第37話 ぐしゃぐしゃ
ぐしゃりと頭全体に響く音と共に、俺は目を見開いた。
頭から被っている布の感触、自分が座っている固い床の感触、手を伸ばせば掴むことができる懐中電灯にノート。俺は屋上から落ちて死んだわけじゃない。ここは屋上でも宙でも外でもない。
しっかりと、まだここにいる。
心臓は動いていないが、しっかりと生きている。
目を瞑っていた間にビオリちゃんに見つかって、包丁で滅多刺しにされたわけでもない。俺は慌てて、自分の身体を服の上から触って確かめた。どこも怪我をしていない。
もし、俺の心臓が動いていたら、早鐘のように鼓動がうるさかったことだろう。生きていたら、汗が滝のように流れていたことだろう。
死んだ俺にあったのは、腹の底から湧き上がる気持ち悪いほどの冷えだった。
「ビオリちゃんが……死んだ?」
口から出たのはそんな呆気ない言葉。
なんだか、現実味がない。
先ほど、俺はミライくんのことを刺し殺す彼女のことを見た。そんな彼女がすでに死んでいるとは思えなかった。そもそも、俺達はこのデスゲームに参加させられた時点で、怪談の時の力を少し使えるだけで、身体は生身の人間と変わらないと言われたのだ。
何度も死ぬことなんて、できないだろう。
しかし、彼女は確実に死んだ。俺が目瞑っている間、俺は確実に彼女の死を見た。きっと俺はこの短時間で眠ってしまっていたのだろう。だからこそ、夢で彼女の最期を見ることになったのだ。
彼女の怪談は、四時四十四分に繰り返し飛び降り自殺をする彼女と目が合うと、彼女が死ぬ時のことを追体験するというものだ。
それは彼女についての情報が書かれているノートにも記載されているから、間違いではないだろう。
となると、彼女が怪談としての力を発揮することができるとしたら、やはり、怪談通り、彼女は屋上から地面に落下しなければいけないのだろう。
そして、俺は彼女と目が合ってしまった。今まではぼんやりとしか覚えておらず、きっと俺が「目が合った気になっているだけ」だと思っていたが、記憶を振り返れば振り返るほど、あの時、彼女と目があったのは、本当のことだと思えるようになってきた。
彼女が飛び降りて、目が合って、俺が彼女の夢を見ているということは、答えは一つ。
ビオリちゃんは死んでいる。
しかも、俺が図書室にいる時。
夢の中で彼女が飛び降りて、俺と目が合った時、図書室の電気はついていたから、彼女が飛び降りたのは、ビオリちゃんがミライくんのことを殺して、俺が図書室に逃げ込んだ後のことではない。
俺たちが図書室の電気をつけていたのは、ミライくんとビオリちゃんとこの教室に来て、ノートを確認していた時のことだ。そして、彼女は自分の情報が書かれているノートを見て、自分は消滅した方がいいと言い出した。
彼女が生前、どのような理由で亡くなったのかを聞き、怪談として生きている間にも彼女の復讐したいと思う気持ちがどんどん大きくなっていっていることを告白された。そして、今もなお、その気持ちは健在で、彼女は自分をいじめた人間にさらなる復讐を求め、さらには学校関係者にも復讐をしたいと考えていた。俺は彼女に対して、気の利いたことはなに一つ言えなかった。
俺には、彼女になにか言う資格は、なかったんだと思う。
あの後、彼女は頭を冷やすと言って、図書室から出て行ったが、あの時、図書室の真上から落ちたとしたら?
俺は、彼女と目が合った。それは気のせいではない。
しかし、その目が合ったという記憶をぼーっとしていたで片づけてしまったのは、すぐにビオリちゃんが図書室に戻ってきたからだ。
彼女はいつの間にか、図書室に戻ってきて、俺に声をかけた。
「……いや、誰だ?」
ビオリちゃんはあの時点で死んだ。
俺は飛び降りたビオリちゃんと目が合った。
彼女は今怪談ではない。飛び降りてしまったら、死んでしまう。それで終わりだ。
俺は頭から被っていたブランケットを剥いで、懐中電灯を手にした。
「……覚悟を決めろ。見るんだ。見ないといけない。俺は……」
窓の前に立つ。
決断しなければいけないことは分かっている。
もし、彼女の怪談としての力が、人に自分が死ぬ場面の夢を見せることと、さらには何度も飛び降り自殺しても死なないというものだとしたら、彼女は死なずにミライくんを殺して、今は俺のことを殺すために俺のことを探しているに違いない。
しかし、彼女が死んでいたら?
下にビオリちゃんの死体があったら?
俺はどうしたらいいんだ?
図書室に帰ってきたビオリちゃんはいったいなんだって言うんだ。ショウさんの死の原因を探ろうとしたビオリちゃんはいったいなんだって言うんだ。ミライくんを殺したビオリちゃんはいったいなんだって言うんだ。
彼女はいったいなんなんだ。
分からない。
でも、分かることは一つある。
あんな風に飛び降りたビオリちゃんが、俺とミライくんのことを殺したくない、殺すことを考えたくないと言ってくれたビオリちゃんが、俺とミライくんに包丁を向けるわけがない。
だからこそ、俺は窓を開けた。
絶対にそこにあると、信じて、窓から顔を出す。
落ちてきた彼女が通った窓を開け、俺は懐中電灯をつけて、下を照らした。
そこには、ぐしゃぐしゃになった彼女の死体があった。
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