第20話 哲学的ゾンビの片鱗

「こうやって、シャープペンで指先を軽く刺します。すると、当たり前ですが脳が刺激を受け取りますね」


 脊谷は頭を覆う謎の危機をパソコンに繋いでいる。パソコンの画面には、脳を輪切りにしたような画像が玉虫色を帯びており、シャープペンで刺激したり、しゃべったりすると色が変化して見える。


「刺激にどれだけ早く反応するか、どれほど強く反応するか、というのは大きく個人差があります。また、脳のどこが優位に反応するか、というのも人によって違います。二人ずつペアになってください。一人が機器をつけて、目を瞑ってください。もう一人がシャープペンで軽く掌に刺激を与えます。あ、突き刺したら傷害で逮捕しますから気をつけてくださいね」


 教室は軽く笑いに包まれた。

 大講義室。丈晴は絶冬華の隣に座っている。移動教室時に彼女が横に座るのは半ば公然となり、ペアで何かをやる場合は彼女とやることがほとんどだ。


 誰かが言った。


「教授! この実験には何か意味があるんですか?」


 脊谷は少し首を捻って考えてみせた。


「この脳の画像を見てください。とても綺麗でしょ?」玉虫色に蠢くようなそれは、確かに目を引くものではある。「皆さんの脳の画像を並べて動画にして、NFTアートとして売ります。そうすると、私の収入の足しになるんですね」


 また教室は軽く沸いた。

 教授は軽く咳払いをして続けた。


「それ以外に、学園の生徒というのは様々指標をとられた素晴らしい検体なんです。成績や授業態度、あるいは健康診断結果なんていうのもそうです。そういったものと、脳の反応の癖が関係あるかというのを確かめたい、というのが私の目的になります。ああ、もちろん、さまざまな情報からは個人情報を排除しますから安心してください」

「脳の反応で、成績が決まるってことですか?」


 誰かの疑問に、少し考えて教授は答える。


「例えばこう考えられます。痛みに鈍感であれば、外部刺激に強いということになります。蚊に刺されても、あまり気にならないかもしれない。そうすると、夏に集中力を保ちやすいかもしれません。でも反対に、いろんな変化に気が付きづらく、引っかけ問題に弱いかもしれない。今言ったことは例ですが、脳の一つの癖が、成績という指標にプラスの影響を与えることもマイナスの影響を与えることもあるでしょう。こういうのは複雑系と言って、何がどう動いているかというのはよくわからないんです。人間や、世界っていうのは複雑すぎて、一つの事象で物事の判断っていうのはできないんですね」

「じゃあ、意味ないじゃん」


「いやいや、意味がありますよ。だってほら、こうやって脳が蠢く画像を見るってとっても楽しいでしょ? マッドサイエンティストになったつもりで、楽しんでみましょう」


 冗談のようにいうので再びクラスは湧くが、シリアスな綿菓子には真実が混じっていそうだ。

 さて、実験である。

 頭に機器を取り付けた絶冬華が丈晴に手の平を差し出した。


「あまり痛くしないでね」


 丈晴とは違う細い繊細な指先。傷ひとつないそれに、シャープペンを突き立てるというのは少し罪悪感を覚える。


「気をつけるよ」


 機器はスマホに画像を飛ばし、絶冬華の脳がカラフルに映る。

 注射を待つ子供のように絶冬華は顔を背けた。

 彼女にわからないタイミングで、丈晴はシャープペンで彼女をついた。脳は波打つように綺麗に反応した。

 後ろから、脊谷教授が覗き込んでいた。

 脊谷教授は言った。


「んん、壊れてるんでしょうか。反応が……」


 難しい顔をして、教授は首を傾いでいた。

 絶冬華はふと顔をあげ、脊谷教授に言った。


「壊れていたとしたら、治せますか?」

「サポートセンターはまともに対応してくれないので、どうでしょうね」


 それだけ言うと、機器を取り替えるでもなく脊谷は行ってしまった。


「ずいぶん優しく刺すのね」

「そうかな。こんなものじゃない?」


「もし私が、血が出るくらい突き刺したらどう思う?」

「そうしたら、痛いって、思うだろうな」


「それだけ?」


 絶冬華は睨むようにこっちを見た。


「それではペアの役割を交換してください」


 丈晴が絶冬華にシャーペンを渡した瞬間に、絶冬華はそれを振り上げ、振り下ろす。丈晴は反射的に「うわ」と声をあげ体を引いた。

 だが、痛みは一向にやってこなかった。


「冗談よ」

「笑えない」

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