇していって、真っ青な海の中でものすごい数の魚群を見ていました。カジキがすっ飛んできて何匹もやられたところを見たかと思うと、さらにぐうっと持ち上がって、南国の海岸と青い空が見えました。ジェット機もかくやというスピードで移動しながら、僕は世界の隅々までを見て回ることができました。あとからテレビで見たり教科書で読んだりして、ああ、ここだったのかって思うことが何度もありましたね。
でもね、どんな速さで見て回っていても、時間は経つものですから。「お母さんどこ」ってついつい言っちゃって……まあ、不安になったんですね。そうしたら、お姉さんの声が「違うよ」って。答えになってない答えが、帰ってきたんです。
はっと気が付いた瞬間、まだチャイムは鳴り終わってませんでした。長くても一分はないでしょう? 何もかも見て回ったはずなのに、メロディーで考えても数秒のラグもなかったんです。お姉さんは目の前にはいなくて、……例の巨木を取り囲むように、何人もの女の子が手をつないでぐるぐる回っていました。枯葉を踏む音だとかリズムを決めるための歌だとか、そういうのが何も聞こえない異様な恐怖で、僕は家に逃げ帰りました。その日だけは怒られませんでしたね。
それから、あの団地では「必ず自治会に入ること」っていう取り決めができました。知らない子と話しちゃいけないって……大人と、じゃないんですよ、あの団地では。僕が見たものが世界旅行だったのかって話なんですけど、たぶん違いますね。だって、どこにもランドマークがありませんでしたから。例えばあれが録画だとかいう話だったとしても、人がいない場所だけを写したことになる。できませんよ、そんなこと。建物がなにひとつない地上なんて、あるわけない。
……今ですか? そうですね、父が五人兄弟だったので、叔父の一人が団地にいまして。その伝手で話を聞いたことはありますね。今は自治会に入らない人も増えてるそうなので、諸注意を聞かないままの子供も出てきているんでしょうね。
伐採? できるわけないでしょう。業者が入ってこようとするとね、僕みたいなことを言い出すんだそうです。何か見た、何かいた、ぎっしりいたって。ぎっしり……ええ、マンションの廊下と言わず木々の間と言わず、やってきた道にも荷台にも後部座席にも、立って歩いている隣にも。
きっと、たくさん、……どこにでも。だから教えてくれる。何もかも見ているから。そうして、人が言うことも学んで、……「嫌なことは、はっきり伝えなさい」って。ちゃんと、実行しているんですよ。親と子がたくさん集まるところで、学んだことを。
せかいちゃん 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
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