第24話 脊谷教授のインタビュー
ピンポンパンポーン。
『平家丈晴くん。生徒指導室Aまで来てください。脊谷教授がお呼びです』
ピンポンパンポーン。
唐突に呼び出しがかかる昼休み。
生徒指導室?
しかも担任とかではなく、教授に?
丈晴は不審に思ったが、無視するわけにもいかないのでそこへ向かった。
渡り廊下を二つ渡った先にある別棟にその教室はある。指導内容が他の生徒や教師に聞かれないようにとの作りは確かにプライバシーへの配慮はあると思うが、しかし面倒は面倒だ。
ドアを開けると、そこにはメロンパンを貪る脊谷と、いつも通り傍に小鞠がいる。
「失礼します」
「すみません、平家くん。突然呼び出してしまって。食事中ですが、気にしないでください。ああ、昼休みだから、平家くんも食べたかったらどうぞ」
「いえ、何も持ってきていないので」
いうと、閃いたとでも言うように脊谷教授は手で持っていた歯型のクッキリついたメロンパンを差し出した。
「どうぞ」
「いえ、結構です」
「……そうですか。美味しいのに」
言うと、再び脊谷はメロンパンをむしゃむしゃと咀嚼し始めた。
何だろうこの人は。
授業中や、テレビでの切れ物の印象とはずいぶん違い気が抜けてしまう。まるで二重人格でもあるかと言うほど、出会う場面によってうける感覚が違う。それが天才と言うものだろうか。
「それより、僕、何か指導されるようなことをしましたか? それも脊谷教授に」
「いえいえ、ちょっと雑談したかっただけです。プライベートなことを聞くので、こう言う場所の方がいいと思ったんですよ」
「はぁ」
「恋バナです」
この人は、何を言っているのだろう。
それもずいぶん真顔だ。
ふと小鞠助手の方を見ると、つまらなそうにキーボードを叩いている。いつもこんな感じなのだろう。
「あの、ずいぶん噂になっているんですが、平家くんは月魄さんと付き合っているんでしょうか?」
「……脊谷教授は、女子高生にご興味が?」
「まさか! そんなこと滅相もない! ぜんぜん、ぜんぜん! 月魄さんがトップ女優クラスだとはいえ、まさか!」
やたら否定するのが妙に怪しいな、と思ってしまったが、さらに続く教授の言葉が話を本筋に戻した。
「そもそもあんな人間もどきとは怖くて付き合えませんよ!」
人間……もどき?
それは彼女を侮辱する言葉に思えて、丈晴はムッとした。しかし、その言葉は興味をそそるものでもあった。
「一応噂される身としては、彼女の悪口はあんまり聞きたくないんですが」
「いえいえ、そんなつもりはないです。ただ、以前の講義で皆さんの脳の動きを調べさせていただいたときにですね、ずいぶん月魄さんは特殊だったものですから。平家くんが一番彼女に親しいのでしょう。付き合っていると。そんな恋人の平家くんから見て、月魄さんはどんな人ですか?」
「別に……。普通の女子高生ですけど」
「ほほう。まったく問題なく紛れている、と言うことですか」
「すみません。人間もどき、とか、紛れている、とか、ちょっと意味がわからないです」
脊谷教授は首を傾げた。
「……気がつきませんか? 彼女は、感情がないでしょう。わかった状態で彼女を見たらもはやそうとしか思えないですが、やはり知らない状態だとわからないんですね」
滔々と、平然と言い放つ脊谷教授は丈晴からみれば常軌を逸していた。動揺する丈晴をよそに、彼は続ける。
「世の中にある言葉の中で一番近いものを探せば、彼女は『哲学的ゾンビ』です。もっとも、脳波という物理現象でさえ普通の人間と違いが出ているので正確には違うのですが……。ここで言いたいのは、彼女の脳は動作に関連する部分は動いているものの、感情に関するものの動きが普通よりもあまりにも規則的で、機械染みていてたということです。それは、あたかもこういう感情を起こすためには、こうすべきだ、というものが完全にわかっていて、その通り動かしているようなイメージでしょうか。それは私から見ると、感情の真似事を見せている感じなんですね。彼女はおそらく、平家くんに笑って見せたり、怒って見せたり、感情的な部分を見せているかもしれませんが、その多くが目的に向かって進むだけの反射です」
「反射……?」
「ええ。要するに、何も考えていないんですね」
「脊谷教授。失礼ながらそれはないと思いますよ。彼女は馬鹿じゃない。そんな無脊椎動物みたいなもんじゃなくて、彼女とは複雑な会話をしている」
「なるほど面白いです。親しい平家くんから見ると、そう感じると言うことですね」
何を言っても、すでに脊谷教授の考えは決まっているようで、丈晴はしゃべり続けるとイライラがつのる。
「僕を呼んだ目的がないのであれば、もう帰りますよ」
「いやいや、第三者目線での彼女がどんなものか聞いてみたかったんですよ。本人を調べる前に」
椅子から立ち上がり、丈晴は脊谷教授に背を向けた。
しかし。
ふと、思いたち、振り返る。
「彼女は今後、普通の人間のようになりますか?」
「さぁ、まったくわかりません」
知的好奇心の紫。
複雑に蠢く脊谷教授の綿菓子に、丈晴は手を伸ばした。心の濁流が丈晴を支配し、そして彼は詳になる。
好奇心の赴くままに進む真っ当な人物だ。
悪気もなく、配慮もない。
嘘も、偽りも。
絶冬華は綿菓子を纏わない。
それをなんとなくおかしなことだと認識していた。感情があまりないタイプなのかと理解もしていた。さらに言えば、それを絶冬華も認識していたのだ。
そこまでであれば、教授の言うことは理解できる。確かにそうなのかもしれない。彼女は本当に何も考えておらず、入力と結果だけの反射の賜物であると言うことなのかもしれない。
しかし、彼女はそれを気にしていた。
そうではなくて、普通の女の子になりたいと言っていた。
それがどう言う意味か、丈晴が正確に理解できていなかった面は否定できない。ただ、その言葉さえもただの反射で、心のないものだとは丈晴にはどうしても思えなかったのだ。
「どうかしましたか?」
「この後、絶冬華に何かされるんですか?」
「現状を話して、もう少し詳しく調べさせてもらおうと思います」
それを彼女は望むかもしれない。
丈晴は改めて、生徒指導室を後にした。
◆
彼はいま『解』を行った。
やはり、確実。
平家丈晴が『七瓶』かどうかはさておき、死なないでくれて、よかった。
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