欲しいものを手に入れるには
第18話 三角関係
その日は解散となり、それからまた普通の学校生活が始まった。
クラスに到着するとそこには彩がいて、クラスメイトに囲まれていた。みんな大丈夫か、と彼女のことを気にかけている。
午前中はずっとそんな感じだったが、お昼休みに丈晴は彩に話しかけた。
「久しぶり」
「変なの、昨日お見舞いに来てくれたのに」
「学校で見るのとは、また違うから」
「お昼一緒に食べようよ」
彩はお弁当だが、丈晴は購買で買う必要があったので少し待ってもらうことにする。
購買でパンを買って戻ろうとした時、今度は絶冬華に話しかけられる。
「丈晴くん。一緒にお昼はいかがかしら」
「ああ、ごめん。これから彩と一緒に――」
「ちょうどよかった! じゃあ近藤さんも一緒に」
「……まぁ、いいか」
三人は空き教室で一緒に食べることにした。
丈晴は妙な視線を感じた。それはそうだろう。丈晴は一応絶冬華と付き合っていることになっており、それなのに以前仲が良かった彩も一緒に歩いている。しかも、彩は学園再登校初日だ。
何やら一悶着あると野次馬心が芽生えているに違いない。
絶冬華は教室の内鍵をかけた。
机をくっつけ、丈晴と彩は横に座り、絶冬華が前に座った。
「話があるんだけど、ひとまずご飯を食べてしまいましょう」
言って、絶冬華はサンドイッチを取り出す。購買で買ったものだ。なぜ三人で食事をしているのかよくわからないが、絶冬華はいつも通り落ち着いたものだ。反対に、彩はどう言うわけか少しムクれている。
彩の小さなお弁当は鮮やかで、卵焼きなど家庭的なものが詰め込まれていた。
彩は言った。
「絶冬華ってさ、いつもそんな食事なの?」
絶冬華、と突然名前で呼んだことに、丈晴は少し驚いた。
「そんな食事?」
「買ったものを食べる、みたいな。絶冬華ってなんだかとても無機質に見えて、家庭の感じが見えないっていうか。どんなふうに暮らしてるのかなって気になって」
「一人暮らしで料理も好きじゃないから、買ったものしか食べない」
「高校生でもう一人暮らしなんだ! ご両親は?」
「いないわ」
「あ、ごめんなさい……」
絶冬華は機械的にサンドイッチを食べ続けている。絶冬華はフォローしないので、少し空気が重くなる。
そういえば丈晴は、今まで絶冬華自身について聞くことがなかったなと思い返した。組織のことや、自分の能力のことは尋ねたが、絶冬華の家庭環境だなんて考えたことがなかった。
「いつからいないの?」
「ちょっと、丈晴!」
「いい。私が物心つく前に死んだわ」
重い空気に拍車がかかった。
彩はキョロキョロしながら仕方がなくお弁当に箸を伸ばしていた。
考えたこともなかったが、そういったことは彼女が組織に属している理由につながるのかもしれない。
「その話は、深く聞いても?」
「いずれ」
絶冬華は最後の一口を食べ終え、言った。
「それよりも今日は、これからの話がしたいの。彩ちゃんが学校に来るようになったんだから、私たちは少なくとも話くらい合わせておかないといけないからね。わかるでしょ。彩ちゃんが丈晴くんを刺したことについて」
彩が丈晴の方を向いて、驚いた顔をして尋ねた。
「言ったの?」
「いや、最初から彼女は知ってたんだ。あの時、僕を助けてくれたのは彼女さ」
「そ、そうなんだっ」
複雑な表情で、彩はお茶を飲んだ。
絶冬華は続けた。
「彩ちゃんは巻き込んでしまった以上、少し話しておいた方がいいと思う。これから言うことは意味がわからないと思うけど」
「ううん。最近は変なことだらけだから、多分、何を聞かされても驚かないよ」
「それは良かったわ」
相変わらず意図の読めない笑顔を絶冬華は浮かべる。
絶冬華はことの経緯を彩に伝えた。
