明滅、命滅
東京の夏は暑い。
それでも、一日の中で朝は涼しい方に入る。
ケントは棚から小さな鍋を取り出してそこに水を入れる。
『TRステーションからお送りする“モーニング・junk”。今日はゲストに今話題のギターデュオnice sunのお二人に来て貰いました!!』
ラジオから、朗らかな挨拶と共に音楽が流れてくる。
それを聞き流しながら水の張った鍋をコンロに置き、火をかけた。
カチッ、チチチ…
(そういえば、ドラコが火吹けば、ガス代浮くよな)
そう思ってドラコがコンロに向かって火を吹くのを想像して、やめた。
明らかに部屋まで燃えそうだったからである。
そんな事を考えて、あくびをしながら胸板をポリポリ掻く。
ラジオからはギターの細かい旋律が流れてくる。初めて聞く曲にしては割と気分が乗る。
「……ん?」
ふと、胸にできた違和感に気づいた。
右側に何かができている。
ニキビとかではなく何かが生えていた。
シャツの中から覗いてみると、小さな赤い突起が見えた。
「んん?」
指でそれを動かしてみる。まるで砂場の旗みたいに簡単に動かせた。
今度は指で突起をつまんでみせる。なんと、その突起が、スルスルと身体の中から抜けようとしているではないか。
しかも、根元が大きい。
ケントは勢いよくその赤い突起を引っこ抜いた。
きゅぽん。
間抜けな音と共に小さな赤いトカゲが抜けた。
「ぎゃめっ!!」
無造作に落とされ小さく悲鳴をあげるソレは、
ドラコだった。
「ってぇ〜…ん?何やケント。そんな顔して。コッチがしたいわ」
小さな羽をパタパタさせながらケントの顔を見る。
「中途半端に身体の外にはみ出してくんのキモいんだけど」
「うっ……」
返す言葉がないドラコ。
その時、ボコボコと鍋の中の水が沸騰して溢れていた。
「うわっ!?」
考えを放り出して、コンロの火を止める。
「…ふぅ」
白い煙を顔に浴びながらため息をつくケント。
「てかお前って飯作れんのな」
「作れるわ。なめんじゃねえ」
そして、棚の中から蕎麦の束を取り出す。
「え、今日のメシって何なん?」
「蕎麦」
ドラコはポカンと呆けた顔をしていた。
再び、火を入れてぬるま湯が沸騰し出したら、束になった蕎麦を茹でる。
茹立つまでの間、お椀を3つ揃え、冷蔵庫をあさるケント。
「わさび……ないな。生姜でいけるか?」
生姜のすりおろしチューブを取り出して多めに小さなお椀に出す。
そして、めんつゆを原液のまま、お椀の三分の一ほど入れた。
ちょうど、蕎麦が茹で上がったので、ざるに入れて水でゆがく。
「よし、完成」
「適当すぎひん?」
「いいんだよ。これで」
別によくはない。
ケントはざるを鍋の上に置いて、鍋ごとリビングに持っていった。
ドラコにはめんつゆ入りのお椀を持たせていた。
テーブルの上に放置される空っぽになったざる。
いっぱいに入ってたそばがすっかりと無くなっている。
「ソバ……」
食べ終えたドラコが気でも抜けたかのように呟く。
「どうしたドラコ?」
「ソバって初めて食うたけど、あんなボソボソしたもんやと思て…」
つまり不味かったという事である。
ケントは肩をすくめてみせた。
まあ、雑に作ったのだ。味は保証出来るものではなかった。
「なあ、ドラコ」
「ん?」
「俺は、選ばれたのか?」
それは純粋な疑問だった。
「ああ、せやで」
ドラコは静かに言う。
「じゃあ、選ばれたから、お前がいて俺は化け物を殺さないといけなくなるのか?」
「やっぱり、嫌か」
ドラコの言葉にケントはコクリと頷く。
「ドラコの言う神?ってのを殺し終わったらさ、俺は死ぬよ。絶対に」
それはただの
「俺が人を殺す
「諦めてくれ……とでも言うんかいな」
ドラコの言葉にまたコクリと頷く。
「別に、お前が嫌っつうなら辞めてもええよ。そこまで強制できる力は持たんからな」
「じゃあ……!!」
「ただ、お前を生き返した代わりにワイが求める対価ってのは当然ある」
ドラコの言う事は決して間違っていない。
半ば強制的に身体を貸したとはいえケントを復活させたのはドラコなのだ。
小さな瞳が、炎を滾らせる眼差しがケントに向いている。
「……分かったよ。それで、ドラコの求める対価って何なんだ?」
ドラコは、一息置いて真剣な表情で告げた。
「【機神】アンブロバシリカからワイの力を取り戻して欲しいんや」
「【機神】……って、昨日出会ったアレか?」
「あれは【機神】の眷属。つまり手下。本体を潰さんとアイツらは増え続けるし、被害はデカくなる」
苦い顔をしながらドラコは続ける。
「アンブロバシリカは、文明によって生まれた新しい世界の神。次元衝突によって引き起こされたノイズ。ソイツにワイの肉体は喰われた」
「喰われたって……じゃあ今のドラコは」
「ああ、完全やない。せやからお前と一緒にソイツを倒して肉体を取り戻そうっちゅうことや」
「けど、その機神?ってヤツがどこにいるかなんて———」
分からない、そう言いかけた途端だった。
『臨時速報です。秋葉原で謎の巨大物体が人を襲っているとの通報がありました。臨時速報です———』
ラジオから流れる突然のニュースに、1人と1匹は顔を見合わせた。
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