きっかけ
昼休み。食堂で弁当を開く。昨日のことがあってか、飯が喉を通らない。亜美にどう謝ろうかと考えているうちに、午前の授業は終わっていた。
「よっ!浮かない顔だね」
「……なんの用だ」
不意に話しかけてきたのは同じクラスの左鍋紫苑。クラス内外で人望が厚く、俺のような孤独な人間にも躊躇いなく話しかける真の陽。
可愛らしい名前のイメージ通りと言うべきか、美少年の部類である。
「冷たいこと言わないでさ、一緒にご飯食べようよ」
「……勝手にしろ」
「勝手にさせてもらいまーす」
臆することなく俺の隣に深々と座る。冷たくあしらわれても退かない所に、他とは違う彼の色を見た。
「
「冷食だ」
「……だと思ってた。……まあ、それはいいとして」
露骨に話を変えようとする様子に思わず吹き出しそうになるが、笑い合うような関係でもないので、グッと堪える。
「今日は元気ないね」
「……」
誰かが亜美以外の人間と交流の無い俺のような人間の、それでいて分かりにくい内面の変化に気づくとは考えもしていなくて、少し驚く。そんなに今日の俺は分かりやすかっただろうか。
「……何があったの?教えてよ」
「お前に言う義理はない」
「まあ言わなくても分かるけどね。亜美さんのことでしょ?」
「……」
「図星みたいだね」
「……なんで分かったんだよ」
「なんでって、聡太君が誰かと関わってる所なんて滅多に見ないけど、殊に亜美さん関係なら君は有名人だからね。生徒会所属の清楚美人で有名な亜美さんの激重彼氏として君は名を馳せてるのさ」
激重彼氏。否定はできない。
「……なるほどな」
「亜美さんと喧嘩でもしたの?」
「……」
「教えてよー!」
「ねぇねぇ」
「うるせぇ」
「別にいーじゃん」
「……」
「減るもんじゃないよ?」
「……」
「ねーえ」
「……」
「うぉぉぉぉぉぉぉい!」
「あーもう分かったよ!……言えば良いんだろ」
一泊置いて、口を開く。
「俺の束縛が迷惑だって言われたんだよ」
「ほえー」
他言するつもりは無かったが、紫苑のあまりのしつこさ根負けしてつい口を滑らせてしまった。
しまったな、と思ってももう遅い。女々しく落ち込んでいることをバカにされているかもしれない、なんて思って恐る恐る紫苑を見ると、真剣な表情で思案している様子だった。意外と俺に親身になって考えてくれているのだろうか。
「なるほどねぇ……どうして束縛しちゃうんだと思う?ただ好きだから?」
こんな質問、普段の俺なら絶対に答えたりしない。けれども世の中には芋づる式という言葉があるように、一度根負けしていた俺の口から言葉がスルリと抜けていくのは簡単だった。
「まあ、なんだろうな。……親戚にたらい回しにされて、愛を知らずに育った俺は、亜美がくれる愛に依存してるんだと思う。アイツが愛をくれなくなったら、俺はまた誰にも愛されない空っぽな人間になっちまう。だから、その愛を手放したくなくて束縛してしまう」
こんなに踏み込んだ自分の心情についてよく言えたもんだなと自分でも思う。
ただ、何事も最初のハードルは高いが、乗り越えてしまえば簡単なものだ。
恋愛だってそう。亜美とより親密な関係になるまでは長かったが、一度そうなった途端に歯止めが効かなくなるほどにお互い求め合ってしまった過去がある。
対する紫苑は感嘆するようにへぇ、と一つ言葉を漏らして続ける。
「随分と自分を客観視出来てるんだね。凄いことだ」
「……そりゃどーも」
マトモに褒められた経験が少ないからか、少し照れ臭い。
「なるほどねぇ……愛を知らずに、か」
紫苑はまた深く考えるような素振りを見せた上で、おもむろに顔を上げて俺に一つ提案をした。
「じゃあさ、僕達友達になろうよ」
「……あ?」
「聞こえなかった?友達だよ」
「なんのメリットがあるんだよ」
友達になるならないは損得勘定じゃないよ、と苦笑しつつも、紫苑は続ける。
「ちゃんとメリットがあるよ。君が僕と友達になること、まあもっといえば友達を増やして社会的交流をすることが、亜美さんの為にもなる」
「……亜美の為」
「そう。友達を作って、その人達から別のベクトルで君を愛してもらうんだ。いわゆる"友愛"ってヤツだね。君がその愛で心を多少満たせれば、亜美さんへの依存を減らすことができる」
確かに、理にかなっている。けれども、そもそも"誰かに愛してもらう"の部分が出来ていたら俺はこんなに拗らせていない。
「俺みたいな友達もマトモに出来たことのねぇ根暗な男、誰にも愛されねぇよ」
「まあ、それは今日の放課後確かめてみようよ!丁度良い予定が入ってるんだ!」
「…‥放課後?」
「いつもは亜美さんと一緒に帰ってると思うけど、今日は僕に着いてきてよ。ほら、束縛を緩める一環にもなるし」
「……なにが目的だ」
「それは着いてからのお楽しみー」
「何故俺のために行動するんだ」
「だから言ったじゃん。聡太と友達になりたいって」
友達。その言葉が俺の脳内でリフレインする。彼の提案を頭ごなしに拒否する気にはなれなかった。
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