丈晴に特殊な能力があり、その力を使うと他人を操れること。同じような能力を持った人間が他にもいて、それによって彩も操られたこと。だから彩に全く責任はなく、そのことを気に留める必要は一切ない、と付け加えたのは絶冬華にも優しさがあったということだろう。
「信じられないと思うけど、これは本当のことなの」
絶冬華がいうと、彩は首を横に振って、言った。
「ぜんぜん。信じられるよ。だって……」
彩は下を向き紅潮した。漂う綿菓子に照れの色が混じるが、その意図は暴かないとわからない。
絶冬華は続ける。
「信じてくれるのならば話は早い。彩ちゃんには二つお願いがある。一つ目は、今の話は他の誰にも話さないで欲しい。わかるでしょ。丈晴くんにそんな力があると知れたら、みんな安心して暮らせなくなる」
「もちろん僕も、クラスメイトには力は、なるべく使わないようにしてる」
「そうだよね。丈晴に悪気はなかったとしても、驚く子もいるよね」
彩は素直に了承してくれた。
「そして二つ目に、なるべく丈晴くんに近づかないで欲しい。さっき言った通り、丈晴くんは命を狙われていて、身近な人は巻き込まれる危険性がある。大丈夫、心配しないで。丈晴くんは私がきっちり監視しているから、もう命を危険には晒さない。学園中にも、私と丈晴くんが付き合っていることは既成事実にしてしまったから、いつも一緒にいることも不自然じゃないし、だから彩ちゃんは――」
「嫌です!」
キッパリと、彩は言った。
絶冬華は柄にもなく目を丸くする。
「あの……話、聞いてた?」
「私が誰と一緒にいようが、絶冬華には関係ないでしょ」
「でも……彩ちゃんが危ないわ。丈晴くんもそうよ。事実、彩ちゃんは利用されて、丈晴くんを刺したわけで」
彩の綿菓子が濁る。そして言葉を探せないまま、彼女は黙ってしまった。
丈晴はいたたまれなかった。
せっかく学校に来られるようになった彩にこんな表情をさせたくない。
「絶冬華、大丈夫じゃないかな? 僕ももう、あんなヘマはしないよ」
「ダメよ。丈晴くんがいないところで彩ちゃんが人質になったらどうする気?」
「だったら余計に、一緒にいた方がいい。その方が、僕たちが彩を危険から守れる」
絶冬華は頭を抱える。そんな彼女は珍しい。
「一理あるわ。でも、いずれにせよだめ。そうやって近い人を増やせば増やすほど、丈晴くんのリスクが増える」
「本当は丈晴を独り占めしたいんでしょ」
「はぁっ! 何言ってんの⁉︎」
いつも落ち着き払っていた絶冬華が、急に慌てふためいている。そんな彼女を見て、彩はニヤニヤしていた。
「絶冬華の言ってることに疑っているわけじゃないし、私の安全を考えてくれてるのも信じてる。でも、ラッキーって思ってるでしょ? ふーん、こういう感じがタイプなんだ」
「ぜんぜん、そんなんじゃないし!」
「別に隠さなくてもいいんだよ。友達じゃん」
うんうん頷く、彩は急に優位に立っている。
「違うよ! 本当に危険だから言ってる!」
「それはわかったって。わかったわかった。私はなるべく、丈晴とは話さないよ。ごめんね、ちょっと拗ねてみただけ」
あっさり折れる彩に「それでいいの!」と絶冬華は意地になったように返した。
丈晴は知っている。
絶冬華を煽っている間も、彩の綿菓子は濁り続けていた。
「わかってくれたなら今日の話は終わりだから。私は彩ちゃんの味方だけど、そういう感じだったら怒るからね!」
すでに怒っている絶冬華だった。
「なんだか嬉しいな、絶冬華ってすましてる人かと思ってたから、打ち解けた感じ」
いうが、彩の綿菓子はその寂しさを隠しきれてはいない。
「私は、丈晴とはなるべく喋らないようにするよ」
「ええ、大丈夫。彩ちゃんの安全も絶対に守るわ」
彩の綿菓子は、少しずつ少しずつ黒に近づいてゆく。
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