第28話 動機


 ふと、思う。

 いじめを苦に自殺をして、未だにいじめてきた相手を恨んでいる彼女が、同じようにいじめる側の人間かもしれないショウさんのことを許せるわけがないんじゃないかと。

 ショウさんが本当に「焼却地獄さん」なのかは分からないが、彼の本当の怪談がなんにせよ、ビオリちゃんは彼のことをいじめをしたことが原因で死んだ末に今も尚、人を焼却炉に引きずり込んで命を弄んでいる「焼却地獄さん」だと思っている。

 ビオリちゃんが、俺とミライくんに「焼却地獄さん」について話すよりももっと前にショウさんの怪談が「焼却地獄さん」だと気づいて、彼がいじめる側の人間だと判断したらどうなるだろう。

 それは殺害の動機になるんじゃないだろうか。

 デスゲームに参加させられて、殺人の動機なんて馬鹿げたことだと思うが、普通、人を殺すのって仕方がない動機あるはずじゃないだろうか。


「ビオリちゃん……ショウさんは」


 彼女は席を立った。

 俺の横を通り過ぎて「ショウ」と書かれたノートを開く。彼女が渇いた笑い声を漏らす。


「ほら、やっぱり……」


 彼女は振り返りながら、そのノートを俺に向けって放った。俺と彼女の間に落ちたノートが床を滑り、俺の靴のつま先に当たる。

 かがんでそのノートを手に取る。


 ショウさんの生前の名前は「富本翔平」。亡くなった時の年齢は十八歳。高校三年生の時に学校の焼却炉で事故死したことになっている。

 事故死になっているのは、誰も彼もが「彼が焼却炉にいるなんて知らなかった」と答えたからだと言う。そして、驚くべきことに彼の父親も母親も、息子が事故で死んだことをすんなりと受け入れたらしい。

 焼却炉の扉の留め具がかかった状態で、中で焼けていたにも関わらず、誰もそれについては触れなかった。警察が現場検証をした時には留め具は何者かによって外されていたらしい。


 彼の死は、誰にも悲しまれなかった。


 葬式は家族だけで行ったらしいが、時間も金もかけられなかった。

 彼は自分の周りの全員に恨まれていた。死を悲しむ価値もないと。それは彼が学校ではクラスメイトや教師に対していじめを繰り返し、家でも暴れて、父親と母親に対して暴力を振るうこともあったからだろう。


 ノートにはビオリちゃんから聞いた話よりも周囲から恨まれていたことが詳しく知ることができた。


「焼却地獄さんの話を聞いた時、思ったことがあるんです」


 彼女はにこりと微笑んだ。もう涙は出ていない。


「死んだ後まで人に迷惑かけないでよって」

「……」

「だから、ショウさんが焼却地獄さんだって気づいた時納得したんです。ああ、殺されても文句言えないなって。さっさと死ねばいいのにって」


 彼女はおかしそうに声をあげて笑った。先程の下手くそな笑い声の面影はなかった。


「生前でも人を傷つけて、死後もあんな態度で一切反省してない。救いようのないクズっているんですね」

「……そうだね」


 俺は唇を噛みしめた。


 どちらの立場にも立てない。いじめは悪いことだ。人殺しは悪いことだ。口では言える。でも、今ビオリちゃんに必要な言葉は「いじめをした人間だからといって殺しはダメだ」なんて、そんな上辺だけの言葉じゃない。


 ビオリちゃんは肩を竦めた。


「いいですよ。無理に肯定しなくても。……アナイさんはそんな人じゃないって分かってますから」


 彼女は迷いのない足取りで扉の方へと向かった。


「少し、頭を冷やしてきますね」


 その手には懐中電灯を持っていた。


「でも……」

「大丈夫ですよ。私、これでも足は速いんです」


 俺はそれ以上、彼女のことを止めることができなかった。彼女はにこりと微笑むとそのまま、部屋から出て行ってしまった。

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