第3話 輝竜リコ

 

 森が濃い紫色となる。迷宮へと入ったのだ。

 迷宮の低層は、配信者や企業に荒らされてゴミが散乱している。


 この〈果なる水晶の迷宮〉は、さまざまな配信者が挑戦しては諦めていった場所らしい。

 また迷宮資源を求めて企業が進出し、失敗した跡地でもある。産業廃棄物の山に汚染されているから、森は紫色なのだった。


 何故事情を知っているかと言うと、俺の努めていた会社が、まさしく環境を荒らしながら迷宮探索をする典型だったからだ。


「低層のモンスターは食えたもんじゃないんだよな」


 スマホで配信をしながら俺は呟く。

 相変わらずトークの才能なんてない。


 視聴者は三人。あ、ふたりに減った。


 伸びないのはわかっているけど、戦闘には自信がある。

 爆アドプレイが撮影できれば少しは伸びるかも知れない。


「寂しいのでAIと会話しながら、進んで行きます」


 旧式のAIアプリ〈白樺メルル〉を起動する。

 携帯のアプリのAR機能によって、妖精のホログラムが俺の肩にでてきた。


『前方10キロメートル先にモンスターを検知』

「10キロ先とか遭遇関係ないだろ」


『修正します』

「おうよ」


『上空一万メートルにモンスターを感知』

「上空て。なにを拾ってんだ! GPSぶっ壊れてんだろ?」


 ご覧の通り白樺メルルはポンコツだった。

 可愛らしいのは妖精の見た目だけで、中身は旧世代も旧世代のナビ程度しかできないポンコツAIだった。


 独り身で寂しいので、ポンコツ相手でも暇は潰せるんだがな。


 そうこうしている内に、前方にドス黒い猪を確認。

 迷宮のマナによってモンスター化した真っ黒な猪は、体長3メートルほどまで膨張し、俺と対峙する。


「めっちゃ黒いイノシシ発見しましたー。討伐しゃす」


 配信画面はホログラムで空中に投影しているのだが、コメントはなし。


『グルウルウアガアア』


 俺は右手にハチェットを、左手にハンマーを握りしめる。



『右からくるぞ! 気をつけろ!』



 妖精AI白樺メルルがアナウンスをくれるが、イノシシは左から来た。


 俺は体内のマナを解放。身体能力を強化する。


 迷宮にはマナ・プールと呼ばれるマナの溜まり場があり、マナを採取し蓄えることで様々なスキルを用いることが出来る。


 ジェムを使用してマナを解放するパターンの他には、自分自身のマナを解放するパターンもあるが、俺が使ったのは後者だ。


 迷宮探索を続けたおかげで、俺の全身はマナに浸かっていたのである。


 いわば俺は〈マナの漬物〉いうわけだ。


「おおおううぅうううらあぁ!」


 今回は『身体強化』だけを使った。このダンジョンは87階まで進んだことがあるから、要領はわかってる。


 低階層では『節約しつつ最大効率』だ。


「おらああぁぁ!」

『ぎゃうん!』


 ハチェットと金槌を乱舞させ、イノシシを瞬殺。

 肉塊となったイノシシがごぉんと倒れ伏した。


 コメントは無だ。


 迷宮に潜って戦闘をするなんて、このご時世いくらでもいるからな。


 だからといって暴言は吐けない。

 嫌われたら晒されて炎上して大変なことになるだろう。

 そもそも嫌われたくないし。

 俺はコメントを繋げる。


「……っ。深層に向かってボス級を倒してくるので、みていてください。あー肉食いてえ」


 真っ黒いイノシシは食べない。

 低層のモンスターは配信者や企業の捨てたゴミや廃棄物で汚染されているためだ。

 放っておけば他のモンスターが食べてくれるだろう。


 ああ、綺麗な肉が食べたい。


 狙うのは深層。綺麗な水で育まれた良質なモンスターの肉だった。

 AIメルルがきゅぴんと反応した。


『地下1000メートルにモンスターの反応が!』

「いねーよ!」


 旧世代AI白樺メルルはポンコツだし、視聴者もふたりのまま。


「あーあ。〈輝竜リコ〉みたいになりてえな」


〈輝竜リコ〉とは、今をときめくインフルエンサーであり迷宮配信者だ。


 チャンネル登録者数10万人を超える有名なネットアイドルでかつ声優でもある。

 綺麗な容姿と運動能力、迷宮探索の手腕。声優としての活躍から、老若男女問わずファンが急増中。


 キラキラ輝いている。


 今をときめく存在だ。


 キラキラ、キラキラキラ……。

 キラキラキラ、キラキラキラ、星のように光っているんだ。


「登録者十万人かぁ。スパチャもバンバン入って、飯を食うくらい楽勝なんだろうな。ま、俺はおじさんだし。高望みもするもんじゃねえよな。今は肉だ。肉肉肉。生きることが優先だ」


 俺は綺麗な肉を食べるという一点で、迷宮の深層へと向かった。

 そして迷宮の最果てで俺は、以外な人物との出会いを果たすことになる。





 低層から中層を駆け抜け、のべ64体のモンスターを撃破し、俺は最深部付近に到達した。


 キンキンキン!

