第3話
そして、話は今朝に戻る。
私は少し後悔していた。なんであんなこと言っちゃったんだろう。
光を元に戻す方法も分からないのに、「絶対戻す」なんて簡単に約束してしまった。
気持ちは本気だけど、本気で光のために何かしてあげたいと思っているけれど、全然方法が分からない。
そういえば「不思議の国のアリス」ではケーキを食べてアリスの体が大きくなったっけ。試しにケーキを食べてみてもらおうか。
それに「一寸法師」は小さな一寸が打出の小槌を振って大きくなるって話だった気がする。だけど、打出の小槌って何ですかね?
「―野さん……天野さん!」
「…はいっ!」
突然、名前を呼ばれて私はびっくりして立ち上がった。クラスの皆がクスクス笑っている。黒板の前で、佐藤先生が腕組みしていた。
そうだ。今は数学の授業中だったのだ。
佐藤先生が白チョークを手の中で転がしながら言った。
「天野さん、もしかして寝てた?」
まさか。問題が山積みで眠気なんか少しも無い。
「いえ…ちょっと考え事してました。すみません」
「そう。じゃあ、この問題解いて」
そう言って、佐藤先生は黒板に書かれた計算式をコツコツ叩く。
「んーと…」
困った…。
授業なんてほとんど聞いてなかったんだから、分かるわけない。
そんなことより、小さくなったトップアイドルを元に戻す方法を、教えて欲しい。
警察沙汰にもなっちゃって、もう、私じゃどうにも出来ない。うわーん!!
言いたくても言えるはずのない言葉がいっぺんにたくさんぶわぁっと浮かんできて、頭がぱんぱんになっている。
ついに、何も考えられなくなって固まってしまった私。佐藤先生の鋭い視線。今なら分かる。蛇に睨まれたカエルの気持ちってやつが。カエルちゃんってば可哀想…!
その時、隣の席からそっとノートが伸びてきた。
(「えっ」)
佐藤先生の位置からは見えない絶妙な角度。隣の席の
私はノートを横目で見ながら、おずおずと答えた。
「答えは…5です」
◇◇
授業の後で、私は大和くんにお礼を言った。実は、隣の席だってのに、これまであんまりちゃんと話したことは無かった。
小学校も違うし、一年のときも別のクラスだったから、ほとんど初めましてみたいなものだ。だから、佐藤先生に吊るしあげられて困っている私を助けてくれたのは、すごく驚きだった。
「困ってそうだったから」
大和くんはぶっきらぼうにそう言った。自分でもあんまりぶっきらぼうすぎると思ったのか、
「だって珍しいじゃん。天野さん、いつも真面目に授業受けてるのに」
と照れたように付け足した。私はまたしてもびっくりした。まさか大和くんが私のことをそんなに見てくれていたなんて知らなかったからだ。
そう、何を隠そう私は結構真面目なのだ。
授業中は先生の話をよく聞いているし、ノートもきれいに書き写している。
たまにアイデアが湧いてきて服のデザインを描いているときもあるけど、それは内緒だ。
大和くんが何か思い出したようにクスリと笑った。
「あっ、でもたまに絵を描いてるよね」
バレてた。
「そこは真面目で止めといてよ」
「ごめんごめん」
大和くんは面白そうに笑った。目尻によったしわが、なんだか自然な笑顔って感じで、良い良い。私も釣られて笑ってしまう。彼がこんな風に笑うってことも、今日初めて知って新鮮な気持ちになった。
「天野さんってそんな風に笑うんだ」
えっ。
「私も同じこと思ってた」
自分で言っておきながら、胸がドキっとする。
このドキっは何?
驚き? 照れ? それとも…
大和くんと目が合う。もしかして今も同じこと考えてる…?
そう思ったら顔がボワッと熱くなった。大和くんの耳も真っ赤だ。お互いとっさに目をそらす。私は上に、大和くんは下に。
目をそらした大和くんは、私の机横に掛かっているカバンを見ていた。そして、一瞬不思議そうな顔をした。「クンクン」と鼻を鳴らして、首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、気のせいか…」
チャイムが鳴った。次の授業が始まるのだ。私はほっと胸を撫でおろした。大和くんに気づかれたのかと思って、冷や汗が出た。焦る焦る。なんてたってカバンには小さい城風光が入っている。
バレたら大騒ぎになること間違いなしだ!
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