第39話 おいでおいで


 俺の怪談の名前は「死の案内人」だ。物騒な名前だが、その実、俺自身に人を殺すような大層な力はないだろう。


『夜にあの山の道を車で通ろうとすると、変な声が聞こえてくるんだって。

 女性の声で「おいで」「おいで」男性の声で「おいで」「おいで」どんな声で呼ばれるのかは人によって違うけど「おいで」って言われるのは変わらない。

 でも、そのまま車を走らせているといきなり前方に頭から血を流した男の人が立っている。怖い顔をして、車の前を塞ぐように立っている。

 その男の人は道とは別方向を指さすけど、そちらに道はない。道は確かにその男の人の後ろにある。

 だからって、その人のことを無視して、進んじゃいけないよ。

 だって、その人のことを通り過ぎたら、崖に落ちちゃうからね。』


 誰かによって語られている俺の怪談は、俺が直接人に危害を加えている様子はなかった。


 しかし、妙な違和感に襲われる。


 この話に出てくる奇妙な怪奇現象は本当に全て俺がやったことなのだろうか。

 わざわざ崖とは違う方向を指さして示すのなら、どうして「おいで」と言って人を導いたのか。どうして、本当に道がある場所に道がなくて、崖がある方向に道が見えるようになるのか。

 もし、俺が「おいで」と人を惑わして、崖がある方向に誘い出して、俺の姿を見せて、崖の前に立ち、本当の道を示していたら、ただただ性格が悪いとしか言いようがない。

 人を試すようなことを繰り返しているのだ。


「……ショウさんもジゲンさんもビオリちゃんもミライくんも、そして、タヌキさんも、自分がどんな怪談の力を使えるのか覚えていた……」


 俺が自分の怪談としての力がピンと来ていないのは、こうして怪談を知るだけでは自分の怪談としての記憶がまだ曖昧だからだろう。

 正直、夜の山も血塗れの自分も車も崖も、あまり実感が沸かない。


「思い出すしかないか……」


 コクリさんはノートにびっしりと俺達参加者の情報を書いていた。それは生前のことも死んだ後に残された家族のことも。これでもかというほどこちらの神経を削るような情報が載せられていた。


 俺は胸に手を当て、息を整えてからノートのページを捲った。

 俺の名前や俺の死後の母親のことならもう分かっている。俺が知りたいのは俺の生前だ。

 事故で死んだのか、それとも自殺したのか。

 それだけが知りたかった。コクリさんなら、それも知っているかもしれないと思った。


 ノートには俺が生まれた時から、死んだ時のことまで書かれていた。


 俺がこの小学校の裏の山で死んだ。そして、俺が死ぬ一週間前。

 俺の恋人の葬式が行われた。

 恋人は心臓に疾患を抱えていて、闘病の甲斐なく、すんなりと亡くなってしまった。それは彼女がもうすでに生きることを諦めていたせいもあるだろう。彼女の両親は淡泊で、自分の娘が亡くなったことに対して、涙を流さなかった。二人とも仕事人間で自分のお見舞いにもあまり来ないと言う彼女の悲し気な表情を思い出した。


 彼女の名前は凛花。

 彼女は名前の通り、死ぬほんの前までまっすぐ太陽の方を見る花のように美しかった。

 そして、彼女は俺に大往生して幸せになるようにと呪いをかけた。しかし、その一週間後、俺は車を運転しながら山道から崖に転落した。

 俺が車で崖から転落したことは、コンピュータ室で調べた記事にも書かれていたことだ。


 しかし、ノートに書かれているのはそれだけではなかった。


「おいで、おいで……」


 俺の怪談に出てくるはずのその言葉が、俺の死ぬ間際の記録に載っていた。

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