第8話

 翌朝、なにか予感のようなものを感じて、いつもよりも一時間近くも早く登校すると、彼女はすでに自分の席に座っていた。


 朝焼けの差し込む教室にほかのクラスメイトはおらず、彼女だけが絵の中から抜け出したみたいなきれいな横顔で佇んでいた。

 ただそれも一瞬のことで、俺がいるのに気が付くとすぐに立ち上がり、こちらへと向かってきた。


「グレン君、昨日のことで話があります。ついてきてくれる?」


 問いかけているようで、有無を言わせない力強さで俺を教室から引っ張り出した。


 案内されたのは、屋上へとつながるあの階段だった。彼女は、ためらうことなく階段を上ると、そのまま屋上につながる扉を開いた。


 出た屋上はコンクリートの床に一応転落防止で付けられた金網くらいで何もない場所だった。ここは本来立ち入り禁止の場所なのだが、すでに人影があった。


「よお、グレンだったっけ。また会ったな」


 柊の兄、アルと名乗っていたはずの男がそこにいた。しかしなぜこんなところに?


「とりあえず適当に座れよ。いろいろ話があるからな」


 なんて言われたが、立ち入り禁止の屋上にベンチなどあるわけなく適当にコンクリートの床に腰かけることになる。


「改めて、俺はアル。こっちはシオン。俺たちは昨日お前が襲われた氷結鬼を捕まえるためにこの街に来た」


「……それで昨日助けてくれたわけですか」


「話が速くて助かる。あいつの目的がお前である以上、俺たちがお前を守る」


 微妙に上からなのが気になるが、次に襲われたら今度は助かる保証はない。彼らを頼るのが筋だろう。あんな力を持っているような相手に警察を頼ってもどうにかしてくれる気はしない。最悪、妄想の類と言われて門前払いだってあり得そうだ。けど、それなら聞いておきたいことがある。


「一つ聞いてもいいですか。……柊は八月三十一日も同じように氷結鬼を探していたのか?」


「?……ええ、この街に来てからは毎日。一人助けたら、次からは警戒されて出てこなくなってしまったけど」


「……そうか」


 やっぱりあの日見たのは彼女で間違いなかったみたいだ。だったら、何を迷う必要がある。


「非常に情けないですが、お願いします。俺を守ってください」


「わかった。俺たちもこれ以上、犠牲者は増やしたくないからな。……じゃあ、ここからは守ってやるための情報交換だ。なんで狙われてるかわかるか」


 聞かれるとは思っていたが、改めて言われると少しだけ緊張した。

 昨日あれだけすごい力を見せられた後で、俺のしょうもない力を改めて披露するなんて、すごい辱めに感じたからだ。


「それはこの力のせいです」


 いつも通りに指先に炎を灯して見せた。


 二人ともその様子を笑うこともなく、真剣に見つめると


「お前、異能者だったのか」


 驚いた顔でそんなことを言われた。そういえば氷結鬼も『異能』とか言ってた気がする。この力がその異能ってやつってことなのだろうか。


「あー、そんなこと言われてもわかんないよな。すまん、シオン説明してやってくれ。こういう説明得意だろ」


「わかった。『異能』っていうのは生まれながらにして持っている魔力を使った力の総称をいいます。魔力についてはどこにでもある空気みたいなエネルギーのことって思ってもらっておけばいいです。君みたいに炎を灯したりもあるけれど、獣に変化したり、ただ物を切断したりと幅広い能力が存在します。どれも生まれたときから決まっていて、ほかの能力が後天的に発現することはありません」


「じゃあ二人も異能者なのか?昨日、柊は凍らせたりしてたよな」


「私たち二人は異能者じゃない。私たちのは魔術。異能と近くて遠い魔術という技術を使っているの。すごく荒く分けると、生まれながらに持った特定の一個の力が異能で、後天的に魔力でいろんなことする力を魔術って覚えてもらえばいいと思う。その魔術を使う人を魔術師っていうの。そしてたぶん氷結鬼も魔術師だと思う」


 つまり俺は生まれながらにこの指から炎を出すことができたから異能者で、目の前の二人や氷結鬼はあとから近い力を手に入れたってことでいいのかな?けど、それならそれで気になることが出てくる。


「氷結鬼は、俺のこと自分と同じって言ってたけど、俺は異能者なんだよな。じゃあ、正確には違うって認識でいいのか?」


「そうだな。すごい詳しく言えば全く系統の違う力なんだが、魔力を使った力っていうカテゴリなら一緒になるかもしれない。けど、お前の言う通り正確には全く違う力だ。魔術師の中には、混同してるやつもいるからな。たぶんやつもそうだったんだろ」


 俺の質問に答えたアルの声には、侮蔑の感情が混ざっているようだった。それはまるでそんな常識も知らないのかと非常識だなとでも言わんばかりだ。


「氷結鬼はお前を仲間に引き入れようとして、タブレットを飲ませようとしてたんだな。危なかったな、あれ飲んでたらお前たぶん死んでたぞ」


 さらっと軽く冗談でも口にするように命の危険について言及された。いや、そんな調子で言うことじゃなくないでしょうか?!


「あれって結局何だったんですか?というか、死んでたってそんな危険なのの増されそうになってたんです!?」


「ああ、あれ簡単に言えばドーピングだよ。しかも麻薬みたいに依存性のあるやつ。魔術師が飲む分にはまだいいんだが、異能者は体質が合う合わないがはっきりあるらしいから、ドーピングにすらならなくて死ぬなんてざららしい」


 さあっと体中の血の気が引いた。あんな小さな錠剤一つで自分の命が脅かされていた。しかも向こうは飲ませる気満々だったのだ。ほんとに助けてもらってよかった。


「ちなみにお前の力について知ってるのは、何人いる?」


「たぶん、俺とかかわりのある人間はほとんどが知ってます。けど、マジックってことになってるんで、異能だって知ってるのは……」


 そこまで考えて一人だけ、不可解な反応をした人物に思い当たった。あの時の俺は異能という言葉すら知らなかったから、気にしなかったが明らかにあの人の反応はおかしかった。


「俺、たぶんなんですが、氷結鬼の正体わかっちゃいました」

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