第2.5話

「しっかし、残念だなぁ」


 田中(仮)が急に独り言とは思えないくらいのトーンの声でつぶやいた。


 あきらかに俺に聞き返しを求めているのだろうが、そんな面倒なことするわけがなく当然のように無視をする。


「ざーんねーんだなー!」


 俺が無視しているのに気が付いたのか、自席から立って今度は無視できないように耳元まで来て鼓膜が破れる寸前の大声で同じセリフを言った。


「うるさっ!なんだよ、かまってちゃんかよ」


「そうだよ、悪いか!」


 控えめな胸をふんすと張って悪びれもせず言い放たれた。こういうところがめんどくさいんだよ。


「お前のせいで耳がキーンってなってるんだが、どうしてくれるんだ」


「知らんがな。……で、ほら」


 俺の抗議には全く聞く耳持たず、今度は両手を広げて何かを期待するような目でこちらを見てくる。……めんどくせ。


「なにが残念なんでしょうか」


 けだるげに出した問いに、田中(仮)は満足げな表情を浮かべると


「聞きたい?」


 お前が聞かせたんだろ。とよっぽど言いたかったがそれを言うだけ無駄なのはわかっていたので、


「聞きたくないって言っても、言うんだろ。だったら、さっさと言ってくれ」


 なんて吐き捨てたが、田中(仮)がそれで止まるなんてことがあるはずなく


「この時期にプールがなくて残念だなって思ってさ」


「ああ、まだまだあっついからな。あったら涼しかったろうな」


 自席に戻った田中(仮)が残念だと大きく肩をすくめた。それに対してきちんと一般論で返したつもりだったのだが、なぜか目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。肩をすくめたのは演技だろうが、こちらはそうじゃないみたいだ。


「グレン、本気で言ってるのか?お前、プールと言ったら水着だぞ!ぴちぴちの学生の水着だぞ!しかも、今なら……」


 くいっと顎でどこかを指した。誘導されるように指されたところを見ると、そこには人の壁。こいつが言ってるのはその人だかりの中心、柊のことだろう。それでようやく何が言いたいかが理解できた。


「柊のが見れるってか。好きだねぇ、そういうの。……JCの水着が見たいなら、自分で着て鏡でも見ればいいだろ」


「自分の見たって楽しくないんだよ。あくまで可愛い娘のが見たいんだよ、俺は!」


 腕をぶんぶんと振りながら熱弁されるが、思春期真っただ中の俺はそれにまっすぐ同意することができない。だって、ほら、恥ずかしいじゃん。異性に興味あるって。


「それに、あんまりおもしろくないと思うぜ」


「馬鹿!それがいいんだろ。大きいのが正義じゃないんだよ」


 自然と声を潜めながら、本音を口にする。公序良俗に配慮して、かなり言葉を絞ったのだが、それでも田中(仮)は俺が何を言わんとしたか理解できたようで、自分のものを持ち上げながら、俺をたしなめた。


 柊は大人びた風貌の美少女であるが、彼女には一つだけ弱点、というか少女らしい部分がある。大人になり切れていないと言ってもいい。そう、体の凹凸が少ないのだ。それこそ一人称が男っぽい田中(仮)の方が体つきは女性らしいといえるくらいに。


 別に俺も大きい方が好きというわけじゃないが、水着を見るならそれなりのものが欲しい。それに


「どうせ、まっすぐ見れないから関係ないけどな」


 思春期丸出しの俺の一言に、にまーっと気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべた田中(仮)。こいつがこんないじりやすそうなネタを見逃すわけがなかった。


 この一言でこれからずっといじられるネタが決まってしまった。

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