第15話

 目が覚めると見慣れない白い天井があった。


 その病的なまでの白さの天井は、病的なまでの潔癖さを感じざるを得ない。


 寝かされていたベッドから半身を起こそうとすると、右足が痛んだ。その痛みで自分が何で寝かされていたのかをなんとなく思い出した。


 痛む足をかばいながら体を起こすと、そこは予想通り病室だった。


 天井の中央に設置された照明は今は点いておらず、部屋の中は開け放たれた窓から心地のいい風と共に入り込んできている日差しで照らされている。


 俺の記憶が正しければ、柊と氷結鬼の戦いの最中、柊の指輪が砕けた衝撃かなにかで視界が真っ白になったところで記憶は途切れている。


 ここでこうして無事に寝ているということは戦いは柊が勝ったのだろうか。それを確認しようにも、あいにく病室にはだれもいなかった。


 とりあえず枕元にあったナースコールを押した。



 そこからは怒涛だった。


 部屋に駆け込んできたナースさんの話によると、俺は丸二日間眠っていたらしい。


 氷結鬼との戦いは、グラウンドの地下に埋まっていた配管かなにかが爆発したということになったらしい。おかげで今学校は休校になっているそうだ。


 そこまで聞いたところで、うちの母親がやってきて、俺を抱きしめるとわんわんと泣かれてしまった。


 どうやって反応したらいいか、迷ったが心配してくれているのはよくわかったから、引きはがすことはしなかった。だからといって、抱きしめかえすというのは思春期の反抗心からできなかった。


 そのあと、仕事から抜け出してきたのか父親も合流してそこで俺はようやく熱い抱擁から解放された。


 落ち着いた両親から状況を聞くと、階段から落ちかけた柊をかばって階段から転げ落ちて足を折り、打ち所が果てしなく悪かったおかげで今日まで寝ていたということになっているらしい。


 さすがにその理由は無理があるだろうと思ったのだが、わが両親はそんな無理のある設定でも信じてくれたみたいで、あろうことか


「あんたが女の子をかばうなんて、その子のこと好きなんでしょ」


 なんてからかいを入れてきた。


 反論してもぐだぐだとウザがらみしてくる両親を


「うるさい、馬鹿親!早く帰れ!」


 と無理やり帰し、ようやく俺に平穏が訪れた。


 帰る前も


「もう思春期なんだから」


「反抗期か?反抗期」


 とこれまたウザかったが、息子が元気だと安心したのか、病室にやってきた時と違い、明るく帰っていった。



 静かな病室の中、外から聞こえる喧噪だけがうるさくて、なんとなく遠くの空を眺めていた。


 そうやってぼうっとしていると、がらがらと病室の扉が開く音がした。


「よお、グレン。生きてるか?」


「グレン君、お邪魔します」


 昔からの友人の家に入るような気軽さのアルに礼儀正しい柊と、まさに対照的な様子で二人は俺の病室へと入ってきた。


 二人とも、とくに柊は戦いでぼろぼろだったはずなのに全くと言ってそんな様子はなく、傷どころか包帯やなんかをつけてもいない。


「おかげさまで生きてるよ」


「それならよかった。ああ、今お前の両親に会ったよ。一応、シオンをかばって怪我したってことにしたはずなんだが、お前の心配なんて一切せずにこっちの心配ばっかりされたよ」


 思わず頭を抱えた。うちの親、俺に対してだけじゃなくよそに対してもそうなのかよ。


 その様子をみてアルはにやにやとした笑顔を浮かべた。


「いい親御さんじゃないか。口じゃ全く心配してなかったが、あの様子じゃお前が心配であんまり寝れてなかったみたいだぞ。ほんといい親でうらやましいよ」


 嫌味じゃなく、本当にそう思っているような声音でアルはそう言った。


 俺にとってはうるさい、めんどくさい、うざい、の嫌な三拍子が揃ったダメ親なのだが、アルから見ればそうじゃないらしい。……まあ、心配じゃなければ抱き着いて泣いたり、仕事抜けてきたりはしないよな。


