第2話
一限目が終わり、休憩時間になると彼女に席の周りには人だかりができていた。
それもそうだろう。二学期始まって二週目という珍しい時期の転校生、しかもとびきりの美人ときたら、一気にクラスの中心に担ぎ上げられる。近くに行かないのは俺みたいなクラスの中心からはじかれた変わり者くらいだ。
「またすげーのが転校してきたな」
同じく中心から外れてる田中(仮)も彼女の周囲の輪に入らず、自席で頬杖をつきながら独り言ちている。
「そうだな。この調子だと、午後になる前には学校中のやつが見に来るんじゃないか」
いつもなら無視するところだが、今日の俺は少しだけおかしかったのか、反応してしまった。
すでに教室の扉の前には、偶然を装って通り過ぎる奴や、通行の邪魔など考えずに中をがっつりのぞき込むような不届きな輩もいる。だが、そんなことをしても彼女の席を囲む人の壁でろくに見えてはいないだろうが。
「グレンはいかなくていいのかよ。HRで入ってきたとき、すさまじい形相で睨んでたくせに。……まさか、ヒトメボレってやつか」
「んなことあるわけないだろ」
「いてっ」
十中八九図星だったが、照れ隠しで机の下にあった田中(仮)の足を蹴り飛ばす。
それにしてもあまりに突然の再会に、動揺が顔に出てしまっていたなんて。日頃ポーカーフェイスを心掛けていたはずなのだが、まだまだ甘かったみたいだ。
「じゃあなんであんな顔してたんだよ」
「知るか、日光がまぶしかったんだろ」
適当に吐き捨てると、机に突っ伏して狸寝入りをした。
田中(仮)がごそごそ話しかけてきたり、触ってきたりしてきたが断固無視をして、二限目のチャイムが鳴った瞬間に、何事もなかったように起床した。
「あーそうだそうだ。最近、日が落ちてから不審者が出るってことで数日間は部活休みになるから。早く帰るんだぞ。あと一応できるだけ固まって帰るように。————以上」
担任がすさまじく大事なことを適当に言い放ち、帰りのHRは終了した。
「なあ、グレン。不審者って言ってたけどよ。あれって……」
「氷結鬼じゃないかって?違うだろ。不審者なんて今の時代いくらでもいるだろ。……今俺に話しかけてきてるやつだって不審だし」
「はぁ?俺のどこが不審なんだよ」
「全部」
一言で吐き捨てると、教科書を適当にカバンに押し込んで背負うと席を立つ。
まだ田中(仮)がごにょごにょなにか反論しているようだったが、そんなものを相手にしている時間はない。
こんなにも急いで教室を出たのには、理由がある。
帰りのHRが終わってすぐに、彼女 柊詩音が担任に職員室に連れていかれたからだ。それだけなら別に急ぐ必要はないように見えるのだが、彼女の荷物が教室に置いてあり、彼女を囲っていた一団がまだ残っているところを見るに用事が終わったら、一緒に帰るつもりなのだろう。となれば、職員室から教室に戻ってくるまでの間は彼女の周りには誰もいないはずだ。あの日のことについて聞くならそのタイミングしかない。そう思って、俺は今職員室から少し離れた廊下で彼女を待ち構えている。
職員室近くでない理由は、出待ちをしていたと思われたくないから。教室の手前でない理由は、俺より先に誰かが彼女を捕まえてしまうのを避けるため。そのためにこの場所で待っていたのだが、
「……遅い」
うちの学校は簡単に言うと三階建てのL字型をしている。Lの縦の部分に大多数のクラスの教室と職員室・保健室があり、横の部分に美術室や音楽室など教科ごとの教室と残りのクラスの教室が割り振られている。
うちのクラスはというと、残りのクラスに該当し、二階のL字の曲がってすぐに教室がある。職員室も二階にあるため、階段を上り下りすることはなく廊下をまっすぐ歩いて教室に戻ってくるはずなのだが、それがなかなか帰ってこない。
転校初日とはいえ、ここまでわかりやすい道筋を忘れるなんてことはありえるのだろうか。話が長くなっているとも考えたが、さっき目の前をうちの担任が通りがかったので、それもないだろう。じゃあ迷った?
