第三幕 うしみつどき
第35話 逃亡
俺はデタラメに走った。
ミライくんに包丁を刺したビオリちゃんに背を向けて、彼女の視界から消えるためにがむしゃらに走った。
一度、階段を下り、一階に行ってから一階端の図工室まで行き、二階にあがった。ビオリちゃんは俺のことを追って一階に向かったみたいで、二階にはすでにいなかった。
「ミライくん……」
俺はなにも入っていないのに腹の底からなにかがこみあげてきそうで、思わず手で口を押さえた。
俺がビオリちゃんに背を向けた時、ミライくんは胸を刺されていた。しかし、俺が再度ミライくんのことを発見した時、彼の胸以外にも腹と首、数か所に刺し傷があった。
触れなくても彼が死んでいるというのは分かる。元から心臓は動いていないが、それでも、ミライくんの身体が動くことはないのだと分かる。
「どうして……」
先ほどから何度も呟いている言葉をもう一度呟く。
どうして、ビオリちゃんがミライくんのことを殺すんだ?
彼女は確かに復讐したい人がいると言った。しかし、それでも彼女は自分のことを大人しく消滅しないといけない存在と言っていた。そんな彼女がこんな短時間に心変わりして、他人を殺してまで生き残る選択をしたというのだろうか。
今まで一緒に行動していたミライくんをこんなに簡単に殺せるなんて。
いったい、なにが彼女にそうさせているんだろうか。なにも分からなかった。
俺はミライくんの死体に背を向けて、図書室へと駆け込んだ。鍵さえかけていれば、彼女が中に入ってくることはない。
俺は手元の図書室の鍵を握りしめた。一階にわざわざ行ってから二階に戻って図書室に駆け込んだのは、外から開けられる可能性がある鍵を俺の方で先に回収するためだった。
図書室の扉を閉めて、二か所ある扉の鍵を内側からかける。
それでも、もしかしたら、彼女に見つかるかもしれないと思って、書架スペースの本棚の影に隠れた。
ただただ鍵をかけるだけでは彼女に俺が隠れている教室が丸分かりだろう。
だから、ここに来るまでの教室の鍵をできるだけ持ってきて、外側から鍵をかけておいた。今、一階の真ん中から図工室までの扉と、二階の理科室から図書室までの扉は全て鍵がかかっている。
これで彼女は俺がどこに隠れているか分からないだろう。鍵は全て俺が持っているため、彼女が鍵を使って、教室の扉を開けて、中を確認することもできない。
息を吐こうをした、その時だった。
がたがた。
書架スペースの死角の床に座り込んだまま、両手で口を押さえる。鍵がかかっている扉を引こうとする音がなにもない図書室に響いた。
もしかしたら、開けようとしているのはビオリちゃんじゃなくて、一人で行動をしているタヌキさんかもしれない。
ビオリちゃんはきっと俺が鍵をかけたのは隠れている教室を悟られないためだと理解するけど、タヌキさんはなにが起こっているか把握できないだろう。
彼女がビオリちゃんから隠れる場所を奪ってしまったことは申し訳ないと思うが、彼女のことだから、ビオリちゃんと出会ったとしてもきっと警戒して、ビオリちゃんに近づかないだろう。
それに、タヌキさんも包丁を持っていたから、ビオリちゃんだって、凶器を持っている人間に対して無策で突っ込むようなことはしないはずだ。
「どうして、俺はこんな時まで人の心配をしてるんだ……」
きっと生前の俺の生き方が影響していると思うが、今は他人のことなんて構っている余裕はないだろう。
これは生きるか死ぬかのデスゲームなのだ。
いや、消滅するか復讐するかの理不尽なゲーム。
最後の一人にならなくても、朝を迎えたら、生き残っている者は全員コクリさんによって消されるだろう。
そもそも、語られている怪談が、怪談が存在する場所から離れて長く存在できるわけがないだろう。俺達はここに連れてこられた時点で自身の怪談としての消滅を覚悟しなければならなかった。
だから、俺は自分のことを連れていこうとするコクリさんに抵抗したのだろう。
俺には自分が死んだこの学校の裏の山から離れたくない理由があったから。
幸い、この図書室には、デスゲームに参加した人間の情報をまとめたノートが全員分ある。俺は懐中電灯を使わずに四つん這いになって、テーブルへと向かった。
扉の小窓から懐中電灯の光は見えない。きっと扉を開けようとしていた人物はこの図書室の前から離れたのだろう。
それでも動いていないはずの心臓が痛いくらいに緊張しながら、俺は書架スペースに一番近い俺のノートを手に取った。自分の情報が載っているノートを手にしたら、次のテーブルに行き、ノートをとる。そして、また次に。
六人分のノートを集めると、俺は身を屈めたまま書架スペースの端に戻った。
図書室の椅子の上に誰かが忘れたらしいブランケットがあったので、俺は頭からそれを被って、その下で懐中電灯をつけた。
ビオリちゃんがどうしてミライくんのことを急に刺したのか、答えが欲しかった。
しかし、いくら彼女のノートを見ても、彼女が生前、いじめられていて、いじめに対して、強い恨みを抱いていることぐらいしか分からなかった。
彼女が亡くなった後、彼女の両親はこの土地から引っ越したらしく、その後のことは書かれていなかった。彼女のことをいじめた四人はこの市内から引っ越していないみたいで、彼女が死んだ後のいじめた側の人間のことは事細かに書かれていた。
「もしかして、この市内にいる人間のことしか分からないのか?」
コクリさんの力の影響がこの市内だけのものだとしたら、他にもデスゲームにぴったりな怪談もある中、この市内の怪談だけをこの場に集めた理由も分かる。
コクリさんはこの市内の怪談しか集めなかったわけじゃなくて、この市内の怪談しか集められなかったのだ。
「ビオリちゃんが心変わりした理由は分からないままか……」
俺はブランケットを頭に被ったまま、懐中電灯を消した。真っ暗な中、今まで張りつめていた緊張が切れたようで、瞼が重い。
少しだけならいいか、と俺は目を瞑った。
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