第3話
彼女が転校してきて一週間が経とうとしている。なのに、俺はまだ彼女と話ができていなかった。
理由は簡単。彼女の周囲がいまだに落ち着かないからだ。
授業が終わると教室の前には人だかりが出来上がり、その視線から彼女を守るように取り巻きが壁を作り上げている。————これももう見慣れた光景になってしまった。
「あいかわらずすげー人気だな、柊さん。お前も話しかけようとするときは気をつけろよ、取り巻きに一瞬で囲まれるから」
田中(仮)があきれたというような表情で窓際にある柊の席を見ている。……正確にはその周囲に出来上がっている人の壁なのだが。
最初のうちは野次馬根性から興味津々だった田中(仮)も、数の暴力に屈してしまったらしい。
「そりゃご苦労なこった。当分はうちのクラスはうるさそうだな」
いつもなら適当にあしらうところを珍しくきちんと返事を返してやる。
取り巻きによる数の暴力に屈したとはいえ、勝手にしゃべってくれるこいつの情報は俺にとってかなり有用だ。変に絡みにいって、囲まれるのが嫌だからもあるが。
「—————、—————」
人の壁の隙間から彼女がしゃべっているのが見える。教室の外の雑音が大きすぎて何をしゃべっているかはわからないが、学校にも慣れてきたのか表情は柔らかい。
彼女、柊詩音は帰国子女らしい。生まれと育ちは北欧の国で、父親の仕事の都合でこの街にやってきたそうだ。両親は健在で、父親の仕事は相当特殊なものというところまでは聞き出せたらしい(取り巻きが)。
海外育ちだが、日本語は問題なく話せるし、それどころか運動・勉強どちらも優秀で、そういう意味でも瞬く間にクラスの中心になってしまった。
顔もよくて、勉強も運動もできる、そんな漫画の登場人物みたいなのが、俺のクラスに転校してきてしまった。そして、俺はそれに惚れている、その他大勢、すなわちモブキャラである。
「で、グレンはどうやってお近づきになろうと思ってるわけ?」
いつのまにか俺の前の席に腰かけていた田中(仮)が楽しそうに笑う。
こういう顔がひどくむかつくが、彼女への好意がばれている以上、あまり強く出られなかった。べ、べつに変に噂されるのが嫌なわけじゃないから!
「どうするかなぁ」
「まず問題はあの取り巻きどもだ。あれがいなくなれば話しやすくなるだろうが……、学校じゃ、まず離れないだろうな」
そうだよなぁ。
「取り巻きを離れさせられたとしても、次に彼女と話したい奴らが来るだろうからなぁ」
そうだろうなぁ。
「そうなると、グレンみたいなクラスの末端、中央から外れたボッチ野郎に手番が回ってくるのは、卒業前くらいだろうな」
バチン、と頭を叩いた気持ちのいい音が教室の中に響いた。
「いってー、なにすんだよ」
「自分の胸に聞いとけ」
こんな奴の言うことで納得しかけた自分が恥ずかしい。だが、なんとかして彼女と話せる状況を作らないと、このままずるずる行くのが目に見えている。……なんとかってどうするんだ?
そんなことを考えていたら、一日が終わっていた。
田中(仮)はなんか新作ゲームの発売日だとかで、帰りのHRが終わった瞬間にダッシュで帰った。
半日近く考えたのに、結局解決策は思いつかなかった。もうすこし考えてもいいが、今日はもうアイデアなんて出てきそうな気がしなかったので、あきらめて帰ろう。
荷物をまとめ始めると
「柊さん、一緒に帰ろ」
取り巻きの女子が彼女に声をかけているのが視界の端に入った。その時、ピキーンとアイデアが浮かび上がってきた。
そうだ、帰りだ。帰りなら取り巻きも少ないんじゃないだろうか。
取り巻きだって、自分の家に帰るはずだ。方向が同じやつがいるだろうが、それだってずっとじゃない。途中で、一人になる可能性も十分にある。—————完璧な計画だ。
一応、保険のために言っておくが、別に後をつけるわけじゃない。田中(仮)から、彼女の家は三山町方面と聞いている。俺が住んでいるのも三山町なので、元々同じ方向に帰るのだ。だから、決してストーキングするとかそういう話にはつながらない。
「じゃあまた明日ね」
予想通り、取り巻きは一人また一人と自身の家に帰るために散り散りになっていく。
俺はつかず離れずの距離を保ちながら、その様子を見ている。もう直線状にはほかの生徒はなく、歩いているのは彼女と取り巻きの最後の一人、そして俺。
「柊さん、じゃあね。気を付けてね」
ちらりとこちらを見られて気がした。……一応、俺の家もこの先なんだけどなぁ。
だが、これで彼女一人になった。周囲には誰もいない。今ならだれの邪魔も入る心配はない。
彼女は次の角を曲がるみたいだ。そこで声をかけてみようか。
あとから考えると、ほとんどストーカーの思考だったが、この時には全くそんな意識がなかった。
角を曲って彼女の背中が見えなくなった瞬間、見失わないように大急ぎで後を追った。だが
「……いない?」
よくよく考えてみれば彼女が曲がった小道の先は袋小路の行き止まりだ。この道を歩いたところで家につくはずがない。—————じゃあなんでこの道を?
この先がどこにもつながっていないことは分かっていたが、確信を得るために歩いてみたがやはりどこにも行けない。そして彼女の姿はどこにもなかった。
人が消えたという異常事態に冷や汗と動悸が止まらない。
どこに行ったんだ?
俺が見逃しただけで実はほかの道を行ったんじゃないか?
気づかれていた?
だから、俺を撒くためにこの道を選んだ?
勝手に走り回る思考を制御しきれず、すべて俺の勘違いと思い込んで帰宅することにした。
きっと彼女は明日には何もなかったように学校に来ているはずだ。そう自分に言い聞かせた。
俺が立ち去った行き止まりの小道には、季節外れの雪がちらついていた。
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