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!


「うし。87階層のワープは大丈夫そうだな。95階層あたりにもつけておくか」


 迷宮は規模によって30階層、50階層、100階層に分類される。

 ちなみにこの〈果なる水晶の迷宮〉は100階層クラスだ。


 無名の迷宮なので、踏破しても役所の報酬はなかったが、100階層クラスの迷宮は珍しい。


(財宝を見つけても、俺ひとりじゃどうにもなんないんだけどな。人がいればなあ)


 俺は会社の仕事で迷宮探索していたときを思い出す。


〈肉壁上司〉の会社の後の、左遷後の会社だ。


 会社は常に人出不足で、足きり寸前の社員ばかりの寄せ集めパーティだった。

 モンスターに襲われては3階層で撤退とかを繰り返していたっけな。

 


 この無名の迷宮から『何かを見つけて帰ろう』という、寄せ集め共の微かな熱気があったのだ。



 俺は配信トークを再会。


「この迷宮は潰れた会社の面々と一緒に、途中まで来たんですけどね。実は俺課長だったんですよ。まあ薄給で時給換算だとバイト以下なんですけどね」


 視聴者にとっては俺が課長なことなど、どうでもいいことだ。


 だが俺には意地がある。


 左遷先の迷宮探索の会社が潰れたことで、途中まで開拓していたこの迷宮を中途半端で撤退した。


 だから俺は、次の仕事が見つかる前に、せめてここは踏破して起きたかった。



(一人でここを渡るなんて、自己満足に過ぎないってわかってるさ。効率も悪い。金にもならない。バカなんだってわかってるよ。それでも……)



 俺は課長としてチームをひっぱり、派遣社員やバイトの寄せ集め達で、39階層まで来た。

 なのに倒産なんてあんまりだ。

 せめて、最果てまで、みてみたい。


 97階層。蘇生を繰り返すゴルドフェニックスを撃破。鶏肉ゲット。

 98階層。沼に住む、フレイムアリゲーターを撃破。鰐肉ゲット。


「はぁ。はぁ。もうすぐ最終階層です。あと今食ってる肉は、フレイムアリゲーターです」


 ここで俺はあることに気づく。

 割れた鎧や折れた剣が散乱していたのだ。

 地面には血の跡があった。


「誰か、いんのか?」


 おそらく複数人だ。


「ち、チームでの探索跡が見えます。こちとらソロプレイなのに。複数人で挑戦とかマジ卍ですわ」


 怒りが湧いてきた。

 俺がソロプレイでしこしこ頑張っていた迷宮を、横からかすめ取るなんて。

 だが怒ってはダメだ。配信の空気が悪くなる。


「どんな奴か顔だけみたいんで、今日は深層まで行ってみまーす。ついでにボス撃破します」


 フレイムアリゲーターの鰐肉を食らいつつ、足跡を追う。


 ふざけんなふざけんなふざけんな!


 かすめ取るなんてぜってー許さねえ!


 森を抜け、岩のトンネルにでる。

 トンネルを歩くと、向こうには最終層とおぼしき空洞が見えた。


「なんか円形の空洞ホールがあります。ボスエリアかな?」



 ボスエリアらしき空洞ホールからは、人の声が微かに響いている。


「ボスと戦ってるのかな? あー。先超されましたね~」


 トンネルを抜け空洞ホールにでる。


 山羊頭の巨人が中央に立ち、6人程のパーティと対峙していた。


「ん?」


 見間違いだろうか。

 パーティの中には、俺の憧れるインフルエンサー声優……。


〈輝竜リコ〉と思しき人がいたのだ。


――――――――――――――――――――――――――

【鬼神透龍のとーるチャンネル】

概要:迷宮潜ってみた件。迷宮探索とモンスター戦闘を実況します。鉈&ハンマー使い。

登録者数3人 →5人

再生数 26→41

グッド0 バッド0→1

――――――――――――――――――――――――

大事なお願い

おもしろくなってきたと思って頂けたら☆☆☆評価、レビューなどよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る