第26話 図書室
俺達が一階から二階にあがったが、その間タヌキさんと会うことはなかった。たまたま会っていないだけか、彼女の方から俺達の気配を察知して避けているのかは分からない。
しかし、ショウさんに怯えて、神経を尖らせながら移動していた時と比べるといささか心持ちは楽だった。
「やっぱり、タヌキさんがショウさんのことを殺して、私達が喧嘩して離れ離れになるのを待ってるんですよ」
ビオリちゃんは不安そうに周りに視線をやり、自分の腕を抱きしめるようにしてさすった。
「離れ離れにしたところを狙って殺す方が確かに確実だろうしね」
俺は頷く。タヌキさんがショウさんのことを殺した確固たる証拠はないが、俺達が離れ離れになったら、タヌキさんにとってそれはチャンスだ。
とりあえず、また三人で俺達は学校の中を歩くことにした。俺達が対処しないといけないタヌキさんについての情報がまだこの校舎内に残っているかもしれないからだ。
「あと行っていないところがあるとしたら、ここですね」
そう言って、彼女は頭の上のパネルを指さした。
そこには「図書室」と書かれている。
教室を一つずつ調べるのは後回しにして、理科室や音楽室といった特別な教室から調べることにしたのだ。
それに、図書室はコンピュータ室とは違った調べ物をする場だ。情報を置くにはうってつけの場所だろう。
やはり、他の教室と同じように扉に鍵はかかっていなかった。
だとしても内側から鍵をかけることが可能なので、俺達は入った後、鍵をかけて、電気をつけた。
これでタヌキさんが来たとしても、彼女は職員室から鍵を持ってくるか、この扉を蹴破る以外、この部屋に入る方法がない。
「……まさか、コクリさんがこんなにいい加減な性格だとは思わなかったよ」
「私もです……」
「わー! これ、みんなの本⁉ 僕のもあるー!」
本棚が並んでいる書架スペースの手前には、本を読むためのスペースが広がり、広いテーブルに椅子が六つずつ並んでいた。テーブルも六つ、二つ並んだ状態で三列で並べられている。
そして、六つあるそのテーブルごとに、ノートが置かれていた。
入口に一番近いテーブル上のノートを手に取る。その表紙には太い黒のマジックペンで「ビオリ」と書かれていた。その隣のテーブルには「ミライ」。奥のテーブルには「ショウ」。
他にも「タヌキ」「ジゲン」「アナイ」と俺達が自己紹介の場で名乗った名前が書かれていた。その黒く太い字は、子供が書いたもののように妙にカクカクとしていた。
どうやら、コクリさんによって退場させられた女性は、デスゲームの参加者ですらないので情報がないらしい。
「バラバラの場所に置くとかなかったのか……」
「そうですよね。最初に来た人が全部読んだ上で燃やす可能性だってあるのに……」
ビオリちゃんも俺もコクリさんのいい加減さに呆れて肩を落とした。ミライくんは六人分の情報が一か所に置いてあることについて、まったく気にしていないようだった。
自分の名前が書かれているノートが気になったのか、彼はテーブルにぴったりと収納されている椅子を引くとそれに座って、自分の名前が書かれているノートを開いた。
「うわっ」
途端、彼が声をあげる。思わず、声をあげてしまったようで、俺とビオリちゃんがミライくんのことを見ると、彼は間違えて苦い味の食べ物を口にした時のように眉間に皺を寄せて、口をへの字にした。
「これ、気持ち悪い~」
「気持ち悪い?」
ビオリちゃんが首を傾げて、自分の名前が書かれたノートを手に取った。
途端、その顔が青くなる。
「ビオリちゃん?」
彼女はすぐにノートを閉じた。しかし、すぐに「大丈夫です……」と言って、椅子を引いて座り、またノートを開いた。
ノートに書かれている内容はそんなにひどいものだったのだろうか。この市内で語られている怪談の内容だけが書かれているとばかり思っていたから、俺は首を傾げつつ、二人から離れて、書架スペースの近くにあった「アナイ」と表紙に書かれたノートを手に取った。
相内朋広。享年二十七歳。
相内幸喜(父)故四十六歳。相内京香(母)故五十五歳。他に家族はおらず。
目で文字を追うにつれ、眉間の皺が深くなる。
「……」
二人が気持ち悪いと言った理由が分かった。
自分の家族、親類の情報。誰がどの年齢で死んだかも分かる。次のページには葬式に参列した人間の名前のリストが並んでいる。そんなリストをわざわざノートに載せるなんて、嫌がらせとしか思えない。
このリストを見る限り、俺は友人にも親戚にも葬式に参加してもらえたらしい。会社の人間の名前もあった。
他にも生前に暮らしていた場所の全ての住所が記載されていた。怪談の話など後回しだった。そのノートにはとにかく、生前の自分についてしつこく調べたかのような情報が記載されていた。
そして、なによりも悪趣味だと思ったのは、俺が死んだ後の残された家族の状態を事細かに記した年表だった。
俺が死んでから、すでに父も亡くしていた母はショックのあまり外に出ることができなくなったらしい。しかし、それから、身体が丈夫なわけでもないのに、何度も俺が死んだ山に通って、花を置いていたらしい。
そして、俺が死んでから二年経つと、一人になった母は、言い始めた。「山で息子に会った」と。
山で俺と会い、言葉を交わして「もう暗くなるから」と俺が心配して、山から帰されたのだと母は周囲の人に言っていたという。そんな母のことを周りの人達はきっと息子恋しさに幻覚でも見ているのだろうと思った。
しかし、山での目撃情報は母以外からも証言があり、俺が死んだ付近で俺に似た風貌の男に会うことがあると噂が流れ始めた。
そして、俺が死んでから三年経った頃に、母は山を下っている時に転倒してしまい、その時に足を折り、人に気づいてもらえずにそのまま衰弱して亡くなった。
俺が死んだせいで丈夫ではない母を山に通わせて死なせてしまったのだ。父は俺が死ぬ前に死んでいるから、俺が死んだことによって影響を受けることはなかったが、父が死んでいなかったら、母がこんな風に一生を終えることはなかっただろう。
分かったことがある。
俺の怪談話は、母が山の中で会った俺のことだ。
死んだはずの俺が山で現れて、人に声をかける。
いや、この内容だけで怪談話として噂が広まるとは思えない。「あそこに幽霊が出るんだって」というだけでは「へぇ、そうなんだ」と頷いて話は終わってしまう。
他にも俺は怪談らしい何かをしたのだ。
次のページを捲ろうとして、俺の指は止まった。
後ろからがたんと椅子が倒れる音がしたからだ。
後ろを振り返ると、ビオリちゃんが立っていた。ミライくんと同じように自分の名前が書かれたノートが置かれたテーブルの椅子を引いて座っていたはずだ。しかし、彼女が座っていた椅子は彼女の後ろに倒れている。
俺は「アナイ」と書かれたノートをテーブルの上に置いて、彼女に駆け寄った。
「ビオリちゃん? 大丈夫?」
彼女は顔を覆っていたが、その指の隙間から覗く目は、俺ではなくテーブルの上のノートを見ていた。
「アナイさん」
彼女の肩と声は震えていた。
「私には無理です」
俺のことを見た彼女の瞳は涙に濡れていた。
「私は大人しく消滅しないといけない存在なんです」
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