大型トラックに堆く積まれていたゴミの山は、三人の手によって、一つずつ降ろし、使えるものと捨てるものとに分けられ、それぞれ青いブルーシートの上に鎮座していた。加えて、使えるものは埃や汚れを可能な限り拭ってもらい、夕日をピカピカと反射させていた。

 十七歳の双子の便利屋、堀川ハナと堀川トリは、朝から専念したこの仕事の成果を眺めて、疲労感と達成感に満たされていた。普段来ている高級着物の上に付けた割烹着が、白から黒の斑模様に変わってしまっているのも、誇らしい。


「ハナちゃん、トリちゃん、今日は本当にありがとう。普段は三日かかる分別と拭き取りの仕事が半日で終わったよ」


 タオルで顔の汗を拭いながら、街の外からトラックでゴミの山を運んできた中年男性の大豊あきらが、爽やかに笑いながら二人の背中に声を掛ける。

 振り返ったハナとトリだったが、先程までの晴れ晴れとした表情は消えて、普段浮かべている仏頂面に戻っていた。


「いえ、当然のことをしただけです」

「こちらは報酬ももらっていますので」


 着物がピンク色と黄緑色ということ以外、全く違いのない双子は、同時に右掌を前に出して、何でもないように返した。

 相変わらずガードが堅いなぁと苦笑する鑑だったが、金銭だけでの報酬では物足りなく思えるので、使える物の方のブルーシートを顎でしゃくった。


「何か一つ、もらって帰りなよ。妹ちゃんたちのお土産にさ」

「それでしたら……」

「お言葉に甘えて……」


 自分達のためよりも、六歳の妹達のためにと言われた方が、この二人はお礼を受け取ってもらえる。付き合いの長い鑑には、それがよく分かっていた。

 偶然、今日の捌いたゴミ山の中には、おもちゃも数多く眠っていた。ハナとトリは、使える物用のブルーシートの、それらが置かれた一角へと歩み寄っていく。


 合図をせずとも手分けして、おもちゃを物色する二人。思い返すのは、四姉妹の「父親」である露岡光明みつあきが、以前我が家に来ていた際に話したことだった。


「もうちょっと、遊べるものがあってもいいんじゃないか?」


 ダイニングテーブルの真向かいの和室で、仲良く協力して、シンメトリーの積み木の城を作っている堀川家二組目の双子、ツキとカゼを、テーブルに頬杖をつき、右の太腿に左脛を乗せるという行儀の悪い恰好をして眺めている光明が、珍しく眉間に皺を寄せながら言った。

 ダイニングテーブルのすぐ隣のカーペットで、着物の帯を畳んでいたハナとトリは、その手を止めて、何を言っているんだろうと彼を見上げる。TPO関係なく、今日も黒のスーツと黒のネクタイの喪服スタイルで、どの角度でも二十代半ばにしか見えない光明だが、髪と瞳が漆黒な所と、顔のパーツの造詣が似通っている点で、自分たちとはやはり親子なんだと意識させられる。


「別に今のままでもいいと思うけれど」

「あの子たちも、不満を言ったことないし」


 ハナとトリが口々にそう返したのを、光明は険しい表情で見つめる。


「積み木とままごとセットとゴム鞠だけで? 今は良くても、その内飽きるんじゃないか?」

「まあ、その可能性はあり得るけれど」

「でも、何のおもちゃをあげればいいの?」

「そりゃあ、ゲーム機とか、タブレットとか」


 光明が特に深く考えずに出した例を、ハナとトリは鼻先で一笑する。


「六歳にはまだ早いわよ」

「そんなの贅沢品だわ」

「……こういう場合、俺と二人とで、立場が逆じゃないか?」


 死神(自称)で千歳オーバー(自己申告)の光明が、顰め面で十七歳の娘たちと自分とを、交互に指差しながら言った。それでも首を縦に振らない彼女らに、頭を掻きながら告げる。


「俺が街の外から買ってくる。それならいいんじゃないか?」

「ここで贅沢を覚えたら、あっという間に転がり落ちるわよ」

「何が起こるか分からないんだから、清貧に勝るものないわ」


 ここまで言い切って、やっと光明は「そういう教育精神なら……」と留飲を下げてくれた。とはいえ、彼はカゼとツキを連れて外食に行ったり、手土産にケーキを持ってきたりなど、懸念材料はまだ残っているのだが。

