第5話
「はぁ、なんで休みなのにこんな朝早くから出なきゃいけないんだよ」
土曜日の九時過ぎ、玄関で靴を履きながら一人恨み言を吐いていた。
昨日はだいぶ夜更かしをしてしまったから、こんな時間に起きる気は全くなかったのだが、それでも出かけることになってしまったのは理由がある。
朝、たぶんちょうど九時ごろだったと思う。普段は鳴ることのないスマホが鳴ったと思ったら、
「おい!グレン、大変だ!急いで駅前まで来い!」
「はぁ?なんで」
「なんでもだよ!来ないとお前、絶対に後悔するからな!」
田中(仮)からそんな要領の得ない電話がかかってきてしまったものだから、無視して寝ようにも気になって寝れなくなってしまった。
仕方がないので、言われた通りに駅前まで向かうことにしたのだ。
駅までは歩いて五分ほど、割と駅近に住んでいたおかげですぐにたどり着いたのだが、見回しても田中(仮)は見当たらない。
人を呼び出しておいて、バックレたのかとも思ったのだが、念のために電話をしてみた。出なければ、そのまま帰ろうかと思ったのだが、残念なことに田中(仮)はワンコールで出てしまった。そして開口一番
「おい!かけてくるなよ!……たぶん今西口だろ。東口に来いよ、いいもんが見れるぞ」
言いたいことだけ言って、またすぐに切られてしまった。
苛立ち半分、ムカつき半分、といったところでとてもストレスになったので、とりあえず一発殴りに行こう。
西口から東口に行くには、一度駅に入って陸橋を渡る必要がある。幸い改札を通る必要はないのでそのまま通り抜けるだけだ。
陸橋に上っていると、スマホが震え始めた。表示された名前を見て、眉間にしわを寄せると、たっぷりコール音を楽しんでから出た。
「……何の用だ。今お前を殴りにいくところなんだが」
「やっぱりこっち来ようとしてるよな!いったん立ち止まって、回れ右しろ!多分やっこさん改札に向かってるはずだから」
「はぁ?」
何言ってるんだ、こいつ。お前が来いって言ったから来たのに、なんで戻らないといけないんだよ。あとやっこさんってだれだよ。
「……仕方ねぇか、ほんとはお前が来てから言うつもりだったんだが、柊だよ。ひ・い・ら・ぎ。あいつが駅で誰かを待ってるみたいだったから、お前を呼んだんだよ!」
まさかの名前が出てきたことで、一瞬で思考が固まった。そして体が勝手に回れ右して改札の方から離れて行った。
「なんで柊がこんなとこにいるんだよ!てか、なんで呼んだんだよ!」
「えっ?そんなの面白そうだからに決まってるだろ!!こんな時間なら、絶対男を待ってる。なら、グレンを呼ぶのは当然だろ!……絶対、面白いじゃん」
きっぱりと常識を言うみたいに言い切った。
人を見世物みたいに思いやがって、ほんといい性格してやがる。本当に彼女が男を待っているとは思ってはいないが、万が一のこともあり得るので、呼んでもらったことに関しては感謝してやろう。……とりあえずは腹に一発で許してやる。
「もう階段上がり切るから、きちんと隠れておけよ」
「わかってるよ!」
そんなこと言われるまでもない。もうすでに西口の階段まで避難している。ここからなら改札近くをバレずに覗けるはずだ。
最上段から何段か下がったところから、東口の階段と改札の様子を慎重に覗きこむ。
ちょうど見たことのある黒髪の少女が東口から改札へと向かっているのが見えた。
「見えたか?」
「ああ。……けど、なんで制服なんだ?」
「さぁね、そんなことに興味はないよ。俺が興味あるのは誰を待ってるかだ」
歩いてくる彼女の恰好は明らかに制服だった。
土曜日なので学校はない。それにまだ部活も復活していないので、部活という線もない。それに彼女はまだ満足に部活の見学すらできていないのだから、所属もしていないはずだ。
その答えを田中(仮)に求めたのだが、無駄だったようだ。
