第12話

「結構優しいじゃねぇか、あいつらがいなくなるまで待っててくれるなんてな」

「そんなこといって、僕が手を出したら君が先に僕を殺すくらいの殺気放ってたくせに」

「ははっ、あいつらをやらせるわけにはいかなかったらな」

「あの娘、白雪姫スノーホワイトだろ。対魔術師用の弾でも、死なないんじゃない?というか、たぶん当たらないし」

「こっちの情報は筒抜けってわけか。けど、まあそれには同意だ。あんなもんじゃ、役に立たねえよ」

 二人とも談笑しながら、目にもとまらぬ高速の斬り合いを演じている。組織の構成員が周囲を囲んでいるが、あまりにも隔絶した実力を持っているせいで、戦闘に参戦できず立ちすくんでいる。かろうじて陣形は保っているが、見ている全員が割って入れば無傷で済まないとわかっているからだ。

 だが、斬り合っている当の本人たちはどちらも歯噛みをしていた。

 アルは、先ほどの一撃でリーダー格である最場を仕留められなかったこと。

 最場は、自分の得意な距離である中距離を保てず、相手の得意な近接戦に持ち込まれたことで手下を使った人海戦術での消耗戦にできなかったこと。

 それゆえ二人ともが状況を打破するために動くのは必然だった。

「そろそろ本気で行くぞ」

 最初に動いたのはアルだった。つばぜり合いの最中、体がぱちぱちとスパークし、光を纏った。————これがアルの属性魔術『雷』だ。

 魔術には、基礎魔術と属性魔術の二種類ある。

 基礎魔術は、身体能力や視力などの強化や結界などの汎用的な魔術が該当する。こちらについては異能者も学べば習得できる。基礎魔術のみを習得している能力者は、魔術師ではなく魔術使いと呼ばれる。それは魔術師が魔術師と呼ばれる所以は、属性魔術にあるからだ。

 属性魔術は、氷や雷などの自然の力を操る魔術である。本来、属性魔術においては空間干渉力と呼ばれる自然の力を具現化する力が重要視される。

 シオンはこの空間干渉力が異常に高く、本気を出さなくとも街一つ程度は軽く凍結させられるほどだ。逆にアルは、空間干渉力が人並み以上に低いために雷を落としたりなどはできないが、その代わりに自らの体に雷を纏うことで筋肉のリミッターを外して、自分のスペックを完全に開放する魔術に変えたのだ。それを身体能力強化の魔術と併用することで人間をはるかに超えた身体能力を手に入れた。

 つまりは、言葉通りここからが本番というわけだ。


 さきほどまで互角だったつばぜり合いが、一気にアルが押し込む形に変わった。押し込まれた最場は、つばぜり合いを嫌がるようになんとか受け流したが、それでも腕のしびれで顔をゆがめた。

 流されたアルの一撃が地面をえぐり、土煙が上がった。

 それを好機と、最場は距離をとろうとするが、身体強化で加速したバックステップですら、全力のアルから距離をとることはできない。

 離したはずの距離を一瞬のうちに詰められ、刀による連撃が襲い掛かる。

「お前ら!僕を守れ!!」

 両手に持ったナイフを使って、ぎりぎりのところで斬撃を逸らすが、たまらず立ち尽くしていた手下たちに救援を求めた。

 手下たちも一瞬、割り込むことに躊躇いを覚えたが、リーダーがやられかけているのを見ていることもできず、アイコンタクトで動きを合わせて部隊的に戦闘へと割り込んだ。

 近接戦闘の得意な六人が先鋒として突撃し、次鋒の四人がタイミングや状況を見ながら先鋒と交代をしていく。後衛の五人はそれをサポートという動きを取るというのを一度の目配せで全員がきちんと把握するという訓練された部隊の動き。多対一という数の有利をうまく使った戦術であったのだが、その戦術は一瞬にして瓦解することになる。

 まず予定通り先鋒の六人がアルと最場の間に割り込んだ。最場はその隙に距離をとり、状況を見ながらアルが弱っていくのを傍観するつもりだった。それを良しとしないアルは、間に割り込んだ六人の隊列の隙間、最場が見えるだけのほんの少しの隙間に握っていた刀を迷いなく投げつけた。

 先鋒六人は反応すらできず、刀はまっすぐに最場の体の中心へと飛んでいく。あまりの投擲速度に反射的に最場は足を止め、刀をはじいた。はじいた瞬間、胸中でこれで武器が無くなった、判断を間違えたな。と嘲笑を浮かべたのだが、次に視界に入ってきたのは、すでに倒れている六人の姿だった。

 アルは刀を投げた後、そのまま先鋒の一人の顔面を掴み、横凪に振るって全員を地面に転がした。そこからは転がっている五人を気絶させるだけ。驚異的だったのはそれを刀を投げてからはじかれるまでの一瞬で行ったということだ。

 先鋒が倒れたのを認識すると、次鋒の四人がアルへと攻撃を開始するが、近接戦闘において先鋒の六人よりも実力がない次鋒が長く持つはずもなく、すぐに地に伏すことになった。

 先鋒、次鋒と倒れた今、残るは後衛の五人なのだが、前衛がいないのでどうすればいいのかわからず立ちすくんだままだ。唯一近接戦闘で食らいついていける最場も前に出る気はないようで、刀をはじいた場所から全く動いていない。

「まさか、ここまで強いなんて思ってもみなかったよ。あのアイドルライブの時は、手を抜いてたなんてね」

「あんなとこでこんな光ってたら、主役が変わっちまうだろ。あのライブが失敗させるわけにはいかなかったからな」

 冷や汗を浮かべながら最場が皮肉気に笑った。明らかに皮肉が込められているのだが、アルはそれを気にせずに真剣なまなざしで答えた。いまだ後衛五人への警戒を解いていないのもあるが、それ以上にライブの時のことを思い出しての表情である。それくらいそのライブの主役であったアイドル黒崎玲のことはアルにとっても思い出深いものなのだ。

「これ以上の戦っても僕に得はないみたいだから、お暇させてもらうよ」

「逃がすと思ってるのか?逃がすわけ————なっ」

 逃げようとする最場を追いかけようと足に力を入れた瞬間、足元の違和感に気付いた。見てみれば足に植物のツタのようなものが絡みついて、アルの足が上がらないように縛り付けている。

(異能か!?)

 魔術師である最場にはこんな芸当はできない。となれば、倒したはずの誰かか後衛の誰か、後衛に動いた気配はなかった。ということは————

「お前か!」

 最初に顔を掴んだ前衛の一人に足元に転がっていた石を投げつけた。額へと吸い込まれるように飛んで行った石は当たった瞬間に粉々に砕け散った。

 それで気絶したのか、ツタの拘束力が緩んだ。力づくで拘束を破るが時すでに遅し、最場の姿はもう見えなくなっていた。

 ちっ、と小さく舌打ちだけして思考を切り替える。

「あんたらのリーダーはいなくなったが、どうする?」

 後衛の五人は両手を上げ、投降した。

 倒れている十人の介抱をしているのを監視しながら、ポケットから通信機を取り出した。

「アルです。組織の構成員が投降してきたので保護をお願いします。えっと、人数は————」


 通信を終えたときには、赤かった空はもう鈍い紺色へと移り変わっていた。

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