第32話 彼女に宿る平家丈晴
脊谷政宗はすべての力を解放する。
この場の、絶冬華以外の全員を配下に置き、そして一人ずつ殺すのだ。
絶冬華はそれを見てどう思うだろう。
脊谷は気になった。
それは研究者としてと言うよりも、人間、脊谷政宗として気になっているようだった。
こんな状況で、必死に必死なふりをしている、無感情な少女の情動を引き出すことはできるだろうか。
それが楽しみで脊谷政宗は仕方がなく、自分自身の神経たるオーラを部屋全体に充満させる。
この中で『フラスコ』は丈晴と彩のみ。丈晴は何もできない。その丈晴の中にいる彩は抵抗をみせる。脊谷のオーラを弾くように、逆に入り込むような動きを見せるも、それは叶わない。
出力不足。
それは『ジャンク瓶』であればどうしようもないことだろう。
元々の適性が違う。そもそも『ジャンク瓶』になれただけでも選ばれたものだと言えるのかもしれないが。
脊谷は彩のオーラごと丈晴の体を飲み込む。
あまりにも、簡単。
本来の平家丈晴ではれば、もう少し反応できたに違いない。彼はジャンク瓶ではなく、生まれながらの『フラスコ』だ。おそらく『七瓶』に次ぐ能力はあったに違いない。
しかし今は、しょせん彩に制御を奪われた空箱。それを守るのはジャンク瓶のひび割れたオーラ。
そうだ、最初に死んでみせるのは平家丈晴にしよう。
もっとも親しく過ごし、恋人だと噂された少年だ。その底にどんな気持ちがあったのか、あるいは空っぽだったのかは知らない。この少年で何も反応がないのであれば、いよいよ感情を纏わせることは諦めた方がいいかもしれない。
何人も窓から飛び降りさせて、周りに見られては後始末が大変だ。なので、毒殺程度に留めておくのがいいだろう。
平家丈晴の中で暴れ回る、近藤彩のオーラ。
それを、追い出す。すると、簡単にこの体の制御を奪うことができた。周りを見渡す。そこにいる生徒たちにも徐々に脊谷のオーラが浸透し、薬漬けのように目を見開いていた。そして次の瞬間バタバタと倒れた。
月魄絶冬華を見る。なんの表情も浮かんでいない。
恐ろしい!
学園の誰もが彼女に注目できない中で、彼女は演技をやめたのだ! すなわち、普通の少女であるという演技を!
知りたい。この化け物のことを。この化け物の底を!
脊谷政宗は、ジャケットの内ポケットに注射器を忍ばせていた。丈晴の体でそこに手を伸ばし、注射器を抜き取った。
そして月魄絶冬華の正面に立つ。
月魄絶冬華には、なんの表情も浮かんでいない。
「中は毒物で、打てば数秒後には激烈な痛みと共に死に至ります。これでも何も感じないのですかね?」
平家丈晴の体で、注射器を自身の首に突き立てた。
大動脈に、かすかな刺激がある。おっといけない。刺して、平家丈晴の体の中にいる間に死んでしまっては少なくとも激痛は避けられない。
月魄絶冬華は。
笑った。
「信じているよ、丈晴くん」
ついに、狂ったか?
「無理だ。なぜなら私は、脊谷政宗だから」
冷たい。
唐突に、脊谷は妙な感覚に包まれた。まるで真冬の海に落ちたような寒さ。全身を何かに圧迫されるような感覚。
なんだ?
その感覚が、自分の発しているオーラに由来していると気がつき、その圧迫感は一気に加速した。
――お前か
頭の中に大音量で響く声。それは間違いなく、平家丈晴のそれ。
しかし。
平家丈晴の体は今すでに『使用中』だ。それも脊谷が今まさに。こんなことは、あり得ない。
意志の発露を魂と呼ぶとして。
もし体を奪ったとすれば。
魂は寝ているだけなのだ。
いや、それは正しい。今丈晴の体を動かしているのは脊谷だけだ。違う。自分はオーラを通じて影響を受けている。
オーラを辿る。
近藤彩だ。
その禍々しいオーラの行き着く先にいたのは。
近藤彩に、どうして平家丈晴が?
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