第14話 悪
さて、帰り道である。
彩の家から離れたところで黒塗りの車が待つ。
丈晴が後部座席に乗り込むと、そこには先客がいた。絶冬華だ。
「急に悪かったな」
「いいえ、他ならぬ丈晴くんの頼みなら断れないわ!」
本当に白々しいが、しかし彼女の働きには感謝しなければならない。彩の家に仕掛けられた『爆弾』は、彼女が、あるいは『小人の友達』がなければ処理し得なかっただろう。
二人はその後会話もなく車に揺られ、その後高級マンションの一室に通された。そこには椅子に縛り付けられ、猿轡をかまされた高崎凪の姿だ。
邪悪なものでも見るかのようにこちらを見上げる。それでも、彼女の綿菓子が善意に満ちている。
「高崎さんはいつも善意に満ちていたからさ、君が悪人だなんて思いもよらなかったよ」
丈晴は彼女の猿轡を外した。途端に、彼女の表情が決死に弾けた。
「平家くん。この人たち、何? 彩の家から出たらさ、急に私を襲ってきて――」
「解ってるから、大丈夫だよ。繕わなくて。クラスメイトを木っ端微塵に吹き飛ばそうだなんて、どういうつもりだ?」
放課後の彩の家へ向かう道中、丈晴は凪の緑の綿菓子に触れていた。通常、恋愛の話をしているのに凪の綿菓子はそんな様子を見せなかった。ずっと緑というその異様さに、丈晴はその時やっと気がついたのだ。
暴き、そして彼女の計画を知る。
単純。
彩の家ごと丈晴を爆散させると言うものだ。
彩の目が、すん、と据わった。
「それが世界のためならば、私はやる。それだけ」
彼女の計画を知ったのちに丈晴は絶冬華と連絡をとった。そして爆弾の処理は組織の方でできるとのことだったので、依頼したに過ぎない。
凪は、常に善意でいっぱいだ。
クラスメイトを殺そうとしたことがバレた今でさえそうだ。
正しいからやる。
凪にとってそれに揺らぎはなく、常に善意でいっぱいだから、その綿菓子はいつも心地よく、そして善というものは誰かの悪と表裏一体である。
丈晴は、もはや怒りさえ湧かない。
それよりも、それほどまでに自分を亡き者にしようとする存在がいるという衝撃。
丈晴は、腕を組み神妙な顔をしている絶冬華に尋ねた。
「月魄さん。俺は、周りを巻き込んでまで死ぬべき存在なのか?」
「そんな人間、この世にいないわ」
「まさか!」
つまらなそうに言う絶冬華とは対照的に凪は叫ぶように言った。
「あんたはいずれ世界を、あんたの心一つで掌握してしまうわ! 今はそんな気持ちがなくても、一瞬でも、そう思った時が来れば、世界はあなたに壊されてしまう! 地獄が、くる」
言葉が、本当に地獄の使者のようで丈晴は絶句した。
縄に縛られ、敵に囲まれた彼女の状況というのはすでに地獄なのかも知れなかった。
丈晴が固まると、代わりに絶冬華が話し始めた。
「性悪説の世界観に生きるのはさぞ辛いでしょ? 『ゼロ課』の手下の下請けがまさか女子高生とはね。まぁ三下なりには頑張りました」
「あなたは、何? あんたの存在が、作戦の実行を遅らせた。あんたが何かは知らないけど、目的はわかるよ。平家くんを懐柔して、利用しようってんでしょ。その先の目的なんて知らないけれど、どうせ碌なもんじゃない。少なくともあんたは、人の心を操っていいと思ってるんだから!」
「私の目的は監視。ただし命の危機からはできる範囲で守る。これは隣人として普通のこと。それ以上はない」
「どうだか。淫乱女のいうことなんか信じられるか」
二人が言い争っている間も、丈晴は動揺していた。人の心は移ろうものだ。
自分を特別視することはできない。
もし自分が狂えば、あるいは狂わなくても選択を間違えれば、世界は大変な事態に陥ってしまうのは確実。
絶冬華は続ける。
「まぁあんたといま正義について語ってもしょうがない。状況を考えてものを言った方がいい。いい? あんたはこれから、上役に平家丈晴は能力者ではなかったって伝えるの」
「そんなこと、できるはずない」
「いいえ、できるわ。だって人は痛みに弱いもの。平気よ。爆弾仕掛けるよりはずっと人道的」
言うと、絶冬華の部下と思しき黒服がやってきて、彼女を殴りつけようと腕を振り上げる。
平然と。
普通のこととして行われる暴力。
あれ?
それは悪の組織の行為に見えた。
そうした瞬間、凪の言葉が真実味を帯び始めた。
自分は絶冬華側についていて、いいのか?
「待ってくれ!」
丈晴は声を張り上げた。
「乱暴は、よそう」
「随分優しいのね、丈晴くん。相手は君を殺そうとした爆弾魔よ」
「わかってる」
本当はわかっていない。ただきっと、暴力よりは。
きっと、今の自分はできることがある。
「人の気持ちのことであれば、僕の得意分野だ。どうかな? 僕がなんとかするよ」
「別に私たちだってそこまで酷い乱暴をするつもりはないけれど。それに、何をする気? 高崎凪の心を読んでも、一時的に操ってもどうにもならないわ」
「それでもさ。な、いいだろ。僕に任せてくれ」
直接、変えてみせる。
丈晴の気迫が伝わったのか、絶冬華は「へぇ、面白い」とあっさり折れた。彼女が合図を出すと、黒服は下がる。
反対に、今度は丈晴が近づいた。
その時に初めて、緑の綿菓子が黒く濁った。
「やめて」
凪が恐怖に顔を歪めた。
「ウチの心に触らないで」
黒服にも乱されなかった彼女が、どうして。
「悪くは、しないさ」
「い、嫌」
実際に、悪くするつもりはない。それなのに、これでは自分が悪人だ。
それでも、これはみんなにとっていいことだから。
だから丈晴は、恐怖に震える彼女の綿菓子に触れた。
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