 「外見だけで舐められないように」という育ての父の言葉を忠実に守って、ハナとトリがお金を掛けるのは、その見た目だけである。実際、普段来ている着物代と日本髪へのセット料とで、家計の殆どは使っているが、そこ以外は切り詰めて生活している。


 光明も「父親」として生活費の援助はしたいと申し出てくれるが、共に暮らしていない相手から取るものは無いと断っている。娘への愛情は人一倍の光明だが、諸事情……というよりも、彼自身のわがままによって、同居は諦めてしまっている。

 それとは別に、ツキとカゼのおもちゃの少なさは、対処すべきかもしれない。そんなことを思って、何かないかと探していると、トリの目の端に、開けっ放しの一つの箱が移った。


「「あ、いいかも」」


 ハナも同じ方向を見て、二人は同時に呟いた。






   △






 露岡光明は、古い木造平屋の堀川家の玄関前に立ったまま、改めて右手の紙袋に視線を向けた。


「これ、喜んでくれるかな……」


 数日前の訪問時、娘のカゼとツキのおもちゃの数が少ないことが気になった。姉であるハナとトリは、このままでもいいと言っていたが、あの時に今度の土産は玩具にしようと考えていた。

 彼が購入したのは、小型のドローンだった。掌の熱を感知して、ついて来てくれるという、少々古いタイプのものだ。ゲームやタブレットははっきり反対されたが、これくらいならばハナとトリも許してもらえるだろうという算段だった。


「しかし、カゼとツキが気に入るかどうかは、別問題だよな……」


 愛しい娘たちはドアの向こうというのに、一人ごちって腕を組んでしまう光明。対象年齢は六歳のおもちゃを選んだが、女の子向けではないような気が、今更してくる。

 むしろ、宇宙関連の事象が大好きな、自分の趣味を反映してしまっているのではないか。子供に自分の好きなものを押し付けるような親にはなりたくないと、思っていたというのに。


 どんどん湧き出てくるネガティブな思考を振り払い、もしも気に入らなかったら、自分がもらおうと開き直った光明は、そのままの勢いで、玄関ドアを開けた。

 ちなみに、彼は死神の能力としてテレポートが使えるのだが、そうやっていきなり家の中に現れると、ハナとトリが反射的に攻撃してくるので、ちゃんと玄関から出入りするように気を付けている。


「こんちはー。土産持ってきた、ぞ――」


 家の中に一歩足を踏み入れた瞬間、光明は違和感を抱いた。旅行先から帰ってきたら、自宅のにおいが気になるような、些細なものだったが、しっかりと妙な感覚がする。

 誰か、客が来ているのかと思った。しかし、三和土の上にあるのは、カゼとツキの靴だけ。この二人は学校が終わっている時間で、ハナとトリは仕事中だろうから、ここに可笑しな点は無い。


 では、何故?

 そんな疑問に急かされるかのように、光明は室内に上がる。勝手に頬を垂れた汗を拭って、カゼとツキの声が漏れている、リビングの扉を開いた。


「「あ、パパ、いらっしゃい!」」


 カーペットの上で、こちらに背を向けて座っていたカゼとツキがこちらを振り返る。カゼが水色の着物で、ツキが黄色の着物、こちらに笑いかけた顔が鏡に映ったかのようにそっくりなのも、いつも通りなのだが、違うのが一点だけ。

 カゼが左手、ツキが右手で掴んでいるのは、以前にはなかったはずの人形だった。青い瞳に金色の髪、白いドレスとボンネットと、絵に描いたようなフランス人形を、光明は驚いて指差した。


「カゼ、ツキ。その人形、どうした」

「「お姉ちゃんたちがくれたの」」

「どこで見つけたって?」

「「ゴミ山の中から!」」


 二人がにこにこと嬉しそうに教えてくれた情報と、そのフランス人形が発する禍々しい霊気を感じ取って、光明は確信する。

 呪いのフランス人形だ! 捨てたら戻ってくるタイプの!


