第22話 誰が殺した?

 俺とビオリちゃんが話をしている間にも足音は近づいていたみたいだが、ビオリちゃんと俺の話が噛み合わないことに気をとられていて、まったく気づいていなかった。

 俺は慌てて、ミライくんに踊り場まで下りるように指示をした。ミライくんが一段階段を下りるとビオリちゃんが彼の手を引いて、踊り場まで避難する。


 俺は踊り場から一段上がったところで立ち、上を見上げた。


 ビオリちゃんと俺のことを見失ったショウさんと会ってしまったら、今度こそ、俺は自分のことを囮にして、ビオリちゃんとミライくんのことを逃がすだろう。


 例え、この踊り場で死ぬことになっても。


 それぐらいしか二人を守る方法が思いつかない。

 俺が口の中に溜まった唾を飲み込むと同時に階段の上にその人は姿を現した。

 スーツ姿にパンプスを履いたタヌキさん。彼女の手には懐中電灯があり、階段下の俺達のことを容赦なく照らしてきた。思わず、眩しさに目を細める。


「タヌキさんか……」


 俺は安堵して、胸をなでおろした。

 ショウさんと違って、彼女とは話ができる。一緒に行動することは断られてしまったが、それでも彼女はショウさんと違って、敵意がない。


「タヌキさんはショウさんに会いませんでしたか?」


 タヌキさんは自分で話すことができない。だから、俺が彼女にメモ帳と鉛筆を渡した。彼女と話をするためには彼女の近くに行って、彼女が書いた文字を見せてもらうしかない。

 しかし、足を踏み出して一段上の階段に右足を乗せたところで、ミライくんとビオリちゃんに袖を掴まれた。ビオリちゃんに右の袖を、ミライくんに左の袖を掴まれる。

 もしかして、二人ともまじまじとタヌキさんの顔を見るのが初めてだから怖いのだろうか。確かに彼女の顔は鼻と口の位置が分からないほど爛れていて、瞼もない状態でぎょろり目玉だけがこちらを見ているから怖がるのも無理はないかもしれない。

 それでも、彼女は俺と普通に話をしてくれた。悪い人ではないと思う。


「大丈夫だよ、二人とも。タヌキさんは話せるから……」

「よく見てください、アナイさん!」

「包丁持ってるよ、包丁!」


 ミライくんが俺の袖を掴んでいる手とは反対の手で、階段の上にいるタヌキさんのことを指さした。

 そんな訳がないと思いながらも、恐る恐る彼女の方に目をやると、ミライくんが言っていた通り、彼女はその手に包丁を持っていた。

 いったいこの小学校のどこにそんな物騒なものがあるのかと一瞬考えたが、そういえば、二階の図書室の近くに家庭科室があった気がする。そこにはきっと包丁などの調理器具があっただろう。包丁は危ないから、保管してある場所に鍵が普段は鍵がかかっているかもしれないが、今は学校中の鍵が開錠されている。それなら、入手は簡単だ。

 懐中電灯もきっとどこかの教室で手に入れたのだろう。


「た、タヌキさん……」


 タヌキさんが静かに包丁の切っ先を俺達の方に向けた。

 彼女は、俺達のことを殺したいのだろうか。

 しかし、彼女は階段を一段も下りない。俺達のことを殺したいのであれば、階段の上から駆け下りて、気づかれないうちに一番近くの俺に包丁を刺せばよかったのに。


「もしかして、その包丁は、護身用……?」


 ジゲンさんの死体がある教室で彼女と出会った時、彼女は俺のことはともかく、俺以外の二人が俺と同じように「殺しは無意味だ」と本気で考えているという証明はできないと言って、一緒に行動するのを断った。

 彼女はビオリちゃんとミライくんがもしかしたら自分のことを殺すかもしれないと思っているのだ。


「攻撃するつもりはないので包丁をおろしてもらえますか? 俺達は近づかないので……」


 俺は右足を階段からどけて、そのまま踊り場まで下がった。

 彼女の気が変わって、襲い掛かってきた時のためにミライくんとビオリちゃんに二階への階段の前へと移動するようにと軽く二人の肩を押した。

 ビオリちゃんとミライくんがタヌキさんのことを注視しながら、かたつむりのように少しずつ移動を始めると、しばらく俺達のことをじっと見ていたタヌキさんは包丁を掴んだままの手でポケットからメモ帳を取り出した。


 器用に一枚だけびりりと破ると彼女はそれを宙に放った。破かれた紙は空気の上でゆらゆらと揺れながら、踊り場から三段ほどあがった場所に落ちた。

 近づかずに会話をしようという試みだろう。

 俺は彼女のことを警戒しながらも手を伸ばして、メモ帳の切れ端を掴んだ。


『誰か殺した?』

「……え?」


 紙にはそれだけ書かれていた。

 彼女は鉛筆を出していない。ということはこの文字は俺達に会う前から用紙に書かれていたことになる。

 ジゲンさんを殺したのはショウさんだと彼女もきちんと分かっていた。それなのに、今更、誰がジゲンさんのことを殺したかなんて、彼女が聞くわけがない。

 ジゲンさんがショウさん以外の人に殺されたという証拠がでない限り、こんなことをタヌキさんが言い出すわけがないだろう。


 いや、一つある。

 新たな死体が見つかった場合だ。


 デスゲームの参加者は、最初コクリさんに退場させられた女性を抜くと俺とビオリちゃんとミライくん、そして、タヌキさんとショウさんとジゲンさんだ。

 ジゲンさんはすでに亡くなっていて、今ここにビオリちゃんとミライくんとタヌキさんがいるのなら、死んでいるのはショウさんということになる。

 彼はビオリちゃんのことを追いかけて、俺の視界から消えてしまった。


「……まさか」


 この小学校で生き残っている人間は、ここにいる四人のみ。

 ショウさんのことを殺すことができる人間も、この四人の中にしかいない。

 タヌキさんがこんなことを言うということは、答えは一つしかない。


「俺達の中にショウさんを殺した人間がいるって言いたいのか?」


 彼女はこちらに包丁を向けたままま、ゆっくりと首を縦に振った。

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