第24話 焼却炉


 左右に伸びた校舎の真ん中に下駄箱が並び、そこから外に出ることができた。玄関扉は閉じられていたが、やはりコクリさんの意向なのか、扉には鍵がかかっていなかった。


「本当に外に出れるんですね……」


 二階と三階の踊り場から一階の下駄箱に辿り着くまで、ショウさんの姿を見ることも、人の気配を感じることも一度もなかった。


 ショウさんは生きていて、タヌキさんが俺達三人の仲を裂こうとしている可能性をここまでずっと考えていた。

 しかし、無理やりそう考えようとしても、ビオリちゃんとミライくんが別れていた間、俺は二人がどこにいたのか分からない。


 ミライくんはトイレに隠れていただろう。ビオリちゃんだって、階段をあがってすぐの三階の教室に隠れていたと言っていた。しかし、それを証明することは誰にもできない。

 俺はその間気絶していた。そして、俺がショウさんに追われずに三階にあがり、端にある音楽室から三階の教室をしらみつぶしに確認していたことも、誰も証明できない。


 お互い、殺し合いには興味ないと三人で行動していたのに、ここに来て、信頼関係が崩されるようなことが起こるとは思わなかった。


「本当にショウさんが死んでたら……」

「あのお姉さんがやったんじゃないの? 包丁持ってたよ?」


 確かに包丁を持っていた。


「ぐさってやった後に僕らのことを探しに来たのかも?」

「探しに来たにしてはすぐに帰っていったけど……」

「きっと三人いるから殺せないって思ったんだよ!」


 俺は首を捻った。

 何が本当か分からない。


 あの時、俺達にタヌキさんが向けた包丁のことを思い出す。あの包丁が家庭科室にあったのだろうという予測はできる。そして、それで人を殺すことができるのも分かる。

 しかし、思い返してみれば、あの包丁には血の跡がなかった。

 人を殺した後であれば、包丁に血がついているだろう。

 いや、血だってタオルかなにかで拭けばいい。

 タヌキさんがショウさんのことを殺していないという証明もできない。彼女も俺達と変わらない。アリバイを持たない犯人候補だ。


 そもそも、俺達はショウさんの死体を発見していない。

 ショウさん以外の残った四人に果たして、誰彼構わずに殺そうとする彼が大人しく殺せるだろうか。


「とにかく、ショウさんの遺体を確認しないと……」


 ビオリちゃんが懐中電灯で手元を照らして扉を開ける。

 学校近くの電灯は灯っているため、校庭の輪郭をかろうじて見ることができた。広がる校庭には鉄棒やジャングルジムなど、昔遊んだことがあるものがあった。

 俺が懐かしいそれらを見ているうちにビオリちゃんとミライくんが校庭には行かずに右を向き、校舎を沿って歩く。俺は慌てて、校舎の扉を閉めて、二人の後を追った。


「焼却炉なんてあるんだね」


 俺が小学校に通っていた時はどうだったろうか。

 記憶らしい記憶は、先ほど階段から落ちた時に夢に見た光景ぐらいで、自分の小学生時代のことなど、一切思い出せなかった。


「私がこの小学校に通っていた時はもう使われていませんでした。ただあるだけって感じで……もしかしたら、生徒達が見ていないところで先生が使っていたのかもしれません」


 ビオリちゃんが土の地面を照らしながら、ミライくんと手を繋いで、校舎の横を進んでいく。

 彼女がいてくれなければ、この学校の焼却炉がどこにあるのかも分からないままだっただろう。


「まぁ、今時、焼却炉なんて使わないよな」


 火を使うのはどうしても危ない。昔はゴミを焼却炉で焼いていたのだろうが、今はそんなことはしていないだろう。


「こっちです。放置されているので、ちょっと分かりづらいところにあって……」


 校舎の端まで行くと、壁に沿ってビオリちゃんが右に曲がる。その先にはゴミ捨て場として使われているアスファルトの塀で囲まれた区画があり、その区画の隣に、同じようにアスファルトの塀で囲まれた焼却炉があった。


