第2話 失業おじさん
今日の食費は693エンだった。
おにぎり二個で210エン。焼き魚が210エン。焼き鳥が210エン。税金が63エンだ。
「はぁ。食いもん少ねー」
トゥイートをすると「自炊しろ」とクソリプが飛んでくる。
「道具がないので、自炊できないんです」と返信しておく。
自炊の道具がないのは事実だ。
辺境の会社に左遷となり、食堂付きの寮で生活していたからだ。
左遷となったのは、以前努めていた〈迷宮開拓〉の会社で、上司が被弾したのが原因だった。
『鬼神ぃてめぇ! お前は肉の壁だろ? 黙って肉壁になってろよカス!』
上司が被弾したのは自ら突出した自業自得だったが、とにかく俺が肉の壁にならないことがお気に召さなかったらしい。
不条理な降格処分を受け、この辺境の子会社に追放された。
さらに不幸は連続するようだ。
追放された先の〈辺境の子会社〉さえも潰れてしまい俺は露頭に迷ったというわけだ。
寮の食堂も当然閉鎖。
住んでいた部屋だけは、不動産にお願いして、当面の間借りさせて貰っていたのだが……。
再就職も決まらないので身動きもできず、食費だけで貯金を食い潰す毎日だった。
辺境地帯に一軒だけあるコンビニを頼りに、寮生活を続けていたというわけである。
「腹ぁ減ったなぁ。スパチャがあればもう一品食べれるけど……。入ってるわけないよな」
迷宮の入り口でお腹を鳴らしながら、スマホを見つめた。
【鬼神透琉の迷宮チャンネル】
概要:迷宮潜ってみた件。迷宮探索とモンスター戦闘を実況します。鉈&ハンマー使い。
登録者数3人。
再生数25
グッド0 バッド0
「仕事が迷宮開拓だったから、ノリで迷宮配信者になってみたけどなぁ。今時配信者なんて星の数ほどいるもんなぁ」
今月の食費はもうあと少ない。
できればもう一品食べれるくらいの投げ銭がほしい。
「お、返信来た」
携帯をみるとトゥイートの返信だった。『鶏肉削れカス』というクソリプと共に「節約サイト」のURLが飛んでくる。
節約サイトには『月1万エンで食費を賄う方法』と書いてある。
「URL送ってくるとかちょっと優しいとは思うが……」
余計なお世話だ。
「つかその節約メニューじゃ。プロテインが足りねーよ。やっぱ肉食わねえと肉」
俺は内心でキレた。
食べたいものは食べたい。
つうか、よく人の食いもんを制限しようとか言えるな?
そもそも腹が満たされるかどうかは、人によるだろ?
低エネルギーで動ける奴は、人生ラッキーだといえるだろう。
「うるせー。肉食わせろ」
こんな俺でも努力しなかったわけじゃない。
節約しなきゃなあと思って、節約メニューのとおりに食べ物をつくったこともあるが、お腹がすいて動けなくてたまらなかった。
人によって必要な栄養の量が違うのだ。
俺は肉を食べないと動けない性質らしい。
「プロテインの必要量は体重の1000分の一が最低限だ。俺は体重75キロだから75グラムが最低限。鳥肉にして350g強だ。
だがアスリートや運動強度の強い人間は、栄養学的にこの二倍が必要になると言われている。迷宮探索に行くならば鶏肉だけで700gが俺の最低限だ」
もちろん納豆やヨーグルトなど他の食物でもプロテインは摂取する。
だが一日693エンしか使えないんじゃ、全然足りない。
もちろん煽り返信なんかしないけど。
嘆いたって、腹は膨れない。
「はぁ。しゃーねえ。行くか。やるしかねーよな」
だから俺は肉のために。
迷宮に、狩りに行く。
金はない。でも肉は食いたい。
なら、狩りに行けばいいんだよ。
原始人上等。
俺は迷宮探索道具一式を確認。
配信用の携帯とホルダー。折りたたみ式の三脚。
リュックの中には、水、ロープ、コンドーム(骨折などを縛れる。応用力大)。
武器としてハチェット(鉈)とハンマー(金槌)を腰にかける。
さらに俺は、内ポケットにきっちりしまったジェムを確認。
「うーし。全種類あるな」
この世界は〈水晶(ジェム)〉と〈魔力(マナ)〉によって、様々な現象が発現する。
迷宮はマナに満ちているので、水晶を応用することで、様々な用途の魔力を使用できる。
俺が持ってるのは以下のジェムだ。
〈ブーストジェム〉:全身の反応速度を強化
〈マッスルジェム〉:筋力を強化
〈フェザージェム〉:身体を軽くし、落下の衝撃を軽減
〈サンダージェム〉:雷属性を強化する。
〈ペンタゴンジェム〉:魔法陣を強化する。
〈リタンジェム〉:〈帰還ワープポイント〉を設置できる。
〈リタンジェム〉の帰還ワープは、迷宮でのみ起きる現象だ。
階層ごとにジェムを設置すると、そのポイントに帰還することができる。
帰りだけはワープを使って安全にできるのだ。
だが、行きではワープは使えない。
すべて自力で登らなければならない。
迷宮の持つ過酷さの理由だった。
俺は掌のジェムをみやる。
今から向かう〈果なる水晶の迷宮〉を何度も探索し、集めたジェムだ。
食べ物はないが、様々なジェムが手元にある。
「今日こそは、深層、いけるんじゃね?」
87階までは踏破している。
深層狩りを配信すれば、少しはスパチャも貰えるかも知れない。
「やるしかねーよな。深層狩り」
配信での収入がなくても、迷宮魔獣をを狩れば肉が食える。
極めて原始的な欲求だったが、次の仕事が見つかるまで、貯金を食い潰すだけではいけない。
これでも一応求職はしているんだよ?
「全部、肉のためだ。肉肉肉!」
文字通り『食べるため』の迷宮探索。
俺は社宅からでて、裏山に向かう。
森を抜けると、紫色の禍々しい森となる。
さらに禍々しい森を抜けると、その先に迷宮がある。
命がけで肉ゲットするべく、俺は踏み出した。
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【鬼神透琉のとーるチャンネル】
概要:迷宮潜ってみた件。迷宮探索とモンスター戦闘を実況します。鉈&ハンマー使い。
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