第6話 お見舞い

 ――ああ小さいけど、なんて聡い子

 ――お父さん、どうしてそんな隠し事を

 ――丈晴だけは、真っ当に、どうか真っ当に


 ――俺は一生使われて生きていくんだよなぁ

 ――なんでこんなガリに使われなきゃなんねんだ

 ――ガタガタ言ってねぇで金払えや


 例えばそれは母親。

 例えばそれは借金取り。

 数々の今まで暴いた数々の人々。


 時折、夢を見る。丈晴は彼らで、彼らとして生活している。それはすごくリアルで、まるで丈晴がその人たちと同化したように。


 目が覚める。

 そこは病院の一室で、自分を覗き込む母親の顔があった。


「丈晴」


 ボロボロと涙を流し「よかった……よかった」と漏らした。そうだ、自分は何者かに襲われ、おそらく絶冬華が呼んだ救急車でこの病院に運ばれたのだろう。


 母親は丈晴に何があったのかを話した。

 丈晴は公園で通りすがりの暴漢に襲われたことになっていた。暴漢は現在逃走中であり、まだ見つかっていないという。母親の話から彩の名前は出てこなかった。しかし、丈晴を刺したのは間違いなく彩だ。クラスメイトが刺したという事実を母が黙っている理由もないはずで、丈晴は怪訝に思ったが黙っておくことにする。


「先生も命に別状ないって言ってたわ。きっとすぐに学校にも行けるようになる」


 丈晴は日をまたいで気を失っていたようで、逆に母親はずっと起きていた。深い隈を浮かべる彼女は「一旦帰るわね」と言って病室を去った。


 刺された腹部には包帯が巻いてあり、丈晴は少し痒みを覚えた。部屋は個室で、退屈だ。できることといえばスマホをいじることくらいで、別に今日にでも学校に行こうと思えば行ける気がする。


 丈晴の認識では、少なくとも丈晴を刺したのは彩だった。高校生が同級生に刺されたとなればセンセーショナルな事件だ。しかし、そんな話はいくらニュースサイトを巡っても見つかりはしなかった。その後は寝て過ごし、夕方になり、奇妙だなぁと思ったのは警察がこなかったこともそう。人が刺されて病院にきたというのに、こんなに何も起こらないのだろうか。

 


「じゃーん! ケーキ買ってきたよ」


 そんなふうにして、クラスの有志が病室に現れたのは二日後。狭い病室に現れた三人組により部屋は一層狭くなる。


「丈晴、生きててよかった」おどけた表情を見せる天パの男子、相田。

「もう、大丈夫なのかな」首を傾ぐ眼鏡の少女、井口。

「なんの事件なの? 恨みでも買った?」野次馬根性を見せるベリーショートの少女、上島。


「ちょうどよかったよ。本当に死にそうだったんだ……退屈で」


 クラスメイトが通り魔に刺された、というのはなかなかのイベントであるに違いない。丈晴からみれば3人とはクラスでほとんど喋ることはない。それでもお見舞いに来てもらうことは気が紛れて悪くなかった。


「じゃあさっそくケーキ食べよう」と相田。

「え、じゃあ、平家くん何食べる?」と井口。

「あ、うちはチーズケーキ」と上島。


 丈晴は「余ったやつでいいよ」というと、3人はなんの遠慮もなくそれぞれケーキに手を伸ばした。丈晴が口にするよりも先にさっさとケーキを食べる3人は、少なくとも病院に閉じ込められ退屈していた丈晴にとっては好ましかった。


 丈晴はふと思う。


「彩は、どうしてる?」


 本来であれば、クラスで有志を募られたとすればお見舞いに来るのは彩だろう。もっとも、あんな出来事に遭遇すれば来られないのはわかる。丈晴は何度かメッセージを送ったのだが、それが返ってくることはなかった。せめて、学校では元気にしていて欲しいものだが。


「あ、ああ」と上島が答える。「なんか最近、彩ちゃん学校休んでるの」


 大丈夫だろうか。

 母から聞いた話の中でも彼女の名前はでてこなかったし、なんらか口止めされているかもしれない。その際になにか脅迫じみたことでもされていないだろうか。


 なんて考えていたら、その場の想像は丈晴からすれば見当違いの方向へ進む。


「丈晴くん、彩ちゃんに……ひどいことしないで」

「無理だ井口! 丈晴はすでに月魄さんの魔の手に落ちたよ」


 彼らは相変わらず何を勘違いしているのか、丈晴を避難めいた目で見つめた。


「酷いことって……。魔の手って……。僕は彩には何もしてないし――」カフェでのことは誤差だろう。「月魄さんとはなにもないよ」


「「「 へ~~~~~~ 」」」


 疑いの目を向けられる中、少し居心地悪く感じながら丈晴はショートケーキをフォークでつついた。

 とにかく絶冬華だ。

 絶冬華と話さなければ。

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