第25話 焼却地獄さん
俺達は一言も交わさずに校舎の中に入ると、近くの保健室へと向かった。心臓は動いていなくても、疲れは確かに出ていた。
あの死体がショウさんかどうか疑わしかったが、もうすでに二人が亡くなっていて、俺達三人とタヌキさんが生き残っているのを見ると、亡くなったのは確実にショウさんだろう。
俺は保健室の電気をつけた。
ビオリちゃんが保健室の先生のデスク前の椅子に腰かけて、膝の上に置いた両手に視線を落としていた。その顔は青い。
「学校にもベッドってあるんだねぇ」
そんな中、ミライくんがそう言って、ひょいとベッドにのって、宙に浮いた足をぶらぶらとさせた。
焼却炉の中の死体を思い出す。ジゲンさんのことを殺したショウさんのことを誰かが殺した。
そして、俺はショウさんのことを殺していない。
となると、ショウさんのことを殺したのは、ビオリちゃんかミライくんかタヌキさんの三人のうちの誰か。
ビオリちゃんとミライくんは最初から一緒に行動しているが、よりにもよって、ショウさんに追いかけられた後は離れ離れになってしまい、しばらくの間合流できずにいた。
俺が二人と合流したのは、気絶してしばらく経った後のことだった。その時、タヌキさんとも会った。
彼女は俺達よりも先に焼却炉の彼の死体を見つけて、俺達のことを警戒した。
「そもそも、どうして、ショウさんは焼却炉に……? タヌキさんもわざわざ校舎を出て、焼却炉を見て、ショウさんの死体を発見したなんて……」
「あ、もしかして、自分の情報を見つけて、それを他の人に見られないように燃やすために焼却炉にいれようとしたとか?」
俺達は一度も自分達や他の人の情報を手に入れていない。しかし、タヌキさんやショウさんは自分の情報をいち早く見つけた可能性がある。
それを他の人に見られてしまえば、自分の怪談としたの力を使おうにも対処されてしまうから消そうと思うのは当然のことだ。
「もしくは、タヌキさんがショウさんのことを殺しておいて、第一発見者を騙って、俺達のうちの誰かに罪をなすりつけようとしているとか……」
ショウさんは炎に焼かれて死んだ。
焼かれている時は焼却炉の扉はしまっていただろう。タヌキさんは彼の死体を発見した時、または、彼を殺してしばらくした頃に扉の留め具を外した。
炎が消えて、しばらく経ったからか、俺が扉に触れた時はほんのり温かかっただけで、熱いとは思わなかった。
ショウさんを燃やした炎が消えてからしばらく経っていたのだろう。しかし、熱が完全に消えるほどの長い時間は経っていない。
短時間にショウさんのことを焼却炉に押し込めて殺した人間がこの校舎内にいる。
物語によく登場する探偵がこの場にいたらいいのに。そうすれば、すぐにこんな難しい問題に頭を悩ませることもない。
「あの、私、気づいたことがあるんですけど」
ビオリさんが意を決したように顔をあげた。
「気づいたこと?」
焼却炉と死体を見て、なにか俺が気づかなかったことに気づいたのだろうか。もしかして、もう犯人が分かったとか。
「ショウさんの怪談、分かったかもしれないです」
「えっ」
「焼却地獄さんって知ってますか?」
俺は目の前のベッドに腰かけているミライくんを見た。彼と目が合う。どうやら、ミライくんも俺と同様にそんな名前の怪談は知らないらしい。
やはり、亡くなった時現役の高校生だったビオリちゃんは怪談話に敏感だったのだろう。
「ある学校で、とても粗暴で教師も手がつけられない男性生徒がいました。その男子生徒は毎日のようにクラスメイトに対して暴力を振るったり、物を壊したり、いろんな嫌がらせをしていました。しかし、その生徒の親が権力を持っているので、先生も他の生徒達もいじめを無視していました。止めたりしてその生徒の機嫌を損ねると今度は自分が暴力を振るわれると思ったからです」
彼女は淡々と話し始めた。
焼却地獄さん。
ジゲンさんの異次元のお地蔵さんでも思ったが、皆そんな狙ったような名前がついていることに驚いた。いや、もしかしたら、俺の怪談にもこんな名前が付けられているのかもしれない。
怪談に名前をつけるのはいつだって怪談自身ではなく、それを恐れた人間だ。雰囲気に合う名前、そして、噂として興味を持ってもらえるような名前が怪談にはつけられる。
「ですが、ある日。一番ひどいいじめを受けていた生徒が彼の大切なものを盗みました。そして、当時はもう使われていない焼却炉の中に隠したと言ったのです。怒り任せにその男子生徒は自分の持ち物を盗んだ生徒を殴った後、焼却炉へと向かいました。しかし、彼の周りの取り巻き達に入るように言っても怖がって誰も焼却炉の中に入ろうとしません。そんな彼らを見て、自分は焼却炉なんて怖くないと男子生徒が頭を突っ込んで自分の持ち物を探そうとした時、取り巻き達もいじめられっ子も、皆で力をあわせて、焼却炉の中に男子生徒の身体を押し込みました」
先ほどの真っ黒こげになった死体のことを思い出す。
奥の方に手を伸ばすような形で亡くなっていたあの死体は無理やり押し込まれたという感じはしなかった。
「生徒達は、焼却炉の扉に鍵をかけると、そのまま火をつけて帰りました。しばらくの間、焼却炉の中の男子生徒の死体は見つかりませんでしたが、事件も明らかになり、数ヶ月経った頃から、使われていないはずの焼却炉の中から物音がするようになりました」
ここまでは怪談に至るまでの前座だ。
怪談として語られる何かがこの後起こる。
「物音を確認して、焼却炉に近づくと何故か鍵がかけられているはずの焼却炉の扉が開いていて……近づくと、いきなり扉が開いて、焼却炉の中から出てきた真っ黒の手に捕まって、焼却炉の中に引きずり込まれるんです。誰も使用していないはずの焼却炉には火がついていて、そのまま……」
引きずり込んだ人間を焼却炉で焼く。
それがショウさんの怪談だとするなら、彼が教室で対峙したジゲンさんの顔が真っ黒焦げになっていたのも分かる。
彼は人を燃やすことができる。
しかし、その条件として、その人間に触れないといけない。引きずり込む。手で摑まえる。その条件が満たされなければ、人を燃やすことができないのだ。
だから、俺達がコンピュータ室に隠れている時、室内に火をつけることができなかった。彼は人に触れて炎を出すことができるからだ。
「これが焼却地獄さんの話です。具体的にどこの学校で起こったことなのか分からないので、使用禁止の焼却炉がある学校ではだいたい「うちの学校で起こったことかも……」と噂されていました」
彼女は語り終えて、息を整えると俺とミライくんの方を見た。
「私が通っていた高校でも使用禁止の焼却炉があったので、その噂がありましたけど、ショウさんが着ていたのは学ランだったので、たぶん、違う学校で起こったことですね」
ビオリちゃんはショウさんの怪談は焼却地獄さんだと確信しているようだった。
話を聞く限り、違うとは言えない。
しかし、気になることは一つある。
もし、ショウさんが焼却地獄さん本人だとして、どうして、彼は死んだ時と同じように焼却炉に入って死んでいたのだろうか。
焼却炉に押し込まれたにせよ、彼自身が焼却炉に入ったにしろ、焼かれるまで少しは時間があっただろう。彼が抵抗しないとは思えない。
いったいどんな経緯でショウさんは焼却炉の中に入ったんだ。俺は顎に手を添え、首を捻った。
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