第30話 再び二階トイレ前


 俺達は離れ離れになった二階のトイレ前まで来ていた。


「ショウさんはあっちの方から来たよね?」

「ええ、そうですね」


 俺が理科室がある方向を指さすとビオリちゃんが頷いた。


「それでビオリちゃんが三階に行って、俺が少し待ってからまっすぐ反対方向に走り出したけど、ショウさんは俺を追ってこずに階段の方へと走っていったから、俺も慌てて戻ったんだ」

「うーん、でも、私はショウさんのことをあの後、見かけてなくて……」


 ビオリちゃんから証言を聞いても先ほどと同じだろう。俺はミライくんの方を見た。


「ミライくんはあの後、ずっとトイレに隠れていたの?」

「うん! 外から皆の声が聞こえて、トイレから出ない方がいいと思ったんだよ。しばらくして、お姉ちゃんがトイレの前から僕のことを呼んだから合流したの」


 その後、二人はトイレ傍にある階段とは別の教室側の三階と二階の間の踊り場で気絶している俺のことを見つけたのか。このトイレ近くの階段は横に長い校舎の中でも真ん中に位置しており、このまま一階に下りると、校庭に繋がっている下駄箱に繋がっている。


「ビオリちゃんのことをショウさんが追いかけて行ったかどうかはともかく、ショウさんがそのまま焼却炉の方に向かったとしたら、この階段を通っていったと思うんだ」


 俺が上へ向かう階段ではなく、下に向かう階段を指さす。


「じゃあ、ショウさんはこの階段を通って、下駄箱からそのまま焼却炉に? いったいどうして……」


 ビオリちゃんが廊下から階段へと足を進めて、一段下りて、こちらを振り返った。俺もミライくんも彼女の後に続くように階段を下りる。

 ふと、階段を下りる時に、目の前に人影が見えたような気がして、身を構えてしまったが、それは踊り場の大きな鏡に映る自分達だった。


「おじさん、怖がらなくていいよー」

「い、いや、怖がってないから……」


 ミライくんには鏡の中の自分を見て俺が驚いてしまったことがバレてしまったみたいで、俺は急に恥ずかしくなってしまう。

 むしろ鏡に恐怖したり、忌避したりするのは俺よりもミライくんではないかと思う。だって、彼は鏡の中にいる自分と入れ替わってしまったせいで、生きることができなくなった。しかし、自分と入れ替わった鏡の住人は、今もこの世で生きている。

 零時に鏡なんて見なければ、そんなことは起こらなかっただろう。この中で、彼が一番、鏡を嫌っているに決まっている。

 俺はミライくんの手を引いて、さっさと鏡の前から移動することにした。懐中電灯を持っているビオリちゃんが下駄箱まで先導してくれる。


「焼却炉に行くには、この下駄箱を通らないとですね。窓を通れば行けるかもしれませんけど、わざわざ窓を通ろうとするメリットはありませんし……」


 俺もそう思う。

 わざわざ窓を開けて外に出る必要もない。まぁ、ショウさんならやりかねないが。


「ノートを見る限り、ショウさんはこの小学校の出身じゃないから、焼却炉はたまたま見つけただけで、どこにあるかどころか、あることも知らなかったと思う。だから、わざわざ焼却炉近くの窓から外に出る可能性も低いんじゃないかな?」

「そうですね」


 俺達は下駄箱を通り過ぎて、外に出た。生温い風が頬を撫でる。彼の死体を見に行くのはこれで二回目だ。最初は本当に死体があるのか半信半疑だった。

 今は死体があると分かった状態で焼却炉に向かう。

 憂鬱だ。何故、また死体を見に行かなければならないのか。


「土が固いから足跡も残らないですね……」


 校舎の壁に沿って、焼却炉に向かいながら、ビオリちゃんが足元を照らしてそう言った。自分の足元の土を踏んでみる。かすかな足跡もつかない。固い地面と風で舞い上がってしまう少ない砂のせいで、足跡がついてもすぐに消えてしまうのだろう。

 これではショウさんがどのように焼却炉に向かったのかを推測することもできない。まぁ、足跡が見えていたところで、俺達は二回はこの道を通っていることになるから、彼の足跡など掻き消えてしまっているだろう。


「ねぇ、あの焼却炉のお兄ちゃんって、本当に焼却炉で死んだの?」

「え?」


 ミライくんの言葉に俺は彼を見た。


「それって、ショウさんの生前のこと? それとも今のこと?」


 今の話をしているとしたら、ミライくんはショウさんのことを誰かが殺してから焼却炉に運んで火をつけた可能性を示唆していることになる。

 しかし、それは難しいだろう。

 例え、見た目と存在する年齢が比例しない怪談である俺達でも、見た目と身体的な力の強さは比例している。実際、ビオリちゃんとミライくんよりも俺の方が足が速いし、体力もあると思う。

 ショウさんの身長はだいたい百八十に届くか届かないかくらいで、筋肉も平均的にはついていただろう。

 そして、意識のない人間は意識がある人間よりも運びにくい上に、重い。ミライくんは小学生くらいの力しかない。ビオリちゃんも女子高生でたぶん体育会系ではないだろう。タヌキさんもスーツの上からでも分かるほど腕や足が細かった。

 俺以外の三人に意識がない状態のショウさんを焼却炉まで引きずって、持ち上げて、焼却炉の奥まで押し込むことができるとは思えない。


「生前のこと! だったら、すごい偶然だなって」

「ああ……生前と死に方が一緒だって?」

「うん!」


 どうやら、ミライくんは今のショウさんの死に方の話をしているわけではなかったらしい。

 俺は少しだけほっとした。

 ミライくんとビオリちゃんが、殺してからショウさんが焼却炉に入れられたという説を押すのであれば、必然的に一番ショウさんのことを殺した犯人として有力なのは俺になるからだ。

 これは少しまずい状況だ。

 二人とも俺のことを信じてくれているとは言え、濡れ衣だとしても少しでも人殺しをしたと思われたら、俺はその途端に二人からの信頼を失ってしまう。

 それは嫌だ。そうなれば、三人で動くことはできなくなり、バラバラになってしまうだろう。そうなったら、俺は二人のことを守れなくなる。

 それだけは回避しなければ。

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