第28話 希望と絶望

 痛みは、ある。

 それは絶島華を、生命の危機だと知らせる。ただしそこから先は冷静で、ではどうやったらその場から逃れられるかを探すばかり。そしてそれがないとわかれば、もはや体は動かない。


 どこに意志があるかわからない生徒たち。

 あるいは、人間とはすべからくそうなのかもしれない。


 小さな部屋に、ゾロゾロと集められた彼らは滑稽でさえあるが、しかし自分にとっていい状況ではない。


「教授、本当にいいんですか? 学園のアイドル、月魄絶冬華を」


 一人が言った。


「ええ、もちろん」


 脊谷教授が頷くと、彼らはニタニタした表情を浮かべて絶冬華を囲んだ。彼らは『七瓶』によって別の記憶を植え付けられたりして操られている面もあるのだろうが、性的な衝動は元からか。

 絶冬華は生徒の一人に尋ねた。


「犯罪だよ?」

「それは、脊谷教授がなんとかしてくれるさ。それに、仮に犯罪になったとしても月魄絶冬華をなんとかできるなら悪くない」


 げびた笑いを見ても、そこに嫌悪や不安はない。

 ただ、この先に起こることを予測して最適解を探すのみ。

 だからこれもきっと機械的な思考。


 これからこの場で起こることを、丈晴くんが知ったらどう思うだろう?


 どんな思いを抱いて、今後絶冬華に対しての振る舞いは変わるだろうか。例えば少女としての価値を低く見積り、彼にとって不要な存在になることはあり得るだろうか。


 これらはきっと、機械的な思考。だからそれは、感情じゃない。

 ぐちゃぐちゃとデッドロックした電気信号の中、唐突にドアが開いた。

 丈晴が、入ってきた。

 反射、といえば確かに反射。

 絶冬華は声が出た。


「助けて、丈晴くん!」


 月魄絶冬華は自分でも意外なほど大声になった。


「助けて、助けて丈晴くん!」


 丈晴と目があった。ぱっちりと目を開いていて、どこか眠そうな普段の彼とは違う。丈晴は言った。


「教授、戻りました」

 続いて、ぐったりした彩が、車椅子で運ばれてきた。


 そういうことか。

 絶冬華はその瞬間理解した。


 平家丈晴は、彩に乗っ取られている。

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