キヨシ、状況を理解
………(少女説明中)
約三十分が経過。外では野良犬と野良猫が喧嘩を始めた声がする。
「……と、いうわけなのよ。わかったでしょ?」
ロッポーちゃんが、部屋の壁に掛かっているカレンダーの前を浮遊しながら言った。
「あ、はい。とてもよくわかりました。だからビリビリはやめて。ごめんなさい」
キヨシは正座して伏目がちにロッポーちゃんと向き合っている。
やけに殊勝な態度をとっているのは、物わかりの悪いキヨシをロッポーちゃんがしたたかに殴りつけて、そのつどキヨシの体には強弱さまざまな電撃が走ったからである。
ロッポーちゃんの説明と自己紹介は、次のようなものであった。
ロッポーちゃんたち、妖精の住んでいる次元の世界には「法と秩序の国」という土地があり、彼女はそこからキヨシの世界、われわれが暮らす現代日本に来た。
日本にも明文化された法令その他が整っており、しかも今日は法そのものを記念する祭日であることを彼女は知り、大いに喜んだのだそうだ。
彼女たちの世界で使われているパソコンの検索エンジンは、次元を超える世界の情報をも覗き見できるという。
異世界にもパソコンがあると聞いてキヨシは安心した。
現実を抜け出して異世界に行ってみたいが、パソコンがないとやってられないなあ、そう彼は思っていたのである。
話を戻そう。
本日、ゴールデンウィークの代表ともいえる五月三日の祝日は、言うまでもなく憲法記念日である。
この世界の人々がどれだけ法と秩序を守り、穏やかで崇高な暮らしをしているのか。
それを確かめようと思い、異世界交流を試みたロッポーちゃん。
日本に転移して真っ先に入ってみたのがキヨシの部屋で、そのパソコンの画面に映し出された文字と、部屋に散らかるメモ用紙の内容に驚愕したのだという。
「確かに年金はサボってたけど、他は別に、法に触れることはしてない、よ……?」
キヨシは自信なさげに釈明する。
パソコンの中には正規ではない経路で入手したファイルがいっぱいだ。
どこからどこまでが合法で違法なのか、彼自身よくわかっていない。
「なに言ってるのよ!」
大きく澄んだ瞳でキヨシをにらみつけ、高らかに叫ぶロッポーちゃん。
「あんたの書いてた小説モドキ、一体なに? この国の法に照らし合わせて、これが許されると思ってるの?」
ものすごい速さで部屋の中を飛び回り、パソコンのモニターや散乱したメモ用紙を、棒でバシバシと叩くロッポーちゃん。
「ああう、パソコンを叩かないでくれよ。パソコンは電気に弱いんだから。それに、俺の小説がなんだって? これは未来の超大作だよ。アニメ化されて映画化されてヒロインにはアイドルが起用されて、試写会で会った俺とその子は恋に落ちて結婚するんだよ」
ワナビが頭の中で思い描く自作は、おしなべて世紀の傑作になるようだ。
キヨシももちろん例外ではない。
日本が平和な国だということを思い知らされる。
「知らないっての。LSDでも食ってるのあんた? もしそうなら最大級にキッツイの食らわせるところね」
「えるえすでぃーってなんだ。新商品のアイス?」
ロッポーちゃんはため息をついてパソコンのモニターに腰掛けた。
いい加減、キヨシの頭の悪さを理解したのだろう。
単刀直入でなければまったく話が進まない。
「あんた、さっき書いてた小説の主人公、年齢いくつの設定にしてるの」
作品内容に対する質問を受けて、キヨシは嬉々として答える。
ワナビは、自作に他人が興味を持ってくれることが、たまらなくうれしいものなのだ。
「ん、冒頭の段階では十三歳だな。そこから一気に成長して、物語が本格的に始まるのは十八歳からだけど」
しかしそのキヨシの回答に、ロッポーちゃんは顔を真っ赤にして憤激し、叫んだ。
