第3話 やさしい声に癒されて

「お疲れ様。はれちゃん」

栄太えいたが優しく声をかけてくれた。隣から鋭い目ではれの方を見てくる麗美れみ。晴は『なんだか怖い』と思った。

「お疲れ様」

晴が栄太に言うと、隣から麗美が、

「あなた、晴さんっていうの」

「はい」

「ふーん」

と言う。なんだか、何に対して、どういう感情を持たれたのかよくわからない。

「あなたヴァイオリン上手なんですってね」

「いえ、そんな」

「私、有澤麗美ありさわれみよ。よろしくね。栄太君とは同級生なの」

「知ってます」

「そう。あなたかわいいわね」

「いえ、お先に失礼します」

「え、もう帰るの?」

栄太の言葉に麗美が、

「帰るのよ。レッスン終わったんだから」

と言う。なんだかわからないが、晴に対して当たりがきつい気がする。晴もなんだか居心地が悪く、早くその場を立ち去ろうとする。

「じゃあ、帰りますね」

そそくさと教室を出る晴。なんでフルートの彼女がヴァイオリンの稽古場の外にいるのかもよくわからないが、変に八つ当たりされるのも嫌だから急いで帰った。


 家に帰り自分の部屋で今日のことを考える『なんで、彼女はあんな風に私にきつく当たってくるの?』『やっぱり、栄太さんのことが好きだから?』なんだかそう思うと嫌になってきた。お気に入りのクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめてベッドに倒れ込んだ。

 気が付くとスマホが鳴っていた。栄太からだ。


「もしもし、晴ちゃん」

「あ、もしもし、栄太先輩」

「ごめんね。今日、なんか同級生の麗美が失礼なこと言って」

「いえ」

「あの子、なんか、ああいう言い方するんだよね」

「栄太先輩、仲いいんですね」

「え?」

「だって、ヴァイオリンの稽古場に来てたでしょ麗美さん」

「いや、それは、彼女が来てただけで」

「栄太さんがいるからでしょ」

「まあ、そうかもしれないけど、僕の方は別に……あの後すぐレッスンに入ったから」

「そうなんですね」

なんだか聞きたいことがあるのにうまく言葉にできない晴。

「晴ちゃん。コンクール出るの?」

「ああ、今日、先生に言われて……お母さんに言ったら、出てみたらって言われたけど」

「けど、って」

「うん、なんか自信なくて」

「先生に出てみたらって言われたんだから、自信もって出ればいいじゃない」

「そうですね」

「そうだよ」

「先輩も当然出るんでしょ」

「出るよ。去年もう少しだったから」


「私も出てみよう」

「そうだよ。一緒に頑張ろうね」


 少しの時間だったが栄太と話ができた。その数分間の会話が今日の嫌な気持ちをどこかへ吹き飛ばしてくれた。


 晴はもう一度クマのぬいぐるみをギュッと抱きしめて眠った。

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