神であれど竜であれど、火は灯る

 ふとガソリンの匂いと腐敗臭が風に乗って漂ってきた。

 懐かしい匂い。

 同時に胸の奥をひどく掻き回されるような気がする。

 生温い風が頬を撫でる。


 周りを見ると不気味な程に整然と並んだ自動車の列。

 懐かしい光景。

 同時に不安と焦燥に駆り出される。


 見覚えのある場所。

 延々と続く環状線。

 その果てには何もなく、ただ延々と道が続くだけ。


 一つの影が向こうから見えてくる。

 車の列の中をふらふらと歩く人影。

 その姿は、はっきりと見覚えがある。


 ゆらゆらと倒れかけながら、前へと進む。

 つまづいても、ひたすらに歩き続ける。

 何も目的がないのに、信念すら知らないのに、


 それでもが歩いている。

 遥か遠く、優しく燃ゆる灯火に向かって。


 埃っぽい空気に咳き込んで足がガクガクと震え、そして倒れる。

 それでも、少年は灯火へと這いずっていく。 


 そこで視界は暗転した。

 

「———はっ!?」

 突然、ケントは醒めた。

 まるで泥沼の中から這い上がったかの様な感覚。


 荒い息を何度も吐きながら、辺りを見回してみる。

 周囲を見ても環状線に並ぶ自動車はなく、いつもの部屋があった。


「夢、か」

 ケントは暗い部屋の中でため息を吐く。

 それが夢だったことによる安息なのか、それとも湧き出た過去による恐怖なのか。


 スマホの画面を見れば、午前3時。

 まだ日は昇らない。

 

 同刻。

 深夜の渋谷に少女は立つ。


“上を向いて歩くと、気持ちが楽になるよ”

 そんな事を誰か説いていた気がするが一向に楽にならない。アレは迷信だったようだ。


 ふと気づけばビル街にいた。高さを競い合っている生物の様に、虚無が広がる空に聳え立つ。

 高くただ高くなる事ばかり考えて中身が虚ろになっている事も気付きやしない。


 少女は、静寂に包まれた街中を歩くに連れてふと考え事をしていた。


 人は毎日を生きていくのに必死で、時間を無駄にしない様に合理的になりすぎている。

 そのせいか簡単な——例えばこの裏路地の様に——発見というモノが出来なくなっている。


 裏路地はやはり暗く生活ゴミの臭いが充満していた。

 室外機の上で野良猫が丸くなって眠っている。


 日々、人が忙しなく過ごしていく中、猫には時間がゆっくりと感じているのだろうか。

「いいなお前は。呑気に眠る事が出来て」

 そう呟いたが改めて考えてみるとこの猫もまた必死に生きているのだ。


 自分が恥ずかしい。

 裏路地を歩いていくと、光が見えてきた。

 出口のようなのでそこへ向かっていくと、またビル街だった。

 …結局のところここには冒険心をくすぐる物は何もない。ただ全てが必死になって動いていた。


『いろんなものがあるんだな』

 身体の中で声がする。

「そうか?オレにとっては全部見慣れたモノなんだけどな」

『神は繁栄を知っても、その詳細を知らない。ここまで粗雑に混ぜ込まれた世界には流石に驚愕する』


 「確かに」一星は薄暗い周りを見回す。

 周囲にあるのは、ガラス張りのビルが連なっている。ただ、その中にまるでなんらかのバグでも働いたかなように埋め込まれてる石柱や石レンガが見える。


 アスファルトも多少は剥き出しになっているのかと思えば、全く違っていて。

 埋もれてはいないはずの石畳が見え隠れしている。


 出来の悪い混ざり方は、まるで悪趣味としか言いようがない。

『やはり、この世界は一度壊さなければいけないな』

 一星は、エアガンを手に持ってガチャリと自らが吐いた鉄の塊を装填する。


「イグニス」

『はあ……分かったよ。限定解除、炉爆』

 ビルが、爆ぜる。

 豪炎とともにビルが崩れ落ちていく。

 だが、地面に落ちるはずの瓦礫は一星の体の中に吸い込まれて言った。


『焚べた鉄は、俺の炎へと変わる。そして、鉄はお前の武器ちからとなる』


 ああ。こんなにも空を貫くような高いビルも所詮はこの神の炉心の糧でしかない。


 それぐらいに。


 この都市圏は醜い。

 

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