「午前中に故郷が襲われて? 休みなしに野山を走って逃げて? 気がついたら暗くなってるって、一体何時間走らせるのよ! 十三歳の子供よ? 児童福祉法違反で労働基準法違反じゃないの!」
普段聞き慣れない言葉を大声でまくし立てられて、キヨシは唖然とするしかなかった。
慣れないと言えば、背中に透明な羽根を持った身長二十センチの美女が部屋にいるという、この状況自体がイレギュラーなのだが。
それ自体は都合の悪いことではないから、これはこれでいい、とキヨシは思っている。
やたらと乱暴でたまに意味不明なことを言うのもキャラ設定だろう、と。
「えと、ごめん、なにが違反だって?」
「だーかーらー! あんたがこの子供に負わせている環境なり行動が、法に照らしておかしいって言ってるの!」
キヨシは一瞬、頭の中が真っ白になり、次の瞬間では「そういえば腹が減ったな」などと考えた。
「ねえB.Bee、じゃないやロッポーちゃん。きっと君はお腹が空いてるからイライラしてるんだよ。冷蔵庫にプリンがあったから一緒に食べ」
ロッポーちゃんの電撃ストライクがキヨシの額に振り下ろされる。
「だだぢぢづづでで! どうして殴るんだあ。ヨーグルトのほうが好き?」
「冷蔵庫の中のプリンとヨーグルトなら、言われる前に食べたわよ。そんなことはどうでもいいのよ! 少しは私の話を理解しなさいよあんた!」
「ええー、食べちゃったのかよ。まあ可愛いから許す。優しくて寛大な俺に惚れるなよ。もちろん惚れろって意味だぜ。お、男ツンデレもいいな。小説に組み込もう」
部屋の中に得体の知れない妖精がいる。さっきから理不尽に殴られ続けている。
というのに、小説創作を第一に考えているキヨシのワナビ根性はたいしたものだ。
「そう、その小説よ。なんて可哀想なの、こんな年端の行かない若い子供をこんなに酷使して。あんたは産業革命当時の炭坑作業監督?」
「可哀想って、小説の中のお話でイテテテ、わかったよ口答えしないよ殴るなよ」
どうやらロッポーちゃんは、キヨシが書き進める小説において、主人公の少年が背負っている苦難に心を痛めているようだ。
キヨシはパソコンに向かい、途中まで書いたシーンや設定を確認する。
「うーん。そんなにひどいかな。ラノベなんてわりとこんなもんだろ? 困難があればあるほど物語の動機が強まるって研究室にも」
「ラノベでもハコベでもモケーレムベンベでも知ったことじゃないわ。法と秩序を司る私の前に、よくもそんなヒドイ話を突き出してくれたわねあんた。覚悟はできてる?」
「突き出したんじゃなくて、きみが勝手に来たんじゃないか」
「いくら頭の悪いあんたでも、その内容を書き直さないとどうなるか、わかるわよね」
キヨシが珍しく的確な発言をしたが、哀れにもスルーされた。
しかしロッポーちゃんの右手で振り回されている棒を見ると、文句を言う気も失せる。
焼き鳥の竹串ほどしかないチャチな棒なのだが、食らうとなぜか重く痛い上に電撃まで走る。
こんな物騒な女ばかりだというなら、異世界もあまり居心地はよくなさそうだとキヨシは思った。
しかし見た目は好みのタイプど真ん中。
肌とワンピースの隙間を必死にチラチラと観察している姿が悲しい。
高圧的な物言いも、慣れたら気持ちよく感じてきたようで、まったく見上げた変態である。
「ふむ、要するに書き直したほうがいいということかな。俺にも芸術の神が舞い降りてきてくれたか。毎日毎日、頑張って書いてるからいつか報われると思ったぜ」
「いや、私は法の妖精だから、芸術とかはわかんないけど」
ロッポーちゃんの言い分を都合のいいように脳内変換し、キヨシは鼻歌交じりで原稿を書き換えた。
次に示すものが、その内容である。
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