第11話 ゼロ課

 退院して再び学園に通うことになってからというもの、丈晴は常に居心地の悪さを感じていた。

 席でいつも一人。手持ち無沙汰にスマホをいじり時間をつぶす。


 時折視線は感じるが、それは絶冬華絡みの面倒臭いものばかり。以前からこんなに居心地が悪かったかなと思ったが、当時はやたらと話しかけてくる彩の存在があった。彩はずっと学校を休んでいるので、刺されて以来一度も顔を合わせてはいない。


 心配ではある。

 ただし、連絡をとる手段がない。



「放課後さぁ、一緒に彩のうち行ってみない?」


 声をかけてきたのは高崎凪で、丈晴から見るとクラスメイトであって友達ではない。だから、唐突に話しかけられたことは意外ではあるが、内容としては悪くなかった。


「僕?」

「なんでそんなに不思議そうなの? 平家くん、彩と一番仲いいでしょ」


 一方的に話をされ、一方的に聞くだけ。

 それでも、丈晴にとって唯一の友人であったのは確かだ。丈晴はすぐに気持ちを前向きに切り替えた。


 あの雨の日以来言葉を交わせていない。間に凪がいるのも悪くない。



 昼休み。

 購買に向かっていると、突然腕に絡みつく感触。


「丈晴くん!? これからお昼? 一緒に食べよう!」


 びくりとそちらを見ると、随分と体を密着させる絶冬華がそこにいる。

 少し振りほどこうとするが、彼女は離れはしない。


「……どういうつもり?」

「えー、私達って恋人同士でしょ? 学園中、みんな公認の」


「そのみんなに僕は含まれないみたいなんだ」


 いうと、彼女は挑発的に笑った。

 体を強く密着させる絶冬華はいつもよりさらに露骨だ。


「話があるの。行こ」



 僕たちは学園から抜けだした。

 あまり聞かれたくない話は外で歩きながらが一番だ。購買で買ったサンドイッチを片手に僕は歩く。絶冬華は何も持っていない。


「今日はやたら強引だったな」

「あら、嫌だったかしら?」


 嫌だ、と言い切れないのが困ったことだ。何せ絶冬華がいなければ丈晴の情報源は遮断される。


「絶冬華も僕に取り入ろうとするのは理由があってやってるわけだろう。だとすれば、無理しなくていい。別に僕だって付き合っている演技くらいできるよ。そんなに露骨にしなくてもさ」

「露骨なのにも理由があるって考えないの?」


 丈晴は思案するが、妙案は思い浮かばない。

 表情を見てか、絶冬華は言った。


「思い浮かばないなら、心を読んでみればいい」


 絶冬華の周りに漂う『無』。

 相変わらず、丈晴は絶冬華のことが一切わからない。


「君は、知っているの? 僕が、君の気持ちを一切わからないって」

「……詩的!」


「茶化すのはやめてくれよ」


 絶冬華は少し得意げに言った。


「素養があるからね。だって、私がフラスコに覗かれちゃったら馬鹿でしょ」

「生まれつきなの? それとも、何か訓練でそう言うふうになるの?」


「生まれつき」

「それは残念」


「残念って、どうして?」

「もし訓練でそうなれるんであれば、みんながその訓練をすればいい。僕の能力は無力になるから、意味がなくなるわけだ。そうすれば何も特別じゃない一般人になれたのにな」


「傲慢」


 絶冬華の笑顔は綺麗すぎて、丈晴は好きになれない。


「丈晴くん。知っているかもしれないけれど、私みたいな能力耐性のある人間はほとんどいないわ。というか、私は私以外に知らない。だから他の調査員でさえ、基本的には対象に近づかないようにしているよ。こんなに接触するのは私くらい」

「じゃあ絶冬華は世界でも特別な人だ」


 丈晴と同じように。

 厄介だな、というニュアンスを込めて言ったつもりだったが、絶冬華は少し照れたように笑う。しかし嬉しそうだったのは一瞬で、すぐに彼女の表情は真面目なそれに移った。


「そんな特別な私から、丈晴くんにご報告。学園に『フラスコ』を狙っている人間がいるっていう情報が入ったから、近づいてくる人には気をつけてね」


 剣呑とした会話を平然と行われることに、丈晴はまだ慣れそうもない。


「それは『七瓶』の誰かがこの学園にいるってことかな?」


 絶冬華は首を横に振る。


「いえ。おそらくは『ゼロ課』が動いている」

「ぜろか?」


「『警察庁捜査第零課』。通称『ゼロ課』。治安維持のために存在する、対外的には隠された組織だよ」

「警察って、どうして……。逮捕でもされるわけか」


「ううん。殺される」


 丈晴は頭を抱える。理解を超える丈晴に対して、絶冬華は続けた。


「国の平和を守るためにはどうしたって暗部が必要ってことじゃないかしら。仕方ないとも思わないこともない。だって、丈晴くんが本気になれば、簡単に日本を転覆させられるでしょう」

「……どうだか」


「彼らは国内で殺人を犯しても裁かれない唯一の暗殺部隊だよ。潜在的に国益を害する対象を秘密裏に処理するとこを目的にしていて、この地域にいる『七瓶』に対してあたりをつけたらしい。とにかく丈晴くんは気をつけて」


 飛んだとばっちりだ。


「どうやってそんな情報を掴んだんだ? 『ゼロ課』っていうのは秘密組織なんだろ?」

「『小人の友達』の代表である煤某一郎は『フラスコ』の力を使って常に調査してるからね」


「それは頼もしいな。その煤さんには、僕は会えないの?」

「さぁ。頑張り次第じゃないかしら。私も会ったことないし」


「……そうなんだ」


 煤某一郎が『七瓶』同士互いに殺し合っているとすれば、自分の居場所、存在を仲間にも明かさないのは理にかなっているかもしれない。『フラスコ』である丈晴に最初に目をつけたのが『小人の友達』という、現段階で穏健な組織であるのは幸運だったのだ。もし他の『七瓶』であれば、丈晴は命を狙われていた可能性がある。


 丈晴はため息をつく。


「『七瓶』に狙われ、政府からも暗殺を計画されるだなんて大物になった気分だよ」

「大物なんだよ。とにかく現状、この学園にゼロ課が侵入している可能性があるだけで、誰がそうとかいうのはまだわかっていない。お互いに、気をつけましょう」


 能力を持っているというだけで危機に瀕する、というのは溜まったものではない。そういう意味で、丈晴は煤某一郎の気持ちがよくわかった。組織に『友達』なんて名付けるのも、本当に友達が欲しいという意思表示に思えてくる。


 なるほど。

 ひょっとすると『七瓶』は、すごく孤独なんじゃないか。

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