彼女は誰かを待つように、改札の前で電光掲示板を見つめている。これは田中(仮)の言っていたことも存外的外れではないのかもしれない。
「やっぱり誰かを待ってるみたいだろ。階段の下にいたときもずっとスマホを気にしてたみたいだし、やっぱり男だよ。お・と・こ」
「ああ、そうかもしれないな。……ん?」
なんでかスマホからじゃなく、真横から声がした。振り返ってみると、いつのまにか田中(仮)が立っていた。
「うおっ!?びっくりした。いつの間に……」
「お前の反応を見たくってな。大急ぎで下から回ってきたんだよ。で、どうだ」
「言った通り、誰かを待ってるみたいだ」
二人で頭を並べて、彼女の様子をうかがう。
ちょうど駅のホームに電車が来たようで、駅が騒がしくなってきた。それと同時に彼女も少しだけそわそわしているようだ。
ごくりと息を呑んだのが分かった。
電車から降りてきた人で改札がごった返す。人の波で彼女の姿が一瞬見えなくなった。そして次に見えたときに、人生最大のショックに膝から崩れ落ちた。
人だかりの中でも分かった。彼女の正面には彼女よりも背の高い男が立っていた。その男をみている彼女の表情は、今まで見たことのないもので、考えるまでもなく彼女にとって特別な人だとわかってしまった。————俗にいう玉砕だ。
さすがの田中(仮)も声が出ないのか、何も口にしない。
それもそうだろう。あの柊に男がいるなんて冗談半分で口にはしていたが、ほんとに出てくるなんて思ってもみなかっただろうし、それに相手もなかなかだ。
年齢は俺たちよりも少し上、高校生くらいだろうか。顔はそこそこよくて、身長は百七十は超えているだろう。あんなの出されたら、噂する方だって面食らってしまう。
「おい!どっか行くみたいだぞ!……ショック受けてないで追いかけるぞ!」
まだ呆然としている俺を田中(仮)が引っ張って、どこかへ行こうとする二人を追いかけた。
「もういいだろ。帰ろうぜ」
「お前、意気消沈しすぎだろ。まだあの男が彼氏かどうかなんてわかってないだろ。それを突き止めるまで俺は追いかけ続けるよ」
「なら、勝手にやってくれ。俺はもういいよ」
「お前も行くの!!」
投げやりな俺をそのまま引っ張りながら前を歩く二人の尾行をつづけた。
二人は、そのまま俺の家の方、三山町の方へ歩いていくみたいだ。前回は尾行に失敗したが柊も三山町に住んでいるそうなので、あの男を連れていくつもりなのだろう。もう完全に黒じゃないか。ああ、見たくない。見たくない。
「おい、グレン。お前も三山町だったよな」
「ああ、そうだよ。だから、帰っていい?」
「帰ってもいいよ。けど、あの二人にたまたま会った風を装って話しかけてくれたらな」
俺の連れは悪魔だったみたいだ。傷心状態の俺にとどめの一撃をどうしても入れたいらしい。そんなことやったら、ほんとに立ち直れなくなってしまう。
「いやだよ!そんなことしたら俺、月曜から不登校になるからな!?」
「いいよ。俺の知的好奇心を満たしてくれたら、もう用はない」
「この人でなし!傷ついた人間を痛めつけて楽しいのか!痛む心とかないのか!」
「そんなもんあったら野次馬なんてやってねぇよ。いいから行けって」
「いやだよ!」
野次馬根性から柊に話しかけさせたい田中(仮)と傷心からこの場を離れたい俺とで人目もはばからず口論が始まった。
もう追いかけていたはずの二人すら目に入っておらず、双方とも自分の主張を押し通すことしか頭になかった。—————その結果
「すみません、なにかあったんですか?」
前を歩いていたはずの二人に気付かれて、声をかけられてしまうなんてことになってしまったんだ。
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