第6話
「あははは、はははぁ」
最悪だ!よりにもよってこのタイミングで、この状況かよ!?
あまりの出来事にまた頭が真っ白になってへんな笑顔しか浮かべられない。あなたたちを追いかけてましたなんて言えるはずもないし、なんて答えればいいんだよ!
「ああ、ごめんごめん。急に話しかけられても困るよね。後ろから口論が聞こえてきたと思ったら、妹がたぶんクラスメイトだっていうから挨拶でもと思ったんだが、邪魔だったかな」
底抜けに人の好さそうな笑顔を浮かべて、彼は俺たち二人を交互に見ながら話を聞こうとしてくれているみたいだった。
その様子に毒気を抜かれてしまって、今度は田中(仮)と顔を見合わせて変な笑顔を浮かべた。
「ワア、ヒイラギサングウゼンダネ。コンナトコロデアウナンテ」
もうこれ以上にないくらいの棒読みで事前に打ち合わせしていたとぼけたセリフを口にする。けど、ここを切り抜けるにはこの流れに乗るしかない!
「ホントダネェ、スッゴイグウゼンダァ」
俺も負けず劣らずの棒読み演技だったおかげで、二人とも困惑の表情を浮かべられてしまっている。
「えっ、ええ、そうね。たしか、グレン君と……」
「た、田中ですよ。おんなじクラスですけど、こいつなんか影薄いからまだ覚えてなくてもしょうがないですよ」
グレンと呼ばれても修正できないあたり、だいぶテンパっている。それもあってか変なことを口走ってしまって田中(仮)に睨まれたが気にしない。今はこの状況を抜けることが先決だ。
「そういえば柊さん、そっちの人は?」
「えっと、彼は……」
「俺のこと?俺は柊有、シオンの兄です。有無の有って書いてゆうなんだけど、みんなはアルって呼んでるから、そう呼んでくれると嬉しいな」
俺の質問に一瞬だけ柊が答えにくそうに顔をしかめると、すかさず兄を名乗る男が変な自己紹介とともに、割り込んできた。
言われてみれば、ほんの少しだけ顔が似ている気もしなくもない、気がする。
それにしても初対面の相手にあだ名で呼んでくれって変な人だ。けど、こいつが兄貴ならまだ首の皮一枚つながってる。だってあの時の見たことない表情は家族が相手だったからってことだからな!
俺にとってうれしい事実に心の中でガッツポーズした。
「おい、グレン。そろそろ……」
「ああ、そうだった。俺たち、映画見に行く予定があったんだった。これで失礼しまーす。いくぞ、田中!」
この会話も事前の打ち合わせでしていた内容だ。うれしいことが分かったおかげで、少しだけ声が弾んでしまったのは内緒だ。
田中(仮)と二人、逃げるようにその場を走って後にした。
「あはははっ!ちょーおもしろかったな。お前の『ホントダネェ、スッゴイグウゼンダァ』なんてひどすぎて笑いこらえるのに必死だったぜ、俺」
「はぁ?その前にお前が言った『ワア、ヒイラギサングウゼンダネ。コンナトコロデアウナンテ』だってひどかっただろ。俺のはお前のに引っ張られただけだよ!だから、悪いのは俺じゃない」
駅からも三山町からも離れた公園のベンチに二人で座って笑い転げていた。
まさかあの柊が待ってたのが兄貴だったなんて思いもしなかった。家族情報に兄弟についてはなかったから勝手にいないものだと思っていたのが間違いだったらしい。
「あー、面白かった。やっぱグレンも来てよかっただろ」
「そうだな、ちょー最悪だったよ」
正直、わりかし面白かったのだがそれを言えるほど、俺は素直じゃないから毒づいておく。
「で、グレン。一つだけ確認したいんだが……」
「なんだ?」
「—————田中ってだれだ?」
あー、こいつが睨んできたのそっちだったか。
どうやって言い訳したらいいかを一瞬だけ思案して、
「お前の名前なんだったっけ?」
配慮のないその一言でもうひと悶着起きたのは、秘密だ。
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