第13話 リコと迷宮脱出


 頭がくらくらする。

 俺の配信がバズっていたなんて。


 動画サイトの通知を切っても、別のSNSの通知がなる。

 嬉しいような、くらくらするような。


 こんなこと気分は初めてだ。


「通知は全部切りだ。電源も切る! 緊急連絡が必要になったら、悪いが君のスマホを使わせて貰う」


 俺は充電器をリコに預け、電源を切った。

 改めて朝ご飯のゴルドフェニックス肉にかぶりつく。


 肉汁がいつもよりも身体に染みていく。

 俺は動揺しているのか?

 嬉しいような不安なような感情が全身を駆け巡る。


「いいよな? 君だって俺の携帯を勝手に使ったんだからな」

「配信のことなら、勝手に使ってごめんなさい。でも私が取ったときはすでに配信モードになってた。鬼神さんも配信者なら『このまま撮影もいいかな』って思ったの。私の配信者魂ってやつなのかもね」


 配信者魂なら尊敬するしかない。


「ったく……」


 俺は全身を揺らしている。ダメだ。明らかに動揺を隠せない。

 身体が自然と動き出してしまうのだ。


「どしたの? めっちゃ揺れてるけど」

「な、なんでもねーよ」


「もしかして、嬉しいの?」

「べ、べつに……。なんでもないって!」


 俺は顔を背けた。無表情なはずだ。

 肩が震えてくる。


「やっぱり嬉しいんじゃない」

「なんでわかるんだよ」

「今にも踊り出しそうだよ。でもわかる~。バズるとね。そんな風になるよね」


 リコはメスガキめいた不敵な笑みだ。

 言い訳仕様にも手持ち無沙汰だ。


 肉はもうすっかり食べ終えてしまった。

 食器を片付けリュックに詰めると、リコが手を伸ばしてくる。


「ほら立って」


 手を引かれると膝が震えていた。

 俺は嬉しいのか? 


「踊ろうよ。初バズ記念」

「誰が踊るか。これから下山しなきゃなんねーってのに。それに恥ずかしいだろ。いい年して……」


「誰も見ている人はいないよ? だから昨日だってあんなこと……」

「あ、あれは……。しょうがないだろ! 闘った役得くらい欲しかったんだからな!」


「役得になれて光栄です」


 リコは俺の手を取りくるくると回り始める。

 俺もリコに合わせて身体を動かす。

 だんだんと踊っているような形になる。


「私も初めてバズったときは、ヒャッハーって駆け回ったなあ」

「ヒャッハーって……。村を焼こうとするモヒカンの蛮族かよ」


「うわ例えがおっさん。ヒャッハーだけじゃなくて、全裸待機もしたなぁ。バズって興奮すると服も脱いじゃうんだよねえ」


 昨晩見たリコの全裸を思い出し、さらにどきりとする。


 今はレンジャー職のローブを着込んでいるが、昨晩見た柔肌が頭から離れない。


「はい、アンドゥ、トロワ」


 リコは俺の手を取ってくるくる踊る。


「いつまで、踊るんだ?」


「鬼神さんが笑顔になるまで」

「はん。あのなぁ。笑い方なんて、もう忘れて……」


 俺は口元を抑える。

 今、俺は笑っていたのか?

 つらい人生ばかりで、しばらく笑っていなかったのに?


「もう。素直じゃないなあ。じゃあさぁ……。『こういうときどんな顔をすればいいのかわからない』って言ってみてよ!」


「おま……」

「はーやく」


 こいつ、ネタを振ってきやがる。

 俺はしぶしぶ応える。


「『こういうとき、どんな顔をすればいいんだ?』」

「笑えば、いいと思うよ」


 ネタが飛んできた。さすが声優だ。


「ふはは。男女逆だろ!」

「えへへ。笑ってくれた!」


 声優だからオタクネタを知ってるのは当然だけど。


(俺が笑えないことを、気にかけていたのか? こんな風に気にかけてくれる女なんて、いままで……)


 俺は久しぶりに笑みを浮かべつつも、すぐに素面に戻る。


(きっと。この幸せは仮初めだ)


 踊るのをやめて、ふぅと息を吐く。

 なんだか一生分笑った気分だった。


「どしたの?」

「そろそろ行くぞ。午後には麓につきたい」


 リコは不思議そうだったが「はーい」と素直になった。




 一時間後、リコは俺の背中に乗っていた。

 迷宮の帰り道で、足を踏み外し、挫いてしまったのだ。


「ったく。間が悪い奴だ」

「ごめんなさい。はしゃいじゃって」


「ずーっとはしゃげるもんなのか。子供でもそうはならねえよ」

「だって。嬉しいのが、ずーっと続いているんだもん」


 吊り橋効果のようなものなのだろう。


「話すと疲れるから。ちょっと黙ってろ」

「はぁい」


 背負っているせいか、話していると、リコの声が耳元から聞こえる

 声優の、綺麗で透き通る声が耳元で響くと、刺激が強すぎてクラクラする。


 正直にいうと俺は彼女のファンだしな。

 過去のエロゲー出演作は、家宝にして押し入れにしまってあるくらいだ。


「もうすぐ、麓だ」


 麓が近づくと安心したのか、リコはまたペラペラとしゃべりだした。


「私、お父さんが毒だったから。おんぶされるとか、安心するわ」

「俺に甘えたって。代わりにはなれないぞ」


「別に良いよーだ。勝手に安心してるだけだから」

「俺も……。いや」


「なぁに?」

「なんでもない」


「誰だって、家族には一悶着抱えてるけど。話さないとわからないよ」

「ウザがられるだろ」

「本当に大事な関係になるなら、避けて通れないから。私は聞きたいよ」


 リコのカリスマ性なのか。

 メスガキみの中に母性があった。

 だけど家族の話は、また今度でいいだろう。


 誰だって一悶着抱えながらやっていくしかないんだから。

 一悶着の中に幸せを見つけるしか無いだろう。


 リコを背負っていると、懐かしい記憶が脳裏によぎった。

 温かい記憶だ。


 けれど、彼女との関係がこれからも続くとは思えない。


 束の間の偶然の、良い思い出としておこう。


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