吉崎大

 叫んで、酔って、狂って、吐いて、泣いて、鳴いて、哭いて……


 そして最後には笑っている。


 息が切れる様な感覚が定期的に脳裏に刻まれていく。

 命が燃えて、絶えて、尽きて、消えて、終わる。

 それが何度も繰り返されていく。

 身は焼かれるように熱く、指を微かに動かしただけでも砕けそうなほど。


 そんな苦痛に悶える吉崎大ぼくの目の前にはいつも何かが立っていた。


 男なのか女なのかもわからない。まるで黒いクレヨンで塗りつぶされたように黒々とした影。この世界にぽっかりと空いた、人型の穴。

 それはもしかすると虚無なのかも知れない。

 そんなのが目の前に立っていた。


 逆にその穴を取り巻く景色はやけに眩しかった。

 空はフィラメントの切れかけた照明のようにチカチカと明滅を繰り返す。

 朝の薄い青空、昼の真っ青な空、夕方の焔色の空、夜の暗黒の空。

 四色が目まぐるしく一定の周期で染まっていく。

 目の前に広がる光景に脳は処理しきれていない。

 追いつかない、頭が焼け切れる。


 何もない平原かと思えば、西部劇の中の荒野になり、地面がひび割れて境目から現れる人、人、人……


 いつの間にかビルの立ち並ぶ雑踏の中にいる。


 人の群れの中に混ざる化け物。

 その化け物を助ける青年がそこにいる。


 目の前にはチカチカと明滅する赤信号。

 覆い被さる霧。向こうへと続く横断歩道。

 永遠に伸びるアスファルトの道。

 雑踏、喧騒、エンジン音、路上ライブ……

 あらゆる雑音の中に取り残された自分がいる。


 そして景色は再びぐるぐると回る。

 天球儀のように、ありとあらゆるモノが点在する視界が五感を揺らして振り回していく。


 海であり、山であり、都市であり、空であり、星であり、橋であり、歌であり、絵画であり、何もかもを否定する罵詈雑言である。


 そんな中、吉崎大は目覚めていた。

 見渡す限りの虚無の中、闇の中。


(ここは……僕は、何を)

 何もない場所で蹲りながら、闇の中へと堕ちていく。

 何かを追い求める声がする。

 何度も何度も声が響く。

 何かを探す声が聞こえる。


 “——ぃ——ぃ——ぉ”


 声は形をなさずに音として消えていく。

 霧のように細かく散って虚無の中へと吸い込まれていく。 

 それでも、“生きろ”と叫んでいるような気がしてならない。

 何を捧げるのか。

 何を求めて生き抜くのか。

 その目的が彼には見つからない。

 壊れた自分が嫌になって生きる希望を捨てた。

 そんなゴミクズに生きる目的を見つける権利はない。

 

 なのに、何かが叫ぶ。

 “生きろ”と。

 生きる目的を見出せないのに、

 “生きろ”と叫ぶ。

 何のために生きるのか。

 分からないまま、この闇の中で漂う。


 “殺せ”とどこかで叫んだ。

 “生きろ”という叫びに混ざっていた。

 虚空が、“殺せ”と叫んだ。

 どこかで生まれた“生きろ”という叫びが虚空に吸い込まれていく。


 何を殺すのか?

 何の為に殺すのか。


 “生きろ”……“殺せ”……“生きろ”……“殺せ”

 ドップラー効果の様に声が消えていく。


 2つの相反する言葉が、ゆっくりと頭の中で巡っていく。

 何の為に生きて、

 何の為に殺す。

 そして、一つの声が聞こえた。


『主よ。主よ。生きる為に殺せ。殺す為に生きろ。なれは復讐者になる権利がある。主、原初の獣は黙示録という名の免罪符。その厄災の力で■を———』


 その後の言葉は何も聞こえなかった。

 だが、それで確信した。

(ああ、そうか)

 

 “僕は、殺す為に生かされている”

 

(……僕は、ただ神を殺せばいいんだ)


 

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