第31話 焼却炉の中
二度目に焼却炉の前に来た時、焼却炉の扉は開かれたままになっていた。俺が開いてそのままにしておいたのだ。
そして、その中には俺達が発見した時と同じようにショウさんの真っ黒のなった足が見えていた。袖口で口と鼻を覆いながら、ビオリちゃんから懐中電灯を受けとって、中を照らしてみる。
奥の方に伸ばされた腕。
無理やりショウさんのことをこの中に押し込んだのだとしたら、きっと彼の手は伸ばした状態になっていないだろう。身体に沿って、扉側に伸びているはずだ。
ということは、ショウさんは自分の意思でこの焼却炉の中に入った。
しかし、腑に落ちない点はある。
彼は生前、焼却炉に入ったところ、後ろから押し込まれて、そのまま火をつけられて亡き人となった。
そんな彼が死ぬ直前と同じように焼却炉に入るだろうか。しかも、火をつけられて死んでいたということは、焼却炉の近くには彼以外に人がいたことになる。
それこそ、生前と同じ結末になると予想できるだろう。
人が傍にいるのに、彼が焼却炉の中に入ろうとする状況がどのような状況なのか分からない。
「そういえば、生前、殺された時はなにか大切なものを焼却炉の奥に隠されたって話だったけど……」
もしかしたら、それはショウさんにとってとても大切なもので、今回もショウさんはそれを奪われて、焼却炉の中にそれを入れられて、取り返そうと中に入ったのかもしれない。
ミライくんとビオリちゃんが目を合わせてから俺の方を見る。
「えっと……ショウさんの死体を引っ張り出して確認するってことですか?」
「それしかないよね? しかも、奥にあるからおじさん煤まみれになっちゃうよ」
「……」
なにもおかしい話じゃない。
この二人に男子高生の死体を動かせと言うのは酷だろう。精神的にもきついと思うし、そもそも二人がそこまで重たいものを運べるとは思えない。
持ち上げて、焼却炉に押し込むのとは違い、焼却炉の中から引きずり出すだけだから、まだ楽なはずだ。
俺がジャケットを脱ぐと、ビオリちゃんが俺のジャケットを受け取ってくれた。袖を捲って、できるだけ服が汚れないようにしてから、俺は焼却炉の中の真っ黒な足首を掴んだ。
「うわっ……」
思わず声をあげる。
生前だって、死んでからだって、きっと俺は死体に触れたことがないだろう。全身を駆け上がってきた悪寒に思わず死体の足首から手が離れそうになる。
しかし、一度手を離してしまったら、もう二度と触れることができない気がして、俺は両手でしっかりと死体の両足首を掴んだまま、足を地面にしっかりつけ、後ろへと引っ張った。
ずる、ずる、と。
勢いよく死体を引きずり出して破損するのを防ぐために俺はゆっくりゆっくりと彼の身体を引きずり出した。どうやら、服は火で燃え尽きてしまったらしい。全身が黒くなっているから、間近で見ている俺しか、彼の身体の細部は分からないのが、唯一の救いだろう。
しかし、服が全て燃え尽きているというのであれば、彼が取り返そうとしたものも燃え尽きてしまってるのではないだろうか。
早くも自分が立てた予想が頭の中で朽ち果てていったが、それでももう彼の太ももまで外に出してしまったのだから、今更また押し込むこともできないだろう。
肩越しにビオリちゃんとミライくんのことを確認すると、二人とも先ほどよりも俺から距離をとっているようだった。
普通、他人の死体なんて近くで見ようとは思わないから当然のことかもしれない。
しかし、ちょっとは手伝ってほしいとほんの少し感じながら、俺は死体に視線を戻した。
見事に全身真っ黒だ。
彼も生前と同じような死に方をするとは思っていなかっただろう。ジゲンさんのことを燃やした自分が、逆に燃やされるなんて思ってもいなかったはずだ。
怪談としての力はあるが、それ以外は普通の人間と変わらない。
これはそのような制約の中、コクリさんによって仕組まれたデスゲームだ。
コクリさんはいったいなんなのか、神なのか、俺達と同じ怪談なのか。
それは分からないが、とにかく、俺が今すべきことはショウさんの死体を引きずり出して、彼がなんのために焼却炉に入ったのか確認することだ。
「あっ」
焼却炉から出ているショウさんの身体が胸元を超えたあたりで、残りの頭と手ごと、どすんと地面に落下した。落下した身体に引っ張られそうになって、俺は思わず手を離す。
俺の後ろでビオリちゃんとミライくんも「あっ」と言いたげな顔をしていた。人のことを焼却炉から引きずり出すのだ。これぐらいのハプニングはあると先に二人に言っておくべきだった。
「乱暴にしてごめんなさい、ショウさん」
俺は地面に落ちたショウさんに両手を合わせた。
彼はうつ伏せの状態で焼却炉に入っていたため、引きずり出した時、自然と顔面を地面に叩きつけられることになった。本当に申し訳ない。
彼の手元を見る。
焼却炉の奥へと伸ばされた手は、なにも掴んでいなかった。どうやら、探し物を手に入れることはできなかったらしい。燃えていたとしても掴んでさえいるのであれば、手を握るような形で彼は死んでいるはずだ。
まだ焼却炉の奥に、彼が探していたものがあるかもしれない。
俺はショウさんを引っ張り出している間、ミライくんに渡していた懐中電灯を受け取って、焼却炉の奥を照らした。
「ん?」
焼却炉の一番奥に懐中電灯の光を反射する何かがあった。しかし、俺が手を伸ばしたところで、奥に伸びているこの焼却炉の奥にある物を手にすることはできない。
「二人ともちょっと待っててね」
俺は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
生前のことを全て思い出したわけではないが、俺に焼却炉に入った記憶はないはずだ。たぶん。
しかも、人が入って焼かれてしまった後の焼却炉に入るなんて、絶対に経験したことがないだろう。
息を整えてから俺は腰を曲げて、懐中電灯を持ったまま、焼却炉の奥へと匍匐前進をした。どうやら、俺の身体は匍匐前進などまともにしたことがないみたいでかたつむりほどのスピードで俺は焼却炉の中を進んでいた。
俺が焼却炉の奥にあるそれに手が届くほど奥に入った時、焼却炉の開いた扉に俺の脛があたった。
「これは……」
手を伸ばして、俺が掴んだそれは、女性ものの手鏡だった。
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