 ……娘を怖がらせたくないので、口には出さなかったが、この状況が非常にまずい。今のところ、異変はなさそうだが、ちょっとしたことでフランス人形が怒りだし、彼女たちを呪う可能性が高い。

 だが、すぐに引きはがすというのは、余計に危険なのかもしれない。光明は、状況を詳しく知ろうと、しゃがみこんでにこやかに娘たちへ話しかけた。


「いつ貰ったんだ?」

「「この前の火曜日!」」

「何か、変なことは起こらなかったか?」

「「変な事って?」」

「例えば、寝ている時に体が動かなくなるとか、ぶつけていないのに痣が出来ているとか」

「「ないよ!」」


 直接的な被害はないことに、光明がほっとしていると、人形をジャンプさせるかのよう字小さく上下させていたカゼとツキが、今度は尋ねてきた。


「「パパも、ふぅちゃんのこと、気になるの?」」

「ん? ふぅちゃん?」

「「お人形さんの名前!」」

「いい名前だな。二人がつけたのか? それともお姉ちゃんたちが?」

「「ううん。名札に書いてあった!」」

「……名札?」


 無邪気な二人の一言に、光明は今まで以上に嫌な予感に襲われた。

 それを裏付けるかのように、人形を床に置いた二人は、着物の裾の中から、二枚に破られた紙の片方ずつを取り出し、彼に差し出した。


「「ほら!」」


 その短冊のような形の紙は、梵字がびっしりと書かれて、辛うじて「封」の文字だけが読めた。光明は、気が遠くなって後ろに倒れそうになるのを、何とか胆力で持ち直す。

 渡された札を手にしてみる。フランス人形の霊力を封じていたようだが、破かれてしまっているのが絶望的だった。これでは、封印をし直すことが出来ない。


「……最初から、破かれていたのか?」

「「ううん。背中にくっついたのを、邪魔だから、取っちゃった」」


 光明の声のトーンから、怒られると思ったのだろう、二人は、しゅんとした表情で答える。そこへ、「「駄目だった?」」と尋ねてきたので、光明は満面の笑みで、それぞれの頭を撫でた。


「うん、いいんだよ。大丈夫だ、大丈夫」


 どこも大丈夫ではないのだが、彼はそう言うしかない。褒められたと思ったカゼとツキは、すぐに笑顔を取り戻した。

 その時、リビングのドアが開く。入ってきたのは、仕事の後に買い物もしてきた、ハナとトリだった。


「玄関に靴があると思ったら、来ていたの」

「事前に連絡してくれれば良かったのに」


 バッと勢いよく後ろを見た光明に、ハナとトリは目を丸くする。そのまま彼に、「ちょっと、話が」とドアの外を指差しながら言われると、頷くしかなかった。


「なんつうもん、拾って来たんだ」


 ドアが閉まるが否や、上の娘と向き合った光明は、目尻を釣り上げた。心当たりがない二人は、同じ角度に小首を傾げる。


「人形のことだ。あんな、悪霊の入った人形をカゼとツキにあげて……何かあったらどうすんだよ」

超えているのに、悪霊とか言っちゃっているの?」

の癖に、悪霊が怖がっちゃっているの?」

「……霊感って、遺伝しないんだな」


 半笑いで憐れむ娘の反応に、光明は歯痒さを感じながら言い返す。リアリストであるハナとトリとのこのようなすれ違いは、これまでも多々あったが、こんなに伝わらないことが悔しいのは初めてだった。


「俺の見立てだけどな、あの人形に関わって、大怪我した奴は一人や二人じゃないぞ。まだ命までは取っていないようだから、ここまで見逃されたようだが……」

「そんなに危ないものっていうのなら、貴方が何とかしなさいよ」

「アニメの死神みたいに、悪霊なんてさっさと成仏させなさいよ」

「ノンフィクションみたいにはいかなんだよな。俺の仕事の相手は生者なんだから、死者に対しては殆ど何もできない。成仏させるのは、天使の役目だ」


 だから何もできないというもどかしさに、頭を掻く光明を、ハナとトリは冷ややかに眺めていた。またそんなこと言って……と、言いたげなのは明らかだった。


「なあ、カゼとツキは何もないって言ってたけど、あの人形拾ってから、本当に異変は起きていないんだよな? 例えば、ラップ音がするとか、知らないうちに物が移動しているとか」


