第32話 手鏡
「それがショウさんが探していたものですか?」
俺が奥に入っていく時よりもさらにゆっくりと後ろに下がって、ようやく焼却炉から顔を出して、二人を振り返ると、ミライくんは俺の顔を見て笑った。
俺の顔はとてつもなく汚れていたらしい。
タオルなんて手元になかったため、仕方なく捲っていて無事だった袖で顔を拭いた。
「ああ、奥にあったのはこの手鏡だけだ。他にはなにもなかった」
俺が見つけた手鏡は、鏡の部分以外は炎の熱で溶けてしまったらしい。鏡を覆う黒い部分が溶けかかった氷のように下へと垂れようとしたままの状態で固まっていた。
手鏡は一般的には化粧直しなどのために女性が持ち歩く物だと思っていたが、もしかしたら、これがショウさんの持ち物の可能性もあるのか。
鏡を持ち歩く理由は、身だしなみを気を付けることだが、ショウさんの場合、身だしなみを気にする以前の話で、人前で唾を吐く上に暴言がひどかった。学ランだって、第一ボタンまで留めていなかった。
彼がこの鏡の持ち主だとは思えない。
そもそも、俺達がこの学校に呼ばれた時、俺はなに一つとして、自分の荷物を持っていなかった。
他の人だって同じだろう。持ち物を持っていたら、それを殺人に利用できる。コクリさんが誰か一人に肩入れをする可能性も低い。なにしろ、危険な怪談としての力を駆使してまで殺し合いをさせる奴だ。
誰かに肩入れしてしまって、簡単にデスゲームが終わってしまうことを彼女が望んでいるとは思えない。
「もしかしたら、この手鏡は元々学校のどこかにあったのかもしれない」
「じゃあ、ショウさんは学校にあった手鏡をわざわざ手に入れるためにこの焼却炉の奥に入ったんですか?」
大切なものを焼却炉の中に投げいられ、焼却炉の中に入った生前とは違う。この手鏡がショウさんのものではないという予想はできるが、だからと言って、ショウさんがどうしてこの手鏡のために焼却炉の中に入ったのかは分からない。
「どうして、彼は焼却炉の中に……」
彼だって、焼却炉の中に入るなんて、一歩間違えれば、大変なことになると生前から学んでいるだろう。あの態度を見る限り、生前の自分の行いを反省している様子はなかったが、それでも「焼却炉に入るのは危険だ」ということは身に染みて分かっているはずだ。
しかし、それでも彼は焼却炉の中に入った。
焼却炉で死んだ彼が焼却炉に入る条件はなんだろうか。
まず、周りに自分のことを殺そうとしている人がいないこと。今はデスゲーム中だ。その上、ショウさんは全員を殺すと校内放送で宣言していた。
そんな彼が他の参加者の前で焼却炉の中に入るなんて、自殺行為に他ならない。
次に焼却炉の中に入らないといけない状況にあること。焼却炉の中で手を伸ばしていたことから、彼は奥にあった手鏡をとろうとしていたことが分かる。
手鏡はもっと昔からあったもので、ショウさんが焼却炉の中に入ったのとは関係ないかもしれないとも思ったが、煤が付着している部分以外の鏡の表面は磨かれている。最近まで使っていたものだろう。この小学校では、焼却炉は使用禁止にされているため、小学生が悪戯をしたというわけでもない。
今は留め具を外すだけで開けられるが小学生が入って遊んでも困るため、普段は留め具以外にもこの扉を閉める手段があるだろう。鎖や南京錠を使って、留め具を外せないようにしたり、焼却炉自体をなにかで覆って近づかないようにしたり。しかし、コクリさんによって、この学校のありとあらゆる鍵が開いている今の状況なら、この焼却炉の扉が簡単に開く仕様になっていてもおかしくはない。
この調子だと理科室の危ない薬品棚の鍵もかかっていないはずだ。
「誰かが今夜、この焼却炉の中に鏡を仕掛けたに違いない」
俺は確信をもって、そう口にした。
思えば、今まで、俺は人を信じてきたが、他の人も俺と同じように殺し合いに参加したくないと考えているかは分からなかった。
それに、彼は今までだって、俺達に牙をむかなかっただけで、殺しに対して素直に受け入れていた。
「ねぇ、ミライくん」
俺はビオリちゃんの隣に立っている彼を見た。俺の手にある鏡を見ていた彼は俺を見上げた。
「ミライくんは、もしかして、鏡から鏡に移動できるんじゃないかな?」
彼はにんまりと笑った。
「うん、そうだよ!」
俺が二の句を告げる前に彼はぴょんぴょんと跳ねながら、焼却炉の左横に立った。
「僕が燃やしてやったんだ」
それは紛れもない自白だった。
なんでそんなことを、と聞くまでもない。これはデスゲーム。俺達は殺し合いをしろと言われた。殺しの理由はそれで事足りる。
「ねぇ、おじさん。追いかけっこしようよ」
何故か、すぐにでも、彼の手を掴まないといけない気がして、俺は足を踏み出した。
しかし、俺の伸ばした手が届く前に彼は俺の前から姿を消した。
まるでそれは地面に吸い込まれるように。
「僕のこと捕まえることができたら、おじさんのこと殺さないであげる!」
地面に落ちている銀のコンパクトミラーからミライくんの楽し気な声が響いた。
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