第14話

(くそっ、俺はやっぱり見てるだけなのか……)

 何もできない歯がゆさから自分を囲んでいる氷の檻を殴りつけた。だが、魔術によって作られた氷の檻はそれくらいではびくともせず、ただただ拳に痛みが走っただけだった。

 檻の隙間から見える先では、自分の好きな人が必死に戦っているというのに、自分はここに閉じ込められ、見ているしかできない。さらに言うならば、敵に捕まった状態なのだ。今は氷結鬼がこちらに意識を向けていないので無事だが、一瞬でもこちらに力を向ければ俺などすぐに殺されてしまう。完全な足手まといだ。

 柊の戦いをサポート、なんてことはできないので、最低限足手まといにならないように、ここから何としてでも出て、彼女が全力で戦えるようにしてあげなくてはいけない。

 この氷の檻を壊せそうな柊は現在目の前で戦闘中。アルも最場先輩とまだ戦っているだろう。となれば、自分の力で何とかするしかない。

 俺にできるのはこの指先から小さな炎を出すことくらい。こんな小さな炎でも炎だ。相手が氷ならば溶かすことだってできるはずだ。

 いつもは人差し指から出すしかしないが、五本の指先をそろえて炎を集束させて出してみる。ライターよりはましだが、それでもコンロの強火くらいの火力だろう。

 それを柱の一本に当ててみる。予想通り炎が当たった部分はほんの少しだけ溶けた。ほんの少しでも溶けるならば時間をかければ檻から出られる。それならばやらないという選択肢などない。今やれることを精一杯やるんだ。

「……よしっ!」

 小さく気合を入れて、指先の炎に全神経を集中する。

 炎はよく見ると大きく揺らめいていた。その揺らめきを見ていると、親近感と小さな安心感があった。自分から発せられているものなのだから、当たり前なのかもしれないがこの炎は俺自身なんだ。————炎が喜ぶみたいに大きくなった。

 昔から不思議だった。この炎は物を燃やすことができるのに、熱さを感じたことがないことに。その理由がようやくわかった。

 俺の炎は、俺自身を燃やしているんだ。だから、この炎は俺そのもの。それでこの力、異能の使い方が理解できた。

 炎が一段と大きくなる。今度は指先からだけじゃなく、体中からあふれてくる。けど、全然熱くはなくって、本当に不思議な感覚だった。


 ***


「あは、あははははははははははははっ!」

「いい加減に、しなさい!」

 氷結鬼の高笑いと、シオンの苦しそうな叫びが交差する。

 すでに氷結鬼の氷はシオンの作り上げる氷の盾を貫けるほどになっていた。ぎりぎり致命傷は負っていないものの、これ以上長引けばいつか避けられない一撃が来るのは明白だった。反撃を入れようにも、もうすでに能力は向こうが上になってしまっている。————何か一手、逆転の一手がいる。

 その刹那、両者の意識の外にあったグラウンドの片隅から光が発せられた。それは濃紺に染まり始めた空を貫く炎の柱だった。

 なにごとかと視線を向けると、魔術師の強化された視力ですら残像でしかとらえられない速度で何かが発射された。

「グオッ……」

 発射された物体はまっすぐに氷結鬼の顔面に衝撃を与え、そのままの勢いで校舎へと突っ込んでいった。魔術師同士のすさまじい戦いの現場に爆発のようなすさまじい衝突音が響き渡った。

「柊、今だ!!」

 何が起こったのか全く理解できていないが、氷結鬼は衝撃に耐えかねて、よろめいている。攻勢に移るなら今しかない。

 氷の刃を握りなおし、氷結鬼が作り上げた波の上を自分の形に氷結しなおして、走る。狙うは胴。一撃で仕留める。

 ようやく意識を取り戻した氷結鬼と目が合ったが、時すでに遅し、すでに刃の射程圏内。握った刃を横凪に振り払った。

「ガアアアアアア!」

 切り裂いた部分ごと胴体が凍結し、氷結鬼は苦しみの声を上げた。

 無力化するためのとどめの一撃を振りかぶった瞬間、ギロリと目が光った。氷結鬼の手が伸びてきて、刃を振りかぶっていたシオンの両腕を無理やりつかんだ。そしてそのまま力のままに先ほど自分を襲った衝撃が崩した校舎へと投げた。

「きゃああ」

 すでに崩れて教室の中ほどが見えていた場所にシオンが飛んでいく。それを瓦礫の中から現れたグレンがギリギリのところで受け止めた。形としてはほとんど体でクッションになっただけだが、一応受け止めてはいた。

「いってー、大丈夫か柊」

「大丈夫……、ではないかもしれない。さっきので仕留められなかった」

 ぼろぼろになった体でシオンが悔しそうに嘆いた。

 シオンの渾身の一撃を食らったはずの氷結鬼は胴を凍らせている氷を砕いてこちらを睨んでいる。

「コロス、コロス、コロスコロスコロス、オマエラゼンイン」

 シオンの一撃が相当効いたのか、壊れたように殺意を口にした。

「グレン君、さっきはありがとう。……でも、下がっていて」

「だけど、あれを一人でなんて……」

 ぼろぼろの体でよろよろと立ち上がるシオンをグレンは止めようとするが、まったく聞く気はないようで止まろうとしない。

「大丈夫、あなたはここで見ていて」

 そう言い残してシオンは氷結鬼へとまっすぐに突撃した。


「くそっ」

 残されたグレンは毒づいた。

 自分の言うことなど聞かないということは分かっていたが、こうもあっさりいかれてしまったので思わずこぼれてしまった。

 もう一度さっきの突進を繰り出そうにも、さきほどシオンを受け止めたときに足が変な方向へ曲がっていた。骨折は確実だろう。なのに足を引きずってまでもう一撃を与えようと体勢を整えているあたりどうしようもない、と自嘲した。

 彼にとって、彼女はそれだけ大事な思い人だということだ。


「コロス、コロス、コロスコロス」

「それだけしか言えないの?哀れな人」

 それは挑発ではなく、心からの言葉だった。

 タブレットという力におぼれた結果がこの姿だ。これを哀れと言わずなんという。

「オマエラ、ゼンインコロス。コオリノオマエ、ホノオノアイツ、ソシテ、モウヒトリ」

 その言葉が、シオンの凍てついた心に熱を戻した。

 ピキリ、と指輪にひびが入る音がした。

「————今なんて?」

「ゼンインコロス。ジャマモノゼンブ、コロスッ!」

 その言葉が氷結鬼の最後の言葉になった。

「————アルを殺す?そんなこと、させるわけがないっ!」

 シオンの怒りに呼応して、力を抑えていた指輪が砕け散った。————刹那、世界は白に染まった。

 あふれ出した魔力がすべてを凍結させた。


 正面で相対していた氷結鬼と呼ばれた鬼も。


 守るべき対象として彼女の後ろにいた少年も。


 そして戦いの場所となっていた学校も。


 すべて一瞬よりも短い刹那に凍り付き、一切の動きを止めてしまった。

 それは魔術師の使う属性魔術などではなく、指輪によって百分の一に抑えられていた魔力の奔流の力だけでだ。————たったそれだけで激しかった戦いは終幕してしまった。

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