 光明が念を押して確認すると、ハナとトリは、顔を顰めて首を振った。そんな現象起こる訳がないじゃないと、光明は頭ごなしに否定されると思ったが、彼女たちの返答は全く違うものだった。


「しょっちゅう起きているわよ」

「あの人形を拾ってくる前から」

「……マジかよ……」


 雨後の筍のように、新たな問題がポコポコ出てくる状況に、光明は目元を覆ってしまった。自分がこの家に来ている間は何も起きていないのは、霊障の原因が息を潜めているからかもしれない。

 だが、この家に住んでいる当の本人たちは、全く意に介していない様子だった。


「ラップ音は、ただ単にこの家が古いからでしょ」

「勝手に物が動いて見えるのも、妹たちが置き間違えているだけよ」

「……まあ、そう思うなら、別にいいや。それ以上何もないんなら」


 光明は、はあと溜息を吐いて、今一番対処すべき問題を、改めて確認する。


「ともかく、あの人形を回収しないとな」

「物理的に無理だと思うわよ、あの子たち、ずっとふぅちゃんと一緒だから」

「学校にも連れて行っているくらいだからね、いなくなったら、泣き出すかも」

「え? 学校にまで? 怒られないのか?」

「先生によると、しっかり授業に集中できているのなら、大丈夫みたい」

「授業中は、二人のベンチの真ん中にふぅちゃんを置いてるって」

「寛容と言うのか、緩いと言うのか……」


 フリースクールみたいなものだからだろうかと、光明は思う。今度、授業参観があったら行ってみるべきかもしれない。

 ハナとトリははっきり言わずとも、そんなに気に入っているから、妹たちから人形を取り上げるのは可哀そうだと主張している。しかし、いつ悪霊を刺激してしまうのか分からないので、光明の決意は固かった。


「どうすればいいのかは、『あの世幽霊何でも相談センター』に聞いてくる」

「はあ、設定がいっぱいあるって、大変ね」

「矛盾しないように、気を付けないとね」


 娘たちからの生温かい目と言葉を背にして、光明はポケットから取り出したスマホを手に、その場を去った。






   △






『はい。あの世幽霊何でも相談センターです!』


 家の奥の物置前、一度目のコールで電話が取ってもらえたことにほっとしながら、コールセンターの女性に光明は手早く言う。


「死神の露岡光明だ。娘たちが、悪霊が取り憑いたフランス人形を拾って、困っている」

『娘? 養子なんですか?』


 正直に説明したので、コールセンターの女性は無関係な所に食い付いてしまう。そりゃそうなるかと、光明は苦虫を嚙み潰した顔になる。


「そこら辺の説明は、割愛してもいいか?」

『そんなに切羽詰まった状況なんですね。娘さんたちの様子は?』

「……元気に、その人形で遊んでいる」

『悪霊の状態はどうですか?』

「……人形に宿ったままで、大人しくしている」

『なるほど、そうですね……』


 深刻そうなトーンを明らかに落としているコールセンターの女性に、光明は内心焦っていた。虫刺されくらいで救急車呼ぶなと言われているような気分だが、その虫はオオスズメバチなんだと主張したくなる。


『ええと、露岡さんのスマホの位置情報を見てもよろしいでしょうか?』

「ああ、頼む」


 話が進んで、光明はほっとした。この位置情報を元に、悪霊退治をする天使が来てくれるかもしれない。だが、彼の淡い希望は、電話口の『あれ?』という言葉で吹き消される。


『露岡さんが今いる場所、特区ですね』

「え、じゃあ、天使は来れない?」

『申し訳ありませんが、死神以外のあの世の方々は、そちらに足を踏み入れることが出来ません』


 残念そうに言われて、彼は血の気が引いていくのを感じた。黙り込んだ相手を元気づけるように、コールセンターの女性は、慌てて妥協案を挙げる。


『特区の外でしたら、いくらでも対応できますので』

「つまり、その人形を持っていかないといけない?」

『そうなりますねぇ』


 それが一番難しいんだよ。

 対処してもらおうとしているのだからと、そう叫びたいのを堪えて、光明はコールセンターの女性と悪霊退治への詳しい打ち合わせを終えた。






















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