第4話 素敵な人

 次の日からコンクールに向けて今までより厳しい練習が始まった。相変わらずヴァイオリンの稽古場に麗美れみがやってくる。はれ栄太えいたと話をしていると結構きついプレスをかけてくる。

 ただでさえ練習がきついのに何だろう、この麗美からの変なプレッシャー。麗美がその場を立った時、栄太が晴に話しかけてくれる。


「調子はどう?」

「まあまあです」

「そう」

「……そういえば、麗美さんもコンクール出るんですか?」

「ああ、彼女はフルート部門で出るみたいだよ」


 実のところ、はれ麗美れみという人物をよく知らない。フルートをしていることは知っているが、どれほどのレベルかもよく知らなかった。


「麗美さんって、フルート上手なんですか?」

「え、ああそうか、知らないよね。彼女あんな感じの子だけど、小さい頃からきちんと練習してるから、かなり上手だよ去年のフルートのコンクール三位だったよ」

「え! 全国で三位ですか?」

「うん」

「へえ、すごいんですね」


 そう聞くと、あの少し人を下に見るような感じも、実際に、それほどすごい人なら、何か許せるような気がしてきた。

 何だか、あのきつい態度ばかりが目について、ただのえらそうな美人かと思っていたが、かなりすごい実力の伴う美人だと認識を改め尊敬してしまう晴だった。


「すごい人なんですね」

「でも、あのお高い感じは嫌な思いをさせるよね」

栄太の顔を覗き込むように見る晴。

「栄太さんは麗美さんのこと。どう思ってるんですか」

「え、どうって。別にどうも思ってないけど」

「あ、そうなんですか」

不思議そうな顔をする栄太。スッと晴の頭に手を置き、

「ねえ、はれちゃん。僕は、晴ちゃんのこと。妹みたいな子なんて思ってないよ」


「え?」

何を言われているのか、わからなかった。

栄太にまっすぐ見つめられた。

ドキッとした。


「僕は晴ちゃんのこと好きだから……晴ちゃんは?」


顔が熱い。晴は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。

思わず下を向いた。


「お待たせ」

麗美がやって来た。


『別に待ってない。ここはヴァイオリンの稽古場だ』晴はそう思ったが、一方で『フルートコンクール全国三位』という看板が彼女の後ろに見えるような気がして、思わずひれ伏してしまいそうになる。


「麗美さんってすごい方なんですね」

素直にそんな言葉が出た。

「え?」

「知りませんでした。フルート全国三位なんですか?」

「ああ、全国に三人しかいないのよ。フルートやってる小学生」

「え?」

「うそうそ。聞いたの? 去年のコンクールのこと」

頷く晴。急に麗美の表情が今までになく優しくなったような気がした。見たことがないような微笑みで、

「小さい頃からやってたから……みんなが学校でリコーダー習うより前からフルート吹いてたのよ。友達と遊ばせてもらえずに」


 今まで自分の方が彼女を遠ざけるような目で、表情で、接していたのかもしれないと思った。彼女は学校一の美人かもしれない『だからそれがなによ』という態度で彼女に冷たく接していたのは自分たちの方だったのかもしれないと思った。


 麗美が優しい表情で言う。

「あなた栄太君のこと好きなんでしょう」

思いがけないことを麗美から言われ、また、顔が赤くなった。

「わかりやすいわね」


 晴と栄太が顔を見合わせる。麗美はクスッと笑い。

くやしいけど、お似合いね。なんか、お兄さんと妹みたいだけど。いいカップルよ。コンクール頑張りましょうね」


 なにか今までのわだかまりが全部消えたような気がした。晴の中で『麗美さんは素敵な人だ』という思いが強くなった。


「そうそう、晴さん。今年のヴァイオリンの部の五年生。なんかすごい子が出てくるってうわさよ」

「え?」

「え、と、そうそう、美弥みやちゃん。四国地区から出るらしいの。強敵よ」

「そうなんですね」

頷く麗美。

「じゃあね」と言葉を残して帰って行った。


 帰り道で栄太と一緒になった。

「晴ちゃん。途中で麗美が出てきて、あんな感じになっちゃって、晴ちゃんの返事聞いてなかったけど……そういうことでいいのかな」

頷く晴。

「そう。よかった。これから、よろしくね」

「よろしく」


晴は嬉しくて恥ずかしくて、そう応えるのが精いっぱいだった。

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