そんな馬鹿な。と思いつつも適当にぶらぶらと彼女を探して校舎内を歩き回った。
あれほど目立つ生徒が歩いているなら、すぐに見つかると思ったのだが、これが思いのほか見つからない。
教室の方も覗いてみたが、まだ戻ってきていないようで少しだけ人数を減らした一団がまだ残っていた。
「どこに行ったんだ?」
三階を歩いているときにふと階段が目に入った。
うちの学校のL字の縦の校舎にだけ屋上へ続く階段がある。登ると屋上への扉がある踊り場まではいけるが、鍵が閉まっているため屋上には入れない。ちなみになぜ縦の校舎だけにあるかというと、もともとは縦の校舎だけだったのをあとから横の校舎を建て加えたため、少しだけ校舎の形が違うのだ。
校舎の中は一通り探したつもりだったが、ここだけはまだ探していなかった。こんなところにいるはずはないと思うが、一応見ておこう。
「————ル、————す」
階段の中ほどまで登ったところで話し声が聞こえてきた。変に反響してうまく聞き取れないが、女性の声なのは確かだ。
確かめようとして、さらに上に登ろうとすると
「————あれ、紅くんじゃないか」
後ろから聞きたくのなかった嫌な声が聞こえた。
振り返ると、階段の下からこちらを見上げている男子生徒が見えた。
「……最場先輩」
「そうだよ、君が尊敬してやまないこの学校の生徒会長。————最場(さいば)星(すたー)、その人だよ」
なんとも芝居がかった動きと発声で最場先輩は自己紹介した。
星と書いてスターと読む痛々しい名前のこの人は、一応この学校の生徒会長を務めている人物なのだが、こういう無駄に大げさな動きや言動が目立つ人物としてもよく知られている。俺はそこが苦手というか、嫌いだ。
割とそれを態度に出しているつもりなのだが、それが逆に気に入られてしまったのか、日常的に絡まれている。おかげで定期的に生徒会の手伝いまでさせられることになり。いいことがない。
「先輩はなんでこんなところにいるんですか?三年の教室は一階ですよね」
三年の教室も同じ縦の校舎ではあるのだが、一階に並んでおりこんな上の階にくる理由はないはずだ。
至極まっとうな質問をしたつもりだったのだが、最場先輩は大げさに肩をすくめて見せると
「それは僕が生徒会長だからだよ。君も聞いているだろう、不審者の話は。無駄に学校に残っている生徒がいないか見て回ってたのさ。そしたら、君がなぜか屋上への階段を上っていたから、声をかけた次第だよ」
長文かつうざったい動きに一瞬で胃もたれがしてきた。なんとなく上がろうとしただけだったのが、興が削がれてしまった。
「なんとなく気になっただけなんで、もう帰りますよ」
途中まで上った階段を下りて、下駄箱のある玄関の方へと体を向けた。
どうせ明日からも彼女は学校に来るのだ。別に今日すぐにという要件でもないので、もう少し彼女の周りが落ち着いてからの方がいろいろ楽だろう。
「それならよかった。気をつけて帰るんだよ。君が被害に遭うようなことになったら、僕もショックだからね」
とは言いつつ少しだけ楽しそうだ。この人の場合、俺が被害に遭ったら遭ったで面白いと思っていそうだ。こういうところも嫌いだ。
「……じゃあ、お先に失礼します」
先輩に別れを告げ、その場を後にする。
「……これは貸しだよ。■■■■■■■■■■」
独り言のように階段の上に向かって先輩が口にした言葉は、今後のことで頭がいっぱいだった俺の耳には届くことはなかった。
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