第16話

「————アルのこと、好きなのか?」

 その言葉に柊はかあっと顔を真っ赤にしてうつむくとほんの少しだけ首を縦に動かした。ほとんど動いてはいなかったが、ずっと彼女を見ていた俺にはわかる。小さくても確実に彼女は肯定の意を示した。

 思春期の恋する少年ならば本来ここでがっくりと肩を落としたり、落ち込んだりするのだろうが、自分でも驚くほどに衝撃が少なかった。というのも、駅でアルと合流したのを見たときからなんとなくそうだとは思っていたし、それを確信したのが記憶が途切れる寸前だっただけの話で、俺の初恋はだいぶ前に自分の中で失恋という形でケリがついてしまっていたのだ。


 記憶が途切れる寸前、聞こえてきたやり取り


「オマエラ、ゼンインコロス。コオリノオマエ、ホノオノアイツ、ソシテ、モウヒトリ」


「————今なんて?」


「ゼンインコロス。ジャマモノゼンブ、コロスッ!」


「————アルを殺す?そんなこと、させるわけがないっ!」


 その時の柊の表情は、氷結鬼なんかよりもよっぽど恐ろしいものだった。それほど彼女を怒らせたのは、アルに危害を加えると言われた瞬間だ。どういう意味かなんて、恋に恋する中学生男子にはわかりやすすぎるヒントだ。ミスリードすら疑ってしまう。

 と、まあここまでつらつらと独白してきたのだが、本当に忘れられなくなったのはこの後のこと。

「あっ、あの、グレン君……」

「ん、どうした柊?」

「聞いてほしいことがあるの」

 恥ずかしさからか耳まで真っ赤になって、かすかに瞳もうるんでいるように見えた。背中が丸まっているせいで、少しだけ上目遣いで言われてしまえば、目を離すことができなくなるような殺人的光景が出来上がる。今この十秒くらいを切り取ったら俺が彼女から告白されるシーンだと間違われるだろう。————だが、人生それほど甘くない。


 数時間後、面会時間の終わりとともに、窓から不法侵入してきたアルが目撃したのは、頬を上気させながら嬉しそうに何かを語る少女と、それに数時間つき合わされ目覚めた時よりも明らかにげっそりして元気のなくなった俺の姿だった。



 ***


 病室にやってきたアルが交代を告げると、柊は少しだけしょんぼりとして椅子から腰を上げた。そして俺に向けて、口元に人差し指を当てて、しーっと声にならない声を残して病室を後にした。

 あのポーズは間違いなく口止めだろう。今しゃべったことをしゃべるなよという。言われなくてもしゃべらないよ。誰が好き好んで人のなれそめとかしゃべりたがるんだよ。

「……モテる男は大変だな」

 ぽつりとアルに聞こえないように小声でぼやくと、

「なんか言ったか?」

 渦中の犯人が不思議そうにこちらの顔を覗き込んだ。一生分くらいこいつの話を聞いたので、近くで顔など見たくない。と右手で顔を無理くり引きはがす。

「どうした?なんかあったのか?」

「べつに。いろいろ話しただけだよ」

 柊が一方的にな。と心の中で付け足す。向こうが勝手に本当は兄弟じゃないとか、出会ったのは雪の降る城にアルが窓から飛び込んできたとかそんなことを無理やり聞かされ続けたのだ。

 アルも俺が適当に答えるものだから、聞き出すのをあきらめたのか、まあいいやと言ってさっきまで柊が座っていた席にドカッと腰を掛けた。

「その様子じゃ、シオンからなんも聞いてないよな?」

「いろいろ話をされたけど、まったく関係ない話だったのは確かだろうな」

「だろうな。顔を見ればわかる。で、本題なんだが今日氷室の移送をやってきた。あいつはお前よりも早くに目を覚ましたんだが、タブレットの副作用で体も心もぼろぼろ、ほとんど前とは別人だ。おかげで車に乗せるもの楽ではあったんだが、痛々しくて見せれる状態じゃなかったよ」

「そうか」

 なんて気のない返事しかできなかった。そうなってもしょうがないことをしたと思っているし、同情などはしていないが、だからこそどう反応するのが正解なのかわからなかった。

「先生、……氷室はどうなるんだ。殺すのか」

 その質問に、アルは眉間にしわを寄せて、誰かを叱るみたいな声音で

「んなことしねえよ。殺してどうなる。それで罪が償えるのか。消えるのか。そんなわけないだろ。生きて、生きて、そのうえで少しづつ償っていくんだよ」

 なんて口にした。それはまるで俺に言っているのではなく、自分に言っているようにも聞こえた。

 あまりに真剣な表情に俺が気圧されて何もしゃべれずにいると、それに気づいたアルは、取り繕うように破顔して

「すまんすまん。真剣な話はこれくらいにして、俺がほんとにしたかった話をするよ。————グレン、俺たちと一緒に来ないか」

 話がよく呑み込めなかった。一緒に行くとは、この街を離れるということなのだろうが、どうして俺を誘うのだろう。それに彼らと行くとなるとどこに行くのだろう。俺は彼らのことを知っているようでよく知らないのだ。

「一緒に来るかって言われても、なあ……。守ってもらったけど、なんで氷結鬼を追ってたのかも、俺を守ってくれたのかもよく知らんしな」

「そういえば話してなかったな。どうせだからお前には全部話すよ。俺たちはな————魔法使いの弟子なんだ」

 なんて質問に対して素っ頓狂な返事が返ってきた。いや、魔術師って名乗っているし、素っ頓狂なのは今に始まったことではないが、それにしても魔法使いときたか、絵本のなかの存在だと思っていたが実在してるの?

 なんて言えばいいか考えて無言でいると、アルも気まずくなったのか頬をかきながら

「魔法使いなんて、信じられないよな。俺は全員に会ったことあるわけじゃないが、人類の歴史上だと四人が確認されてる。みんなもう亡くなってしまって、生き残った四番目、管理者の二つ名を持つ魔法使いが俺達の師匠だ。

 魔法使いっていってもは生まれながらにその力を持っているわけじゃない。異能者や魔術師がその力を極めると覚醒するんだ。俺たちはそれを目指して修行を積んでる。

 氷結鬼探しも修行の一環であり、異能や魔術を悪用されないように管理するという魔法使いの仕事を弟子である俺たちが代行させられているわけなのですよ」

 よくわかったようなわからないような、わかったような感じがしなくもない。アルたちは魔法使いになりたくて、パシリにさせられていると。

「けど、俺魔法使いになんてなりたいと思ってないんだが」

「べつに魔法使いがどうのって理由じゃない。俺達の島には同じように特殊な力を持った人たちがいっぱいいる、力を持ってることで今の生活が息苦しいようならどうかってな」

「そういう、……というか島って?魔法使いって島を持ってんの?」

「人工の島だけどな。おかげでうちの師匠が離れられない理由にもなってて面倒なんだけどな」

 肩をすくめて残念そうに言うが、魔法使いが管理する人口の島、そんな風に言っていいレベルの話じゃない気がする。既存の技術で作られたものならば、大ニュースになっていてもおかしくない。それがなっていないということは、秘密裏に作られたものだということだ。そんなことを一介の学生に話していいものだろうか。

「どうするかはお前の好きにすればいい。まだ時間もあるからなじっくり考えてくれ」

 俺の懸念なんてまったく気にせず、言いたいことだけ言ってアルは話を締めた。

 正直、魔法使いの島なんて気になってしょうがないが、聞いてしまえば引き下がれなくなってしまいそうなので、聞くのは遠慮した。

 ————それに答えなんてもう決まっていたから。

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