「思った以上に大きいんだな……」


 想像していたよりも三倍は大きな焼却炉だった。観音開きの鉄製の暗い扉があり、焼却炉は奥に伸びたように長さがある。

 その長さは、人が一人、入ることができるような長さだった。ショウさんぐらいの背丈でも、すっぽり入った上で扉を閉めることができるだろう。


 思わず、唾をごくりと飲む。


 その観音開きの扉には、中から物が出てこないようにひっかけて扉を閉めるタイプの留め具がついていた。その留め具は外されており、観音開きの扉がほんの少しだけ開いている。


 タヌキさんは「焼却炉に行くといい」と俺達に言った。そこにショウさんの死体があるから、その場所を俺達に示しただろう。

 しかし、周りを見回しても、ショウさんの死体どころか、彼の姿や気配もなにもない。

 見ていないところといえば、この焼却炉の中だけだ。


 いや、本当は分かっている。


 ジゲンさんの死体があった二階の教室に入った時のような、肉が焦げ過ぎた時の匂い、そして、焼いてはいけないものが焼けた匂い。

 それは間違いなく、焼却炉の開いた扉から風にのり、俺の鼻に届いていた。


「ビオリちゃん、ミライくん……俺が確認するから」


 俺はビオリちゃんに手を差し出した。彼女から懐中電灯を受け取った時、懐中電灯を通して、彼女の震えが伝わった。

 もし、死体があの中にあるとするなら、それを子供二人に見せるわけにはいかない。


「開けるよ」


 俺は観音開きの扉に手をかけると、肩越しに二人を振り返る。二人が頷き、俺はゆっくり扉を引いた。


「……うっ」


 懐中電灯で中を照らした瞬間に俺は口を押さえて、その場に尻餅をついた。


 ジゲンさんはまだ人間としての形や皮膚、色が残っていた。顔は黒焦げになっていたがそれでも下半身が残っていたし、服だって、焼けてはいたが残っていた。

 しかし、これは違う。

 そこには、誰かも分からない人間の全身黒焦げになった死体があった。形は崩れていないため、足裏が扉の方に向かっているのが分かる。

 頭は焼却炉の奥の方にあるのだろう。

 ショウさんが履いていたスニーカーもその形がない。焼けたのか溶けたのか、見ただけでは素材も分からない俺には分かりそうもない。

 服の残骸を探すなんてもってのほかだ。そこにはなにも残っていない。黒い人間の身体だったものがあるだけ。

 炎により削ぎ落された人間の形をなぞっただけのその黒いなにかは、人としての一切の特徴を消していた。


「本当に……ショウさんなのか?」


 引っ張りだそうとしても、焼却炉の中から無理やり引っ張り出してしまったら、死体の形を崩してしまうだろう。それに、燃えた死体を見たところで、それがショウさんの死体かどうか、俺には判別できない。


「アナイさん……」


 慌てて後ろを振り返ると、ビオリちゃんが軽く屈んで隣にいるミライくんの肩を抱いていた。俺が懐中電灯で照らしたから、彼女たちにも黒焦げの死体の足裏ぐらいは見えてしまっただろう。


「ショウさん、死んだんですか……」


 彼女の瞳には怯えが滲んでいた。


「やっぱり、タヌキさんが殺したんでしょうか……?」

「それは……」


 それは俺には分からない。正直にそう言ってしまいそうになって、口をつぐんだ。

 それを口にしてしまったら、俺がタヌキさんだけではなく、ビオリちゃんとミライくんのことを本気で疑っていることが証明されてしまいそうで。

 二人のことを敵視するのだけは避けたかった俺は首を横に振った。


「とりあえず、落ち着ける場所に行こう。いつまでもここにいて、匂いを嗅いでいたくないから」


 俺がそう言うと、二人も同じ気持ちだったのか頷いて、校舎の方へと足を向けた。俺は一度だけ開いたままの観音開きの焼却炉の扉に視線をやってから、校舎へと速足で向かった。

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