 すこしだけ、ほんのすこしだけだが自分の親を見直したところで、コホンと改まったみたいにアルが咳払いをした。


「俺たちが来たのはそういう話をしに来たわけじゃないんだ。氷結鬼、氷室も捕まえられたから近いうちに俺たちもこの街から出ていく。それを伝えにきたんだ」


 いつもよりすこしだけ真剣な表情していた。


 元々アルたちがこの街に来たのは、氷結鬼を捕まえるためだ。それが達成されたのなら、この街にとどまる理由はないだろう。それこそすぐにいなくなってもおかしくなかったのだが、最後のあいさつをするくらいには俺も認識されていたみたいだ。


「……そうか、お世話になりました」


「まあまあ、そうかしこまるなよ。まだ事後処理もあるからすぐには帰んねえよ。それに、お前のこともあるしな」


「……俺の、こと?」


「お前、あの最場に気に入られてただろ。結局あの後逃げられちまったから、あいつがなんか仕掛けてきてもいいようにはしとかないとな。一応、事後処理が全部終わるまではシオンと交代でお前の護衛も続けるから」


 最後だと思ってかしこまった挨拶をしたのに、結局はまだこの二人に守られ続けるようだ。それはそれで悪くはないが。


 だけど、そうかーあの先輩のことがあったか。あの人、逃げ足は速いのにねちっこそうだからなぁ。また会ったらウザがらみされるんだろうな。


「とりあえず今日の面会時間が終わるまで、シオンを置いていくから。ちゃんと予備の指輪はつけさせてるから大丈夫だと思うが。……大丈夫だよな?」


 アルから不安そうな顔で見つめられると、ばつの悪そうな顔で柊は目をそらした。彼女にとっても学校を凍らせたのは触れてほしくない話題らしい。指輪が外れた瞬間に、あれだけのことが起こったんだ、それもそうだろう。


「まあ、いいや。グレンならもう一回ぐらい凍らされても大丈夫だろ」


「いや、死ぬから!」


 お気楽なアルの発言に、強めツッコミを入れたらまた柊がずんと沈んだ。


「グレン、シオンをいじめるなよ」


 その様子を見たアルが、楽しそうにからかってくる。よっぽどお前のせいだと言いたいが、ここで大声を出すとまた柊が沈みそうなのでぐっと飲み込んだ。それを見てまたアルがからからと笑う。


「用が済んだなら早く帰れ!どうせ夜にはまた来るんだろ!」


「ちぇ、おもしろくねえな。ほんとはもう一個話があるんだが、俺からじゃなくてもいいか。シオン、適当なとこで話しといてくれ」


 それだけ言って、じゃあなとひらひら手を振ってアルは病室から出て行った。


 残されたのは俺と柊。二人だけで残されてしまったが、正直気まずい。なんでかと考えてみたら、実は二人で会話をしたことがほとんどない。だいたいアルが一緒だったし、ほぼほぼアルと会話してた。


「とりあえず座れよ」


 気まずさから、とりあえずでベッド横にあった椅子を差し出した。彼女は小さくうなずくとゆっくりと腰を掛けた。


 どうしたものかと、考えていると急に


「あの……、その……ごめんなさい」


 なぜか謝られた。一瞬何のことだかわからなかったが、すぐに思い当たった。


「先生との戦いのことか?気にするなよ。結果的には俺を守ってくれたんだから、謝られることなんてないよ」


「いえ、私が未熟だったから、あなたにこんな怪我をさせてしまった。……それに私が守るはずだったのに、私が守られてしまった」


 自分でも自分らしくないと思ったほどに優しい言葉をかけたのだが、彼女には届かなかったらしい。というか、たぶん俺がかけた言葉自体が正しくなかったみたいだ。彼女が気にしていたのは俺に守られたというところらしい。そこに関しては、俺が自分の意志で行ったことなので、何も言えなかった。何か言えば自分のやったことを否定するみたいだから。


「なあ、あの時のことで気になってたことがあるんだ。————聞いていいか?」


「……なに?」


 話を逸らすみたいに、俺はずっと前から感じていて、記憶が途切れる寸前に確信になったことを口に出した。その一言を言ったことを、俺はこの後何年も後悔することになる、そんな一言。



「————アルのこと、好きなのか?」



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