雲群一星(2)

「俺は、人間を滅ぼす為に存在する」

 イグニスのその言葉に一星は耳を疑った。


「人間を、滅ぼす?訳が分からない。お前はオレを……」

「確かに、救った。だが一体いつ俺が人間も守ると言った?」


 そう、そんな事

 自分が勝手に“神は人を守る存在”だと捉えていただけだ。

 神様だから勝手に人を守ってくれてると思い込んでしまっていた。


「先入観ってのは、例外なく人を滅ぼす。現に今のお前がそうだったように、人は無様に俺を崇めて、業火の中に飛び込んで死ぬ。救われることはない。みんな揃って炎に灼かれる。そう、平等にな」


 神妙なもの言いで言葉を続けるイグニス。


「俺たちは別にお前らを守ってるわけじゃない。お前たちが自分で因果律を引っ張ってくるだけだ。神は、モノを司ってるだけで万民を守るのが役目じゃねえんだ。そんなに救われたいなら命の神んとこで拝め。いねえけどな」

 

 光の球は、気怠そうに光を燻らせながら言った。人間を守る役割ではないからこそ、人間を殺すなんて言葉が簡単に出てくる。


 神というのはなんて身勝手なのか、と一星は思う。

 だが、1番身勝手なのは人間なのだ。

 調子のいい時には神など存在しないと大口の叩いてる癖に都合が悪くなればアーメンやらナムアミダブツやら唱えて神にすり寄る。


 それで救いがなければ神のせいにするのも、人間だ。

 愚かだと思われるのも仕方なかった。


「俺の役割は太陽の父、黎明を迎える者、狩人の守護者、そして全ての剣の担い手と同時に世界に終焉をもたらす焼却炉」

「終焉を齎す……」

「神と災厄は表裏一体。神は世界を見限ったなら災厄として悉くを潰さなければいけない」


 つまり、イグニスは“焼却炉”の使命を果たしに現界した。

 そして今から、この世界を焼き尽くさんと考えている。

 

 その言葉に決して嘘などは混じっていなかった。

 世界を破壊する存在がこの家にいる。

 それだけで、とんでもない重圧が一星を襲っていた。


「少女に問おう」

 イグニスは一星に向かって言葉を放つ。

「お前は、人間が憎いか?」


 神の問いは、なんら迷うものでもなかった。

 ここで、嘘をつけば15年間、鉄の塊を吐いてきた自分を偽ってしまう事になる。

 ここで何もしなければ、過去の自分を欺く事になる。


 少女は嘘偽りのない答えを神に告げる

「オレは、人間が憎い。こんな身体にした人間が憎い。オレを見捨てた親が憎い。この世界が憎い。だから、あんたの力が欲しい」


 光球は、カカカと喉奥で笑って一星に近づいていく。

「良し。なれば俺がその望みを叶えてやろう。全ての憎しみをこの【太陽神】が焼き尽くす」


 少女は、古の太陽神を見て笑う。

 この神こそ、自分を救ってくれる救世主だと。


 だから、 古の太陽神は一星に告げた。

 救済を齎す慈悲の言葉を。

 それは同時に、破滅を齎す呪いの言葉となった。

  自らは神であると。

 自らは厄災であると。

 人間を無慈悲に蹂躙する人ならざる者の味方だと。

“今こそ、人間に神の鉄槌を下す”

 自分は粛正の代行者となれるのだ。

 その為ならこの神が悪魔であろうと関係ない。なんならこの身が尽きたって構わない。


 それが、復讐の成功に繋がるのなら。


 古の太陽神はゆっくりと少女の身体の中へと入り込んていく。

 

 ズブズブと、身体の中に入っていく異物が少女の身体を支配していく。

 だが、一星は不思議と抵抗はしなかった。

 寧ろ心地よさすら感じていたのだ。

 きっとこの神に全てを委ねれば自分は救われるのだろうと。

 


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