第23話 疑い


「ちょっと待ってくださいよ! 私達がショウさんを殺したって……ショウさんは私達を襲ってきたんですよ⁉ 私達はそれから逃げて、いつの間にかショウさんが私達のことを見失ったんです!」


 俺の手元を横から覗き込んだビオリちゃんが俺の手からメモの切れ端を取り上げて、タヌキさんのことを睨んだ。

 タヌキさんは包丁をこちらに向けたままだ。

 この状態では文字を書くこともできない。


「とりあえず、包丁を下ろしてくれないですか? 俺達は絶対に階段を上がりませんから」


 タヌキさんがゆっくりと俺とビオリちゃんとミライくんの顔を見る。しばらくして、彼女は包丁を床に置くと、メモ帳と鉛筆に文字を書き始めた。


 怪我を覚悟で階段を駆け上がったら、タヌキさんのことを押さえつけることはできるだろう。しかし、それはしない。彼女は俺の言葉を少しだけでも信用して、包丁を床に置いてくれたのだ。その信用を裏切りたくない。


 彼女はメモ帳に鉛筆を滑らせる。

 その間、彼女の懐中電灯が照らすのは彼女の手元だった。


 しばらくして、先ほどと同じようにメモが一枚、こちらに投げられる。踊り場から五段あがった場所にメモが落ちる。さすがにメモを取る時ぐらいは、階段をあがることを許してくれるだろう。

 階段の上のタヌキさんのことを警戒しながら、腕どころか身体全体を伸ばして、できるだけ階段に足をのせないようにメモを手にする。


『襲って来たから、三人がかりで殺したの?』


 タヌキさんからすれば、今の状況は自分が殺してもいないのにショウさんが死んで、自分以外の参加者の三人が手を組んでいるという状況だ。そう考えるのは自然なことだろう。


「そんなわけないじゃないですか! 逃げたって言ってますよね? いつの間にか、ショウさんがいなくなってたんです!」


 ビオリちゃんが俺の手元を見て、またタヌキさんに抗議した。タヌキさんはその言葉を聞いて、またメモ帳に向き直る。


『じゃあ、三人がバラバラに行動していた時はあった?』


 今度は三段あがったところにメモが落ちて、俺がそれを拾った。左の袖を引っ張られる。


「僕も見たい~」


 俺はミライくんもメモを覗き込めるように屈んだ。両側から俺の手元をビオリちゃんとミライくんが覗き込む。


「うん、あったよ! 僕がトイレに行ってる時!」

「あの時は、ミライくんがトイレに入っていて、ショウさんに私とアナイさんが見つかってしまって、仕方なくバラバラに逃げたんです」


 あの時、ミライくんはトイレに、ビオリちゃんは三階へ、そして、俺は二階の廊下をまっすぐ走ろうとした。結局、ショウさんが階段の方に行ってしまったので、俺は彼がビオリちゃんのことを追ったと確信して、慌てて三階に向かった。

 しかし、そこにはビオリちゃんの姿も、ショウさんの姿もなく、俺は仕方なく三階の教室を全て確認することにした。それでも二人の姿は見当たらなかった。

 その後、下の階も探そうと思い、階段に足を踏み出した時に呆気なく転げ落ちて、気絶した。

 具体的に何分の間、俺が気絶していたのかは分からないが、決して、短くはない間、俺達三人はバラバラになっていた。


『じゃあ、三人の中の誰かが、他の人に内緒で粗暴な彼を殺したんだ』


 落ちてきたメモは今度は踊り場までやってきた。


 タヌキさんは俺達のうちの誰かがショウさんのことを殺したと確信している。


 そもそも、俺達はショウさんが死んだことを知らなかった。

 こんな状態では一人だけショウさんが死んだことを知っている彼女の方も怪しいのではないのだろうか。

 一緒に行動をしてきたビオリちゃんとショウくんよりも、一度しか話していない彼女の方が信用できないのは当たり前だ。


「もしかして、ショウさんが亡くなったことにして、俺達を仲違いさせようとしてるんじゃないんですか? 俺達はショウさんが亡くなったことさえ知りませんでした」


 俺の言葉にタヌキさんは肩を竦めた。

 少しして、またメモが踊り場に落ちてくる。


『粗暴な彼が死んでいるという確証が欲しかったら、校庭の隅の焼却炉に行くといい』

「焼却炉……?」

「外に出られるのー⁉」


 今まで俺もビオリちゃんもミライくんも一度も外に出ようと考えていなかった。コクリさんは俺達にデスゲームをしてほしいと言っていたし、この学校から逃げられないようにしていると思ったからだ。

 しかし、よく考えるとこの学校の扉という扉の鍵はすべて開いている。それなら、校庭に出るための扉も開いている可能性がある。

 だからといって、この場から逃げられる、というわけではないと思うが。


 続けざまに上からメモが落ちてくる。


『君たち三人の中で、人を殺した人間がいる。これは殺し合いは無意味だと言った君の信条に反する。仲違い。大いに結構。君たちが殺し合ってくれれば、私も生き残りやすい』


 俺はメモから顔をあげる。

 階段の上ではくすくすと肩を震わせた彼女がメモ帳をスーツのポケットにしまい、床に置いた包丁を手にしているところだった。


「まっ」


 俺の制止の声など聞かないまま、彼女は三階の廊下へと身を翻して、走り出してしまった。

 それはまるで、俺達から逃げているみたいだった。

 本当にここにいるはずの殺人者から逃げるように。


「……焼却炉、行きましょうか」

「外早く行きた~い!」


 ビオリちゃんは眉間に皺をよせ、難しそうな顔をしながらそう言った。ミライくんは自分もショウさんのことを殺したと疑われていることに気づいているかどうか分からなかった。


「もしかしたら、ショウさんが亡くなっていることもタヌキさんの嘘かもしれない。警戒しながら一階まで行って、校庭に出ようか」


 俺の言葉に二人は頷いた。

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